二人は大通りに待たせてあった車へ戻った。
「しかし、解せない話だな」
明の一言に晴人も頷く。
追い返されたのがよほど応えたのか、晴人は先ほどから言葉少ない。
「まあ、昼もかれこれ過ぎている。今から日本橋へ出て洋食でも食べよう」
明の提案に、晴人はそうだなと投げやりに答えた。
車に揺られ日本橋へ向かうが、晴人は無言のままだった。
「なあ、カツレツでいいか?」
「ああ、なんでも構わん……」
やっと晴人は口を開くが、つっけんどうな物言いに、明も思わず肩をすくめた。
こうして、二人はカツレツにありついているのだが……。
「なあ、やっぱり、あの中村は中村違いだったんじゃないのか?」
ナイフでカツレツを切り分けながら、明が言った。
「……キャベツが生だ……」
晴人が呟く。
「ああ、お前、生野菜苦手だったんだよなぁ」
「……父上が苦手だからね。屋敷では生では食べない」
晴人は、付け合わせのキャベツの千切りを避けるようにカツレツを切り分けていく。
「あっ!もしかして!出てきた男は実は同居の父親で、文通相手の中村達夫じゃなかったとか?!」
「……なるほど。面白いな」
「……俺の見立ては違うか?」
「さあなぁ」
言って、晴人はカツレツを頬張った。
明も、負けじとカツレツを口に運ぶ。
「……気になるのだよ」
晴人は、再び呟く。
「俺も気になるよ」
「いや、そうではなく……」
そこへ、糊の効いた前掛けをした女給が、水を注ぎに来た。
軽く会釈をして去って行く姿を、晴人は横目で見ながら、
「あの、婦人……」
と意味深に言う。
「ん?あの、細君らしき婦人のことか?」
「ああ、彼女、どこか不自然だったと思わないか?」
九条だと名乗った途端、態度が変わったと晴人は言う。
「……それは、考えすぎじゃないのか?」
「では、なぜ夫は不在だと言ったのだろう?」
その直後、中村達夫らしき中年の男が出てきたのだ。
「あっ!」
明のナイフが止まった。
「だな、晴人!」
「どうも、辻褄が合わないんだよ」
「じゃあ、やっぱりあの家が中村達夫の家……?」
「なんだろうが……」
なら、なぜあそこまでの剣幕で晴人たちを追い返したのか。
押し売りと勘違いするほど、明らかに面識のない態度だった。
「あーー、せっかくのカツレツも、食べた気がしないなぁ」
「まあ、そう言うな…」
「え?晴人、なんで庇うんだよ!」
「庇ってはないが……非難する理由もない……」
つまり、二人でこうして考えても仕方ないということだと、晴人は黙々とカツレツを食した。
晴人も、何か吹っ切れたようで、負けじとカツレツを頬張る。
「君!」
晴人が女給を呼んだ。
「コーヒーを食後に頼む」
かしこまりましたと女給は下がって行く。
「このあと、銀座辺りでコーヒー飲めばいいじゃないか?」
「まあそうだがな、今日のところはここで……」
早く帰りたいと言いたげな晴人に、明は、気がつく。
やはり追い返されたということが、晴人には応えているのだと。
明は、それ以上無理強いはしなかった。
──それから数日間。晴人は、いつものカフェに現れなかった。
明は、どうしたことかと気をもむが、もしや、書斎に籠って中村達夫と文通しているのではとも思う。
しかし、あれだけこっぴどく追い返されたのだ。今さら文通も何も。
「ひょっとして、文通はだめになったんじゃないの?」
雅子が、ひょっこりカフェに現れ、晴人の様子を探りに来た。
「屋敷にもいるのかどうか、怪しくて。田村さんともつるんでないし。何してるのかしらね?」
明経由で事情を知っている雅子は今日もいないのかと心配している。
「文通相手とうまく行ってるなら、どこにいようと構わないんだけどさ」
「そうかしら?そもそも、文通相手が原因でしょ?」
雅子が、冷たく明に言った。
「やっぱり、そっとしておくべきだったんだろうか……」
会え、見に行く、などと余計なことをしたからだと、明は少し落ち込んだ。
「やってしまったってことね」
雅子が追い討ちをかけてくる。
「いや、雅子さん、キツイなあ……」
確かにそうだが、はっきり言われるとなかなか居心地が悪い。
明は立場がないと顔を歪めた。
と──。
入り口のドアが開く。
「いらっしゃいませ……あっ!九条様!」
客が来たとドアを見たマスターが、驚いた。
晴人だった。
「……なんで雅子までいるんだ」
晴人は飄々と言った。
「なんでって、たまたまよ」
雅子は、その言われようにムッとしている。
「……あれから色々あってね」
聞かれるだろうと予想していたのか、晴人の方から語り始める。
「……中村君から手紙が来た……」
「晴人!じゃあ文通は続いているのか?!」
「いや……そうでもない」
言って晴人はいつもの席に着き、上着から封書を取り出した。
「明、読んで見給えよ」
「お前宛だろう?」
「そうだけど、これで全貌がわかるから……」
明は、おう、と答えると、晴人の向かいに座り、差し出されている封書を受けとった。
「差出人を見てみろ」
どこか、呆れたような口調の晴人に明は不思議に思いながら封書の裏面を見る。
「……中村達夫内……」
一気に場の空気が固まった。
明も雅子も意味がわからないと顔に書いてある。
「晴人?!中村達夫内って……?!」
「そう、中村君の奥様からということらしい」
晴人は何事もないかのように言った。
「えっ?!なんで?!急に妻から手紙が届くんだ?」
「急じゃないよ。今までも彼女からだったんだ。中村達夫からの手紙は」
「はあ?!」
「だから読めばわかるさ」
ポカンとする明に、晴人は告げた。
「しかし、解せない話だな」
明の一言に晴人も頷く。
追い返されたのがよほど応えたのか、晴人は先ほどから言葉少ない。
「まあ、昼もかれこれ過ぎている。今から日本橋へ出て洋食でも食べよう」
明の提案に、晴人はそうだなと投げやりに答えた。
車に揺られ日本橋へ向かうが、晴人は無言のままだった。
「なあ、カツレツでいいか?」
「ああ、なんでも構わん……」
やっと晴人は口を開くが、つっけんどうな物言いに、明も思わず肩をすくめた。
こうして、二人はカツレツにありついているのだが……。
「なあ、やっぱり、あの中村は中村違いだったんじゃないのか?」
ナイフでカツレツを切り分けながら、明が言った。
「……キャベツが生だ……」
晴人が呟く。
「ああ、お前、生野菜苦手だったんだよなぁ」
「……父上が苦手だからね。屋敷では生では食べない」
晴人は、付け合わせのキャベツの千切りを避けるようにカツレツを切り分けていく。
「あっ!もしかして!出てきた男は実は同居の父親で、文通相手の中村達夫じゃなかったとか?!」
「……なるほど。面白いな」
「……俺の見立ては違うか?」
「さあなぁ」
言って、晴人はカツレツを頬張った。
明も、負けじとカツレツを口に運ぶ。
「……気になるのだよ」
晴人は、再び呟く。
「俺も気になるよ」
「いや、そうではなく……」
そこへ、糊の効いた前掛けをした女給が、水を注ぎに来た。
軽く会釈をして去って行く姿を、晴人は横目で見ながら、
「あの、婦人……」
と意味深に言う。
「ん?あの、細君らしき婦人のことか?」
「ああ、彼女、どこか不自然だったと思わないか?」
九条だと名乗った途端、態度が変わったと晴人は言う。
「……それは、考えすぎじゃないのか?」
「では、なぜ夫は不在だと言ったのだろう?」
その直後、中村達夫らしき中年の男が出てきたのだ。
「あっ!」
明のナイフが止まった。
「だな、晴人!」
「どうも、辻褄が合わないんだよ」
「じゃあ、やっぱりあの家が中村達夫の家……?」
「なんだろうが……」
なら、なぜあそこまでの剣幕で晴人たちを追い返したのか。
押し売りと勘違いするほど、明らかに面識のない態度だった。
「あーー、せっかくのカツレツも、食べた気がしないなぁ」
「まあ、そう言うな…」
「え?晴人、なんで庇うんだよ!」
「庇ってはないが……非難する理由もない……」
つまり、二人でこうして考えても仕方ないということだと、晴人は黙々とカツレツを食した。
晴人も、何か吹っ切れたようで、負けじとカツレツを頬張る。
「君!」
晴人が女給を呼んだ。
「コーヒーを食後に頼む」
かしこまりましたと女給は下がって行く。
「このあと、銀座辺りでコーヒー飲めばいいじゃないか?」
「まあそうだがな、今日のところはここで……」
早く帰りたいと言いたげな晴人に、明は、気がつく。
やはり追い返されたということが、晴人には応えているのだと。
明は、それ以上無理強いはしなかった。
──それから数日間。晴人は、いつものカフェに現れなかった。
明は、どうしたことかと気をもむが、もしや、書斎に籠って中村達夫と文通しているのではとも思う。
しかし、あれだけこっぴどく追い返されたのだ。今さら文通も何も。
「ひょっとして、文通はだめになったんじゃないの?」
雅子が、ひょっこりカフェに現れ、晴人の様子を探りに来た。
「屋敷にもいるのかどうか、怪しくて。田村さんともつるんでないし。何してるのかしらね?」
明経由で事情を知っている雅子は今日もいないのかと心配している。
「文通相手とうまく行ってるなら、どこにいようと構わないんだけどさ」
「そうかしら?そもそも、文通相手が原因でしょ?」
雅子が、冷たく明に言った。
「やっぱり、そっとしておくべきだったんだろうか……」
会え、見に行く、などと余計なことをしたからだと、明は少し落ち込んだ。
「やってしまったってことね」
雅子が追い討ちをかけてくる。
「いや、雅子さん、キツイなあ……」
確かにそうだが、はっきり言われるとなかなか居心地が悪い。
明は立場がないと顔を歪めた。
と──。
入り口のドアが開く。
「いらっしゃいませ……あっ!九条様!」
客が来たとドアを見たマスターが、驚いた。
晴人だった。
「……なんで雅子までいるんだ」
晴人は飄々と言った。
「なんでって、たまたまよ」
雅子は、その言われようにムッとしている。
「……あれから色々あってね」
聞かれるだろうと予想していたのか、晴人の方から語り始める。
「……中村君から手紙が来た……」
「晴人!じゃあ文通は続いているのか?!」
「いや……そうでもない」
言って晴人はいつもの席に着き、上着から封書を取り出した。
「明、読んで見給えよ」
「お前宛だろう?」
「そうだけど、これで全貌がわかるから……」
明は、おう、と答えると、晴人の向かいに座り、差し出されている封書を受けとった。
「差出人を見てみろ」
どこか、呆れたような口調の晴人に明は不思議に思いながら封書の裏面を見る。
「……中村達夫内……」
一気に場の空気が固まった。
明も雅子も意味がわからないと顔に書いてある。
「晴人?!中村達夫内って……?!」
「そう、中村君の奥様からということらしい」
晴人は何事もないかのように言った。
「えっ?!なんで?!急に妻から手紙が届くんだ?」
「急じゃないよ。今までも彼女からだったんだ。中村達夫からの手紙は」
「はあ?!」
「だから読めばわかるさ」
ポカンとする明に、晴人は告げた。


