大正道楽事件簿

別荘は実に静かだった。

外から、秋虫の鳴き声が小さく聞こえてくる。

そんな夜の情景の中、明は、晴人の部屋でまたまた呆然としている。

「晴人……飲み直すのはいいんだけどな
、チーズとクラッカーまで持参って……」

ウイスキーのつまみになるだろうと持ってきたはずなのだが、荷物が多すぎて紛れてしまい見つけ出せないと晴人は困っていた。

「いや、何かつまむものはここにある。そこまで用意しなくてもいいだろう?」

「あのチーズはウイスキーに合うのだ。絶品なんだぞ?」

もう一度探してみると晴人は腰を上げ、荷物置き場になっている隣の部屋へ行こうとした。

「晴人、それなら台所へ行こう。何かあるはずだ。そのほうが早い」

「ああ、実はウイスキーグラスを持ってくるのを忘れたのだ……」

晴人が渋い顔をする。

「はあ?!」

グラスまで持参しようとしていたのかと明は、吹き出しそうになっていた。

「あのなあ、仮にも田村家の別荘だぞ?グラスぐらいはある!」

どうあれ台所だと、明と晴人は部屋を出た。

そして、薄暗い廊下を進む。

「もう、トメさんは帰っただろうな。源爺も寝てるかもしれない。料理人も……いないだろうし……」

どこかの部屋で柱時計が鳴っていた。

「そうだな、そんな時間か……」

晴人が、時計の音に反応した。

まだ宵の口ではあるが、裏方が引き上げた別荘は二人の足音すら響き渡る状態だった。

どうにか台所に着いた二人はギョッとする。

灯りが消えているのに何かが動く気配がしたからだ。

明が、慌てて電灯をつけた。

「あっ!料理人の……井上さん」

電灯に照らされていたのは別荘の料理人だった。

「申し訳ございません。帰ろうとしておりましたら……」

片付けて帰るつもりが、明と晴人と鉢合わせしたようだった。

「何かご入用で?」

料理人は、問うてくる。

「あっ、いや、酒のつまみがあればなあと……」

明が申し訳無さそうに言った。

帰る料理人を引き止めることになるからだ。

案の定、

「何かご用意します」

言って、壁に吊るしてある前掛けを取ると料理人は腰に締めた。

「あー、なんか、悪いなあ。足止め食らわせて」

いえいえ、と、料理人は軽く返事をすると、水屋を探りチーズを取り出した。

「おっ!晴人!チーズがあるぜ!」

「……あ、ああ……」

晴人はどこか上の空だった。

「おい……」

「あっ、明、グラスも……」

「そうだったな!井上さん、すまないけどグラスも用意してくれるかい?ウイスキーグラスだ」

「かしこまりました」

チーズを切りながら料理人は返事をする。

「……」

その間も、晴人は何か言いたげだった。

「おい?どうした?まさか、うちのチーズじゃ気に入らないのか?」

「そうじゃない。手間をかけさせたと思って……」

晴人は、何か引っかかる物言いをする。明は、気になるが、おそらく夜の台所が物珍しいのだろうと理解した。

晴人は、チラチラ盗み見のように視線を泳がしていたからだ。

あからさまに見るのも失礼だと遠慮してるのかと明は思う。

「……では、こちらで」

グラスとチーズを盆に乗せて料理人は差し出してきた。

「ああ、済まなかった。手間かけさせたな」

礼を言う明に、料理人は頭を下げた。

こうして目当てのものを手に入れた二人は部屋に戻る。

が……。

「気になるな……」

晴人がつぶやく。

ウイスキーをグラスへ注ぎながら明は晴人を見た。

「何なんだよ?!」

「明、料理人の荷物見たか?」

「はあ?」

作業台に大きな風呂敷包みがあったと晴人が言った。

「ん?そんなものあったか?それに、料理人の私物だろ?俺たちがとやかく言う必要ないだろう?」

「……まあ、そうだけどな……」

「だから、何だよ!」

「別に……」

「なら、いいだろう?飲むぞ!」

明の勢いに晴人も頷いた。

「あれ?なんか、明るくないか?」

明は、立ち上がると窓のカーテンを開けた。

「ああ、満月だ!なかなかおつだなあ!」

夜空で輝く月に明は喜ぶ。

「君がそんなことを言うとはな」

晴人も、どらと、腰を上げて窓辺に立つ。

「あれは……?」

「お?料理人の井上さんだろ。やっと帰るんだな」

塀の向こうを料理人が、荷物を抱えて帰路についていた。

しかし……。

「おかしくないか?」

晴人が明を伺う。

「何が?」

「見てみろ。あの方向は海だ。松林しかないだろう?」

確かに、そのまま進めば松林、そして海へと抜ける。

「あれ?家、あっちだったか?そんな、わけねぇーよな」

夜更けに、人里とは逆方向、どう見ても海へ向かっている料理人の姿に、明も首を捻った。

「あっ!夜釣りだ!」

晴人が叫ぶ。

「明!その手があった!負けてはいられん!支度しろ!」

「いや、その手も何も。しかも、勝ち負けかよ?!」

せっかくのウイスキーはどうすると、明は愚痴る。

──こうして、二人は夜の海岸を目指していた。

「急げ!明!」

晴人は小走りで向かっている。

「潮の加減がある!今が釣り時だ!」

「何だよそれ?釣り時って?!」

竿と網とバケツを持って、明が晴人を追いかける。

「俺、荷物持ちなんだぞ!ちょっとは加減してくれよ!」

満月の明かりはあるが、やはり夜。足元は怪しい。擬餌針が入った小箱だけを持つ晴人は、自然と動きが早く先を行っている。

明はぼやきながら、転びそうになりつつ晴人を追いかけた。