生き神様は籠の鳥

私は木箱を拝殿の文机の横にそっと置き、カタクリと一緒に拝殿を飛び出した。

​まずは一番上の絵柄にあった鳥居へと向かう。

​境内を囲む木々を背にたたずむ大きな朱色の鳥居。遠くに麓の村がかすかに見える。

鳥居の足元にはツタが絡まっていた。。刃物か何かがあれば切り払えそうだけれど、今の私はそんな都合の良いものを持っていない。

ふと上を見上げると鳥居の上の木枠にカラスが五羽、行儀よく並んで止まっていた。

「あ、カラスが五羽止まってるよ」

「珍しいな」

今の神社は、いつもと違うおかしなことばかりが起きている。

鳥居に並んで止まっている五羽のカラスも、心なしかじっとこちらを見下ろしているようでなんだか気味が悪い。

​鳥居には特にそれ以上の手がかりや怪しい物は見当たらず、私とカタクリは足を速めて次の目的地である絵馬掛け所へと向かった。

​境内の隅にある絵馬掛け所は村の人の願い事が書かれた絵馬がたくさん吊るされている場所だ。
その絵馬掛け所の屋根の端には、カラスが一羽だけ止まっていた。
やはり逃げようともせず、こちらをじっと見つめている。
​頭の片隅で小さな引っかかりを感じながらも、近くにある木製の台に目を向けた。そこには、参拝客が運を占うための、おみくじの入った小さな六角形の筒が置いてある。
​
「ねぇ、カタクリ。なんで絵馬は馬なの?」

「ああ、昔は本物の馬をお供え物としていたからな。それが次第に木に馬を描いた板で代用されるようになった。昔の名残りだろう」

「そうなんだ……!」

思わぬ歴史を知って感心しながら、私は絵馬掛け所とおみくじの台にじっくりと視線を巡らせた。

何か手がかりはないかと探りつつ、おみくじの筒を手に取って振ってみる。けれど、中で何かが当たるカラカラという音が虚しく聞こえるだけで、一向に出てこない。

「あれ?何も出てこないよ」

「きつく蓋が閉められているな。どれだけ振っても緩ませるまで出てこないよ」

「そうなの?」

「ああ」

気を取り直して、次に私達は拝殿前に置いてある大きな賽銭箱に向かった。

「あ、カラス……!一、二、三羽……参拝しているのかな?」

「さぁな。カラスが賽銭箱に集まる理由なんて、こぼれたお供え物を探してるか、光り物を狙ってる時くらいだろう」

​「もう、夢がないなぁ……」

​だけど、カタクリの言う通りかもしれない。

この三羽のカラス達も、私達が近づいても逃げようとせずに首を傾げながらじっとこちらを観察している。

私はかがみ込み、賽銭箱の下を覗き込んでみた。暗がりの奥深くに、何か小さな影が見える。

「あ、下に何か落ちてるよ。うーん……暗くて見えない」

「灯りか何かで照らせば見えるだろう」

「あ、そっか」

​私は立ち上がり、賽銭箱の周りや拝殿の軒下をぐるりと見回した。

灯り……ろうそくか何かあれば良いんだけど……。

​「ねぇ、カタクリ。確か拝殿の中にろうそく立てがあったよね」

助けを求めるように隣を見ると、カタクリはいつもと変わらない落ち着いた様子で腕を組んでいた。

「さっきあいつが小屋に持って行っていたぞ」

​「小屋……?」

私は木箱に描かれていた最後の絵柄を思い出す。

鳥居、絵馬掛け所、賽銭箱、そして――小屋。

もしかして、この木箱の絵は、私達が調べる場所を示していたのだろうか。

「行こう、カタクリ」

私は踵(きびす)を返し、小屋へ向かって駆け出した。

「おい、走るな」

背後からカタクリの声が飛んでくる。

​息を弾ませて小屋に辿り着くと、伊織さんが立っていた。

古い収納箱の前で顎に手を当て、深刻そうな顔で唸っている。

「どうかしたんですか?」

「ああ、君か。このからくり箱がどうやっても開かないんだ。細い棒か何かで開ける仕組みみたいだな」

「からくり?」

​私が首を傾げると、伊織さんは少し困ったように笑いながら、目の前にある頑丈そうな箱をトントンと指先で叩く。

「ああ、簡単には開けられないように仕掛けがあるんだ。みんなだいたいそこに大事な物をしまう」

「そうなんですね」

​複雑な構造の箱を眺めながら感心していると、伊織さんがハッとしたように私を見た。

「それより、どうしたんだ?形代は見つかったか?」

「あ、いえ、形代は持っていないんですけど……ろうそく持ってないですか?」

「ろうそく……は持っていないが、これはあるぞ」

​私は伊織さんからろうそく立てを受け取った。

重みのある金属製のろうそく立て。けれど、肝心のろうそくが無ければ明かりはつけられない。

「ありがとうございます」

「悪いな、力になれなくて」

「いえ、これで持ち運べます」

私はお礼を言ってから小屋をあとにした。ふと屋根や周囲を見渡してみたけれど、ここにはカラスの姿は見当たらなかった。

「ろうそく、どこにあるんだろうね」

「さぁな、お前が見つけるといい」

​まずは、ろうそくがありそうな場所を探さなくちゃいけない。
あれだけ拝殿内を探しても見つからなかったとなると、他の場所にあるのかもしれない。
​あと探していない場所は……私の部屋と、そこへ続く渡り廊下くらいだ。

渡り廊下にはお神酒(みき)が入った樽(たる)が数個積まれている。
樽は固く重たくて、私の力ではとても持ち上がりそうにない。
ツンとした鼻につく独特な日本酒の香り。
脳の奥が侵されるような、甘くも芳(かんば)しい香りに酔わないよう意識を引きしめながら、私は樽の蓋を閉めた。

(絶対私ってお酒に弱いよね……匂いだけでちょっとフワフワする……)

胸を押さえて深呼吸をしていると、横からカタクリの冷ややかな声が飛んできた。

「一応言っておくが飲むなよ。ぶっ倒れるぞ」

「飲まないよ……!」

​頬を少し赤くしながら言い返し、樽の周りを改めるが、やはり手がかりになりそうなものは見当たらない。残る場所は、もう私の部屋だけだ。

(自分の部屋に、ろうそくなんてあったっけ……?)

部屋をぐるりと見渡すが、いつも通りの部屋があるだけで怪しい物は見つからない。

「どこだろう……」

文机の上には紙と渡り廊下の鍵。その隣には行灯。部屋の隅の箱には昔遊んでいた懐かしいおもちゃが入っている。
火種なら灯明皿(とうみょうざら)の火を使えば大丈夫だと思うけど……ろうそくがない。

カタクリに声をかけようと彼の方を見ると、彼は少し高めの棚の方をじっと眺めていた。

「?」

カタクリの視線を追って見上げた先には、壁の上の高い位置に取り付けられた棚があった。
普段は行事の道具やめったに使わない雑多な物が置いてある場所だ。高すぎて背が届かないため、普段はほとんど意識したことがなかった。

​(あんな高いところに、何かあったっけ……?)

​私はつま先立ちになって背伸びをしてみるけれど、棚の奥に置いてある小さな箱までどうしても手が届かない。
文机を踏み台にするのは、お行儀が悪くて怒られる気しかしないし……。
諦めきれずにつま先立ちのまま、もう一度ぐっと背筋を伸ばしてみるけれど、指先がかすかに箱の表面を擦るだけだった。

​(うう、あとちょっと……!成長期、仕事して……!)

「これを使うか?」

カタクリはどこから持ってきたのか分からない大幣(おおぬさ)を手渡してきた。

彼はこういうところに無頓着(むとんちゃく)だ。けれど、この長い棒の先を引っかけたら、確かに箱を引き寄せられそう……!

「あ、ありがとう」

​息を止め、慎重に手前へ引き寄せる。
カタッ、と軽い音がして、小さな箱が棚の縁まで滑り落ちてきた。すかさず空いた左手で受け止める。

​「取れた……!」

​箱の蓋を開けてみると―――

​「あった……!」

​そこには、太くて白いろうそくが何本か行儀よく並んでいた。

私はろうそく立てに新しいろうそくを立てて火をつける。

これで、あの賽銭箱の暗闇を照らすことができる!

「賽銭箱の下を照らしに行こう」

「焦って落とすなよ」