大正道楽事件簿

そして、今日も晴人は哲学書と共にカフェに陣取っていた。

本を読み、時々物思いにふける。

とっさに何かをメモ書きするというまさに、孤高の世界にはまりきっていた。

そんな晴人を、カウンター席から明は眺めるだけだった。

どう見ても明が立ち入れる隙はない。

昼時が来た──。

いつもなら、何か食べに行くか、このカフェの軽食で済ますか決めるところ、晴人は、食べることすら忘れているようだった。

カフェは、軽食目当ての客で賑わい始める。

本の虫になっている晴人は完全に浮いていた。

「マスター、陣取って申し訳ないね」

四人掛けのテーブル席を独占する晴人に代わり明が気を回した。

「いえ、うちは構いませんよ」

マスターも何か心得ているといった感じで応対した。

「あっ、マスター、軽食頼む。サンドイッチで。俺と晴人の分」

「はい。コーヒーも淹れ直しましょうかね」

「ははは、そうしてくれるかい」

気を利かせるというべきか、商売気を出したというべきかのマスターの言葉に明は吹き出しかけた。

昼時とあってか、人の入れ替わりも多く、あちこちから注文が入る。

マスター一人では、やや手が回らない具合だった。

「俺たちの分は後でいいから」

どうせ暇なのだからと、明はマスターへ言いかけるが……。

「マスター、勘定を」

晴人が、立ち上がる。

「明、君、この本を持ってきてくれないか?」

と、何やら帰り支度を始めた。

「……書斎にある本じゃないと、だめなんだ」

屋敷に置いてある書物に肝心なことが書いてあると、晴人は一旦帰ると言い出した。

「なんだかわからないけど……。とりあえず、人力車拾ってくる」

荷物を持ったまま人力車を拾うのは一苦労と明は言いたげだった。

「車を待たせておけばよかったな……」

夕方迎えにこさせる事になっていたのだと、予定がくるったと晴人は渋い顔をしている。

「だから書斎に籠っていたら良いものを……」

明が呆れた。

「まあそうだが、ここのほうが、郵便局が近いからね」

荷物をまとめながら晴人が言った。

確かに新設の郵便局が、カフェの近くにある。

晴人は、自分ですぐに手紙を出せるからだと言い張った。

どうやら屋敷の者に手紙を託すことすら、もうもどかしい状態になっているようだった。

「なあ、俺思うんだけど、そんなに仲が良くなってるなら、相手と会って話せばいいんじゃないか?」

「……会って?」

晴人は不思議そうに言った。

「まどろっこしいだろ?文通で、なんだかんだと。同じ帝都に住んでいるんだ、会って語り合えばいいだろう?」

明のもっともな言葉に晴人は何か考え込んでいる。

「ああ、そうだな……その手があったんだ」

「だろう?」

「しかし……どうやって……」

「そんなもの、それこそ手紙で問えばいいだろうがぁ。お会いしましょうとか何とか」

しかも、相手は男だ。異性なら会うことはためらわれるかもしれないがと、明は付け加えた。

「晴人、そう肩肘張らずともいいんじゃないのか?」

明は、のほほんと言った。

「……なるほどな」

晴人も、少しその気になったのか、席に座り直すと万年筆を取る。

「……手紙では語りにくい。会って話そう……これでいいと思うんだが?」

言って、晴人は便箋に何やらしたため始める。

「まあ、そんなとこだな……」

「サンドイッチを」

マスターが、晴人のところへサンドイッチと新しいコーヒーを運んできた。

「いや、取り置いてくれないか?この手紙を出したら、頂くから」

晴人は、手紙を書き終えると再び立ち上がった。

「郵便局へ行ってくる」

「おお、そうしろよ。戻ってきたらサンドイッチを食おうぜ」

明が言った。これで、晴人といつも通り暇つぶしができるとニタリと笑って──。

暫くして、晴人が戻ってきた。

「行ってきたよ。手紙を出してきた」

「ああ、わかってる」

「……手紙では説明が難しい。今度会って話そうではないか……で、中村君は気を悪くしないだろうか?」

唐突に会う話にしてしまったと晴人は気にしていた。

「そんな細かな事気にするか?」

明は、適当にあしらうと、出されていたサンドイッチにかぶりつく。

昼時の客足は途絶えつつあり、二人はいつものテーブル席に座り込んでいる。

明は、晴人のああでもないこうでもないとの心配に耳を傾けるが、答えは適当なものだった。

つまり、そこまで心配する必要があるのかということで……。

「まあ、その中村君次第だろ?そもそも文通楽しんでんだから、嫌だとは言わないと思うぜ?」

「……そうだろうか?」

「たぶんな。気にすることはないって」

どこまでも適当な明に、晴人も少しほぐされたのか、返事を待つと言いながら、やっとサンドイッチに手を伸ばした。

それから数日後のカフェ──。

「おい、晴人どうした?浮かない顔をして」

相変わらず、本を読みふける晴人がいるが、そのページは進んでいない。

「……会えないのだよ」

「は?」

話が見えない明は、晴人の向かいに腰を下ろした。

「見てくれたまえ……」

言って晴人は、中村からの返事を差し出した。

「見ていいのか?お前宛だろう?」

「構わんよ……」

口重い晴人の様子に明は、嫌な予感がした。

そして、手紙を読んでみる。

「……なんだこれ。人見知りなので会うのは控えたい……って?!」

「……まあ、仕方ない」

「いや、晴人!男同士だろ?同じ趣味で盛り上がってんなら、普通、じゃあ酒でも飲みながら語り合うかって、なるんじゃないのか?!」

「……さあ、よくは分からんが、中村君の意思も尊重しないと……」

晴人は、かなり気落ちしていた。

「まあ、そうかもしれないけどな……しかし、なんか気になる手紙だよな」

「……そうなのだよ。人見知りというのも……」

つまりは、嫌われているのではと晴人は、落ち込んでいる。

「少々、熱心すぎたのかもしれない」

中村に、重いと思われたのだろうかと晴人はため息をついた。

「いや、待て!それなら、なんで文通が続く!」

滅多に見せない晴人の落ち込み具合に、明は慌てた。

マスターも、カウンターから心配そうに眺めている。

「なあ、晴人!その中村ってのは、口下手なのかもしれないぜ。討論が苦手というヤツもいる。見るなら、かまわないんじゃないのか?!」

「見る?」

「そっ、見に行ってみよう!」

明には、何か考えがあるようだった。