生き神様は籠の鳥

「分かった。じゃあ、俺が探してみる」

戸の向こうから、旅人の声が聞こえた。

鍵をウロウロと探し回る足音を聞きながら、私は戸の木目を見つめて祈るように手を合わせた。

​「見つかるといいな……」

​「見つかるさ。神社の物は村に持って帰ってはいけない決まりだからな。鍵も探せばある」

​カタクリはいつの間にかまた出窓に飛び乗り、膝を抱えるように座り込んで山の方へ耳を澄ませていた。

彼は人よりずっと耳が良い。木々のざわめきや風の音に交じって、何か気になる音でも聞こえているのだろうか。

「……カタクリ?」

「ん」

「何か聞こえるの?」

「いや」

短い返事が返ってきた。

私は少し不思議に思いながらも、戸の向こうへ意識を戻す。

「これは……違うな」

「何かありましたか?」

「古い木箱だ。中には巻物と何かの札が入ってる」

「鍵はありますか?」

「ない」

「そうですか……」

「はぁ、まるで宝探しみたいだな」

「宝探し?」

その言葉を口の中で転がしてみる。私には、宝探しというものがよく分からない。
本で読んだことはあっても、実際に体験したことは一度もなかったから。外の世界には、大人が真剣になって遊ぶそんな楽しい催(もよお)しがあるのだろうか。

「カタクリは宝探し、やったことある?」

​「……昔、やったはずだが」

「あれ?そうだっけ」

私は首を傾げた。

指定した小物をカタクリが部屋のどこかに隠して、私がそれを探す『物隠し』なら、何度もやったことがある。

文机の引き出し。

おもちゃ箱の底。

布団の下。

時にはお供え物を乗っける三方(さんぽう)の隅。

『ここかな?』

『違う』

『じゃあ、こっち?』

『違う』

『……ここ!』

『そこも違う』

そんなやり取りを何度も繰り返して、結局見つけられずに泣きそうになったこともあったっけ。けれど、あの時の時間は私にとって宝物のように温かい記憶なのも確かだ。

『ちょっとだけ教えて』

『嫌だ』

『なんで!?』

『自分で見つける遊びだから面白いんだろう』

『カタクリのいじわる!』

……今思えば、幼かった私はずいぶん無茶な駄々をこねていた気がする。

「楽しかったよ」

「オレはお前が部屋をひっくり返しそうで肝を冷やしたがな」

​その時―――戸の向こうから「あ!」という旅人の大きな声が響いた。

​「見つけたぞ!」

​ガサゴソと音がしたあと、旅人がそれを戸の鍵穴の横にあるへこみへカチリと嵌め込む音がする。

​続いて、金属の鍵を回すガチャリという重い音が響く。

(どうやって、見つけたんだろう?)

そんな疑問が浮かんだ直後。

戸が開いて旅人が部屋に入ってきた。

「君が生き神の子か」

「はい……。あの、ありがとうございます」

​旅人は開いたばかりの戸と、そこに取り付けられていた錠前(じょうまえ)をまじまじと見つめた。

眉間に少しだけシワが寄っている。

「なぜ戸に錠が?まさかいつもこうなのか?」

「いえ!違います。今日は私が勝手に外に出てしまったから……」

「そうか……」

旅人は戸に取り付けられた錠を出窓に置いた。

それから、どこか探るような眼差しで、私を頭から爪先までじっくりと見つめる。

「ずいぶん立派な格好だな」

「そう……なんでしょうか?」

​物心がつく前からずっとこの装束だったから、私にはこれが特別なものなのかどうかも分からない。

少し照れくさくなって、千早の袖の裾をぎゅっと掴んだ。

「ところで」

​私はどうしても気になっていたことを確かめるべく、旅人の顔を見上げる。

「どうやって鍵を見つけたんですか?」

「ああ、それか」

旅人の表情が少し緩んだ。

「簡単だ。拝殿の中を見回して、鍵がありそうな場所をひたすら探していたら棚の奥から月の形をした木彫りが出てきたんだ。山の形のやつは渡り廊下の吊り灯籠の中に入っていた」

「意外と力技だな」

後ろで腕を組んでいたカタクリが、呆れたようにボソッと呟いた。

「―――生き神とは、一体なんなんだ?」

​それまでの少し柔らかくなった空気を切り裂くように、旅人が唐突に問いかけてきた。

​その黒い瞳には、まっすぐで、射抜くような鋭い光が宿っている。

「月峰神の声をキくことのできる者です。そしてそれを神託として村に授けます」

「魂を捧げる、というのは?」

「……!」

唐突に旅人の口から投げかけられたその言葉に、私の息がぴたりと止まった。
​
「悪い、鳥居の近くで神職達が話しているのを偶然聞いてしまったんだ。……答えたくなかったら答えなくて良い」

旅人は申し訳なさそうに視線を少し落としたが、私は詰まりながらも言葉を絞り出した。

「……生き神の魂はいずれ月峰神に捧げられ、その御元で神になって永遠の幸福を享受するのだと言われています」

「そのために死ぬのか」

静かだが、逃げ場のない重い問い。

私は返す言葉を失い、自分の足元へと視線を落として、か細い声で答えるしかなかった。

「そう、教えられてきましたから……」

「君はそれで良いのか?俺は説教をしに来た訳じゃないが……君自身の気持ちはどうなんだ」

心臓が、大きく跳ねた。

そんなことを考えたことはなかった。

生き神は、いつか月峰神の御元へ召される。それは生まれた時から決まっている、逃れられない定め。

その時には、私は神様のそばで永遠に幸せに暮らす。

そう教えられてきた。

だから――でも。

「あ、いや……悪い。急に出会ったばかりの不審者に言われても困るよな」

​急に下を向いたまま黙り込んでしまった私を気遣うように、旅人はぽりぽりと頬を掻きながら困ったように笑った。

​私はたまらず、格子の入った窓の外へと視線を逃がす。

​格子の向こうには、幼い頃からずっと見続けてきた、いつもと変わらない静かな山並みがある。

私が生まれてから、一度も離れたことのない場所。

その向こう側に、私の知らない世界がある。

どんな町があるのだろう。

どんな人がいるのだろう。

どんな景色が広がっているのだろう。

考えるだけで、胸が少しだけ高鳴った。

……私は、外のことを何も知らない。ここから出たことがないから、想像することだってできない。
だから、きっと私にはこの土地で住まう人々や山、そして課せられた使命を捨てて生きていくなんてできないだろう。

「一緒に、外に出ないか?」

「え?」

思わず、聞き返していた。

旅人は、もう一度同じ言葉を口にすることはなかった。

ただ、まっすぐ私を見ている。

冗談を言っているようには見えない。

本気で私をこの部屋から、この山から連れ出そうとしている眼差し。

不安になり、カタクリの方に目をやる。カタクリは静かに立っていた。

ただ腕を組み、底の知れない瞳で旅人と私を静かに見つめている。その沈黙が、かえって部屋の空気を重く張り詰めさせていた。

「君も、俺も、今はここから出られないから手助けを、とだな……」

「ここから出るだけなら……鳥居をくぐって山道をまっすぐ下って行けば、やがて麓の村に辿り着くはずです」

「いや、下っても下ってもここに戻ってきてしまうんだ」

「……え?」

​言葉の意味が分からず、私は思わず聞き返した。

「そんなはず……」

下っても村に辿り着けないのなら、なぜ神職達は村に帰れたんだろう。

今日は、不思議なことがいっぱいだ。

「とはいえ、君もいるなら正面から山を下ることなどできないな。見つかれば連れ戻されてしまう。……そういえば名前を聞いていなかったな。俺は伊織(いおり)だ」

「アンズです」

「アンズ……あぁ、春に咲く綺麗な花か」

伊織さんは、私の名前を確かめるように一度だけ口にした。

「……花?」

「知らないのか?」

「はい」

思わず頷いてしまう。

「アンズって、花の名前なんですか?」

「ああ、ちょうど君の髪飾りみたいな色の花だ」

「じゃあ、この髪飾りもアンズの花なんですか?」

「多分そうじゃないか?少なくとも、俺にはそう見える」

私はそっと手を伸ばし、揺れる自分の髪飾りにそっと指先で触れた。

橙(だいだい)色とも桃色とも言えない、夕焼けのように柔らかな色合いの布で作られた、小さな丸い花びら。
私の名前は、こんなに温かい花の名前だったのか。初めて知った事実に、胸がほんのり温かくなる。
カタクリは、最初から知っていてこの髪飾りをくれたのだろうか。

「さて、どうしようか。他に出口などがあれば良いが……」

「出口を探す前に、まずは形代(かたしろ)を集めてくれ。山を抜ける時に使うがどこにもないんだ」

​ずっと黙っていたカタクリが、腕を組んだまま静かに口を開いた。

「形代!」

私は手をポンッと打った。

「形代?その形代とやらを探せば良いのか?」

伊織さんが納得したように頷く。

「あ、はい。そうみたいです」

伊織さんは「分かった。形代だな、探してくる」と言って、再び部屋を出て境内の方へと向かっていった。

私達もそのあとに続いて部屋を出て歩き出す。その途中、私はカタクリの袖を少し引っ張って小声で尋ねた。

「伊織さんはどうして出られなくなったの?」

「どのみち今晩、あいつを出してやる予定だった。……悪いようにはならないよ」

カタクリは前を歩く伊織さんの背中を、じっと探るような視線で見つめ続けていた。

​「形代っていうのは、どんな形をしてるんだ?」

​前を歩く伊織さんが振り返りながら尋ねてきた。

​「人の形に切り抜かれた白い和紙です。夏越(なごし)の大祓(おおはらえ)の時に使ったやつがまだ残っていたはずです。普段は木箱に納められているはずなんですけれど……」