大正道楽事件簿

「そろそろ飯に移るか!」

ほろ酔い気味の明が、おーいとトメを呼んだ。

すぐに、小鉢を盆に乗せてトメが現れる。

「田舎料理ですから、九条様のお口に合いますかどうか。料理人と話してたんですよ……」

配膳をしながら、トメは心配そうに言った。

「大丈夫だ!トメ!伯爵家っていってもなあ、そうたいしたものは食ってない!」

明が威勢よく答えた。

「あれ、明様、酔っぱらってますかね?」

「あ?そんなことぁーないけど、ちょっと回ったかなあ……」

トメに言われ、明は、ハハハと大仰に笑った。

「……酔っぱらっているだろう?これじゃ魚釣りには連れて行けれないな」

晴人が明へ言った。

「まあ、お酒飲んでいるのに、魚釣りですか?」

トメは驚きを隠せない。

落ち着いているが、晴人の顔はほんのり染まっている。

「九条様、危のうございますよ!」

強い口調のトメに、晴人も、少し酔っているのを認めざるを得なくなる。

「……では、将棋でも指すか。荷物のなかに将棋盤があったろう?」

「ああ、はい。ございました。少々お荷物が多いのでお部屋に入りきらず……お隣の部屋に置いておりますので、ご入用なものは、言いつけてくださいまし」

必要なものがあれば荷物の山から取り出すと、トメは穏便に言ってのける。

「はあ?将棋盤?!」

明が、呆れた。

「それぐらいなら、ここにもあるぜ?!」

「何があるかまで把握してなかったからな。念のために持って来た」

晴人は、すまして答えた。

「あーだけど俺、将棋って気分じゃないわ。飯食ったら寝る!」

「構わんよ。指南書相手に一人で指すから」

「……でしたら、源さんとどうでしょう?」

トメが口を挟んでくる。

長谷部は、田村家が来訪したとき、明の父と良く将棋を指すのだとか。

「あーー、そう言えば源爺、結構な腕前だったっけ」

明も思い出したようで、晴人を見た。

「管理人と?」

「おう!俺とやるよりマシだと思うぞ?頼んでやるよ」

明は、将棋がめっぽう弱い。晴人も相手にならんといつもぼやいているのだった。

「……しかし……」

「そう、恥ずかしがるこたぁないだろ?知らぬ仲でもなし」

完全に酔いが回っている明は、楽しそうに言った。

そして──。

「参りました……」

昼を済ませた後、晴人は長谷部と将棋を指したが、想像以上に強かった。また晴人が負けて、思わず頭を下げているのだ。

「いえいえ、九条様!今回もまぐれですから!頭を上げてください!」

長谷部が慌てている。

「なっ?源爺、なかなかやるだろ?」

あくびしながら、明は言うとゴロリと横になった。

「あー、やっぱり酒のせいか。眠くてたまらん!」

そこへ、トメが盆を持ってやって来る。

「コーヒーを、お持ちしました。あれまっ!明様!」

横になるなら布団の用意をとトメは慌てた。

「いや、トメさん。コーヒーもらうわ」

明は起き上がる。今眠ると夕飯を食べそびると言いながら……。

「九条様がお持ちになったコーヒー豆です。いやぁ、なんですねぇ、香りが違います。帝都の香りがしますよぉ」

「おいおい、そりゃ言い過ぎだろう?ここにある豆とそう変わりないと思うぞ?」

「ほお、明。ここにも豆があるのか。じゃあ飲み比べてみよう」

晴人が、興味津々と言った顔で明を見る。

「はあ?なんだその暇人ぶりは」

「暇も暇だろう?寝転がっているじゃないか」

明のだらけた姿に晴人はクスリと笑った。

「俺の別荘だぞ。ダラダラして何が悪い?いいだろう、暇を極めてやるよ。トメさん、うちのコーヒー豆でコーヒー淹れてよ」

トメと長谷部は顔を見合わせる。帝都の若者の言うことは分からんと言いたげに。

こうして、和やかな時は流れ、あっという間に夕飯の時刻を迎えた。

「晴人!後でお前が持って来たウイスキーを飲もう!」

「ああ、構わんよ。なら、地酒は控えめにしておくか……」

並べられている夕飯の品を確認しながら晴人は明に言うが、どこか口が重い。

「どうした?」

「いや、魚が無い」

「ん?」

明も言われて気がついたようで、料理を確認し始めた。

「里芋の煮付け、ごぼうと牛肉のきんぴら、なすの天ぷら、大根のなます、青菜のお浸し、だし巻き卵と、汁物に、漬物……あれ?そうだな……」

「いや、椀だ」

言って晴人が、汁椀の蓋を開けた。

ツミレ汁だった。

「あー、ここに魚か。やっぱり、夕飯に回ってたんだな」

「……ああ、そのようだ」

しかし、晴人は何か言いたげだった。

「なんだよ晴人?何か品揃えに不満があるのかよ?」

さっぱりわからんと、明は口をとがらせた。

「いや……立派な品揃えだ。ただな……五匹釣ったのに、刺身とこの小さなツミレというのはどうだろう?」

晴人は、昼間と同じく量が少ないと言っている。

「はあ?食い意地はってるなあ」

「そうではなく。どうも、計算が合わない」

「なんだよその計算って。二人分なんたから、刺身にツミレにしたら、こんなもんだろう?」

明は、言うと汁椀を手に取った。

「うん。うまい。このツミレ汁、出汁がきいてて最高だぞ!お前も食え!」

くだらないことを言う暇があれば、さっさと食べろと明が急かす。

「裏方は通いなんだ。トロトロしてたら片付けが遅くなる。帰りも遅くなるだろ?」

明は、トメと料理人の事を考えてやれと晴人へ言った。

「あっ、なるほど。そうだ、女中と料理人は通いだったな」

「そういうこと。魚が少ないだ、足りないだとゴタゴタ言う暇ないんだよ」

明が、もっともなことを言う。

「そうだな」

痛いところを突かれたと、晴人は、小さくなりつつ、箸を進めた。