大正道楽事件簿

「よう!源爺《げんじい》!世話になる」

出迎えの老人に明が声をかける。

「管理人の源爺だ」

子供の頃からの付き合いだから、源爺でいいんだと明は説明するが、晴人はどこか腑に落ちないようだった。

「君はそれで良いかもしれないが、俺はどう呼べばいいんだ?初対面だぞ?」

「源爺でいいだろう?」

「いや、そういうわけにもいかんだろう?」

一人ごねる晴人に、管理人の源爺こと長谷部源助は笑った。

「九条様。どうぞお好きにお呼びください」

その言葉に晴人は少し考え、

「では、管理人……で」

と、すまして答える。

「なんだそりゃ」

明が素っ頓狂な声を出した。

「ひとまず、中へ」

長谷部は笑いをこらえながら二人を案内した。

「いらっしゃいませ」

五十絡みのふくよかな体つきの女が頭を下げている。割烹着を着ているところを見ると、裏方仕事を行う女中だろう。

「やあ!トメさん!また来たぜ」

明が朗らかに声をかけている。

「こちらは、女中のトメです」

長谷部が紹介する。

「ああ、世話になる。……女中」

晴人が、また考えながらトメを呼ぶ。

「女中ってなんだよ?」

「しかし、女中だろう?そもそも他家の女中を呼び捨てにはできん」

訳のわからない理由でゴネる晴人を、トメは笑った。

「はい、あたしは女中ですから、それで構いませんよ」

「すまねぇなトメ。こいつ、ちょっと変わってるんだ」

「お荷物を……」

と、言いかけるトメを明が制した。

「いやそれが、凄い量だから、運転手に運ばせたほうがいい。トメ一人では無理だ」

「左様ですか……」

力仕事にはちょっとばかり自信があるのにとトメは言うが、そういう問題じゃないほどの荷物なんだと明が説得する。

「まあ、そこは適当に私どもで……」

長谷部が口を挟んだ。

「ああそうだ!先にお茶のご用意を!」

トメはハッとして、奥へと向かう。

「いや、申し訳ありません。ここには私と、トメ、あと料理人しかおりませんで……」

そもそも、住み込みは自分だけで、あとの二人は通いなのだと長谷部は裏方の事情を語った。

「人手不足というわけだな?しかし、別荘とはそういうものだ。あまり気を使わなくて構わんよ」

晴人は、わかっているとばかりに、恐縮する長谷部へ言った。

「ああ、あとで、コーヒーを淹れてくれないか?豆は持ってきている」

わざわざ、行きつけのカフェで豆を分けてもらったのだと晴人は言う。

「えっ、お前そこまで準備してきたのか?!」

「いけないか?いつものコーヒーが恋しくなるかもしれないと思ってね」

晴人はすまして言った。

「あの……一息つかれましたら……」

そこへ、長谷部が申し訳無さそうに明を見る。

「ああ、分かってる。改装したところを見せてもらう。でも、源爺が立ち会ってたんだろ?」

自分は形だけの確認だろうと明は長谷部へ笑った。

「そういう訳にもいくまい。明、しっかり確認しなければ、管理人の立場もある。分かってやれ」

晴人がまるで自分の別荘のように、何かやる気を見せている。

「ああ、九条様のお部屋は、今回改装したばかりの洋室を……」

「うん、それなら使い心地を確かめさせてもらうよ」

はあ、と、長谷部は少し困った素振りを見せる。

「源爺、晴人は言ってるだけだ。真に受けなくてもいいから」

明は言うと、早速改装した部所を見せてくれと長谷部に頼んだ。

さっさと要件を済ませたい。なにより、晴人のしゃんとしろと言いたげな視線と口出しが、明にはたまらないようだった。

「こちら、雨漏りがありまして修繕しました……。そちらの畳は張り替えを……」

長谷部に言われて、明は、逐一頷いている。

早速、改修部所の確認を行っているのだが、晴人まで後ろから付いてきて、細かなことを長谷部に質問する。

その度、長谷部は戸惑いながら、作業の様子から答えているのだが、正直晴人の粘りに辟易していた。

「では、最後に、九条様のお部屋へご案内します」

洋室に改装したという部屋は二階にあった。

少し軋む階段を登りながら、

「この階段も直したほうが良いのではないか?音がする」

晴人が余計なことを言う。

「あのなあ。これも、別荘の味だよ、味。大掛かり改装じゃなんだから、いいんだよ」

明が、晴人を黙らそうと懸命になった。

「……はい。いずれはこちらも。今回は、急場しのぎのようなものですので……」

長谷部も、ほどほど参っているようで、晴人の言い分に口を濁す。

そして、襖を開けた。

「ん?洋室では?」

晴人が首を傾げる。何故入り口がドアではないのかと……。

「大規模改修は、避けたかったので……」

長谷部は言いながら、明と晴人を部屋に通した。

「ああ、なるほど、和洋折衷ということだな?」

「はい。明様」

畳の上に真紅の絨毯が敷かれ、天蓋付きのベッドが置かれてある。窓辺にはレースのかかった小さな丸テーブルと一人掛けのソファーがあった。

「枕元のランプは、旦那様のコレクションのひとつで、フランス製の一点物だとか。置き時計は、イギリスの古美術品。あちらのテーブルのレースもオランダ製です……。設えは西洋風に工夫しております」

「へえ、悪くないじゃないか。なあ?晴人」

明は、気に入ったようで晴人に同意を求める。

「……」

その晴人は、黙ってベッドに腰掛けその硬さを確認していた。

「……ベッドの硬さはまあ、こんなものだ。だが枕が、柔らかすぎるな……」

「お前、そこかよ?!部屋の設え見てくれよ!」

「しかし、明。今夜から俺はここを使うのだ。ということで、そんなこともあろうかと、枕も持ってきている。管理人、安心しろ。不都合は起こらんよ」

言って、晴人はどうだと胸を張る。

「ひえぇー!そこまで準備してるのかよ!」

明がひっくり返りそうになっている。

長谷部はというと、こっそり苦笑していた。