大正道楽事件簿

昼食まで少し時間があるということにして、明は晴人を外へ連れ出そうとしていた。

晴人の改装確認がなかなか終わらず、新たにここも直せばと改装場所を見つける始末で、質問を受ける長谷部が困りきっていたからだ。

「晴人、もういい、わかった。とりあず海岸に行かないか?海風に当たるのも悪くないと思うぜ?」

「……海か」

晴人は、何か思うところがあるようだった。

「女中を呼んでくれ」

「え?トメさんを?」

「荷物から釣り竿を取り出して欲しい」

晴人は真顔で明に迫った。

「ああ!つまり、釣りがしたいということだな!」

「まあ、そういうことだ」

それを聞いた長谷部は、喜び勇んで釣りの用意をした。よほど晴人に参っていたのだろう。

晴人が、自前の釣り竿と擬餌針の入った箱を持ち、明がバケツと網を持つ。すべて晴人が持参したものだった。

「晴人、お前、ほんと用意いいよなぁ」

「まあ、釣れるかどうかはわからんが、これぐらいは用意しておくべきだろう?」

そういうことではなくてと、明は言いかけるが、やけに機嫌のいい晴人を見ると自然に笑みがこぼれてしまった。

こうして、暫く歩くと海に着いた。

「……風向きは……どっちだ?」

晴人が宙を仰ぐ。

「は?風?」

「ああ、風が強いと糸が流されるというのもあるが、まず、落ち着いて座って釣れないからな」

また、訳の分からない理論を晴人は持ち出し、場所取りに入る。

「ここだ」

と、晴人が言い切った。

「おう、そうか。足元に気をつけないといけないな」

明が言うように、そこは海に突き出す小岩だった。

潮の流れと風向きを考慮した結果らしい。もっとも、どうやってそこまで見極めたのか明には皆目見当がつかないが、所詮暇つぶしの釣り。しかも、晴人を黙らせるためのものなのだから、本人の好きにさせておけばいいだろうと明は思う。

こうして、釣りは始まった。

竿は晴人しか持ってきていない。明は、そもそも興味がなかったからだ。

仕方なく晴人の隣りに腰を下ろし、釣り糸の動きに注目していた。

が、引きはなかなか来ない。

「……まあ、だよな。そんなにすぐ釣れるわけはないか」

「いや、そろそろ来る」

晴人が、自信を持って言い切った途端、本当に引きが来た。糸がグイグイ動いている。

「え?!晴人!引いてるぞ!!網、いるか?!」

「落ち着け、明。それほど大物ではない。自力で釣り上げられるさ」

言いながら、晴人は慣れた手つきで竿を操る。

「おおっ!」

明が、歓声をあげた。

糸の先には、アジが食いついている。

「よし、いい感じだ」

晴人もご機嫌だった。すぐに、また糸を垂らす。

と──。

グイと引きが来た。

「おい!晴人!来たぞ!」

「うん、今度は手応えあるな」

釣り上げたのは、先ほどよりも大ぶりなアジだった。

「晴人、お前すごいな!」

間髪入れず釣り上げる晴人に、明も興奮している。

「ほう、こんなに釣れたか」

「晴人!大漁だぞ!」

「大漁というほどでもないだろう。五匹釣れただけだ」

「いや、この短時間でだぜ?大漁に入るさ!とりあえず、ここまでにして、昼食は刺身にしよう!」

明が弾けた。

「なるほど……」

「うん、刺身なら、酒をつけてもらうか!」

美味い地酒があるのだと、明はニヤつく。

こうして、酒盛りの計画を立てた二人は別荘へと帰路についたのだった。

「おかえりなさいませ」

迎えてくれた長谷部へ、明は持っていた魚入りのバケツを突き出す。

「おお、これはまた!」

長谷部も驚きを隠せない。

「源爺!刺身にしてくれ!あと、地酒も頼む!」

ご機嫌な明からバケツを受け取った長谷部は、裏へ回った。

「ああ、中庭突っ切って行くほうが、厨房へは早いんだ」

長谷部の後ろ姿を見ながら、明は晴人に別荘の造りを説明してやる。

「なるほどな」

別荘の中を行くと、屋敷内に魚の匂いが残ってしまう。

中庭を抜けて外から向かうなら、その心配もないのだろう。

何より、面倒なく早く行きつけるというのが一番大きい。

「俺たちは居間で休むとするか」

待っていたら、料理も酒も出てくると、明は言いたいようだ。

「それはいいが、竿をどうにかしたい」

晴人が言った。さすがに釣り竿まで居間には持っていけない。

「あー、それじゃあ、俺たちも中庭突っ切って、縁側から居間へ上がるとするか。竿は適当なところに置いとけよ」

言って明は、先導した。

晴人も、おとなしく明の後に続いた。

「お待たせしました」

トメが盆に乗せて料理を運んでくる──。

「お先に一杯やりますかね?」

そう思っていたのか、トメは刺身とお銚子を持ってきていた。

「おっ、美味そうだな!トメさん、昼飯はもう少し後で持ってきてよ」

先に酒を堪能したいと明が言う。

トメは心得た素振りで返事をすると奥へ下がった。

「晴人、一杯やれよ」

明がお銚子を差し出す。

ところが……。

「……」

晴人は、盛り付けられている刺身を凝視している。

「まあな、さっき釣ったばかりだ。感慨深いよなあ」

などと明はおどけてみせるが、

「明……なんだか少なくないか?」

晴人は、不審げに言った。

「少ない?こんなもんじゃないのか?」

「いや、五匹釣ったのだぞ?これだけではあるまい」

晴人に言われて、明も刺身を見る。

言われて見れば、そうともとれる量だった。

「あっ、残りは夕飯に回したんじゃないのか?」

明は、別段気に留めることもなく、まずは地酒を飲んでみろと、晴人へ酌をした。