人の気配がしてふと拝殿に寄ってみると、数人の神職が物思いにふけっていた。
―――儀式の日は、もうじきだ。
もしアンズがこの山に、この神社に残ることを選んだのだとしたら。そう遠くないうちに儀式が再び執り行われることになる。
最近、滅多に人が立ち入ることのない奥社の方で、ちらほらと人の出入りがあったのは、間違いなくその関わりだろうな。
「はぁ……生き神様……」
一人が漏らした重苦しい溜息に、他の者も押し黙ったまま重い沈黙を守っていた。
このまま放っておけば、夜が明けるまでここに居座り、陰鬱な雰囲気を撒き散らし続けそうだ。
どんよりと重い空気を見かねて、彼らの後ろの方へ歩み寄ることにする。
拝殿の小机で、ポツンと寂しげに灯っていた小さなろうそくの明かり。
俺はそれに息を吹きかけ、ふっと消した。
炎が消えた瞬間、一本の細い白い煙が空中に立ち上り、どこか甘い不思議な香りが鼻をくすぐった。
突然の暗闇と静寂の破られ方に、物思いにふけっていた神職たちがビクッと肩を揺らし、驚いたように一斉に振り返る。
「あら、灯りが……」
「ど、どうして……いきなり消えるんだ……?」
「ぐ、宮司様!」
神職達は顔を見合わせ、幽霊でも見たかのような狼狽ぶりで慌ただしく村の方へと逃げるように去っていった。
火が急に消えたことを、神の怒りか何か恐ろしい凶兆だと捉えたのかもしれない。
静まり返った拝殿に残され、俺は小さく息を吐いた。
下手に恐れさせたせいで、あの様子では村から大勢の人を引き連れて戻ってきかねない。
「……めんどくさいことになったな」
ぽつりと呟いた自分の声が、誰もいなくなった拝殿に虚しく響く。
ふと視線を落とすと、文机の上にぽつんと置かれた品が目に留まった。
丁寧に編み込まれた紐の付いた翡翠の勾玉と、大小の鈴が対になった腕輪だ。手のひらに拾い上げると鈴がシャラン―――と小さな音を立てた。
まじまじと見つめる。
俺はそれを、乱暴に自分の懐へと押し込んだ。
「……おーい」
遠くの方で旅人の声が聞こえる。まだ迷っていたのかアイツは……どうせ出られないんだから大人しくしておけば良いものを。
「矢立てがないな」
手早く用事を済ませようと文机の引き出しを引いたが、目当ての矢立ては見当たらなかった。入っていたのは、祝詞の書かれた古紙や錆びたハサミなど、今すぐ必要のない物ばかりだ。
仕方ない、小屋に取りに行くか。
✳✳✳
小屋は普段使われていないので、少々埃っぽい。
足元や壁際を見渡すと、雑多な物品が無造作に積み上げられていた。
かつて氏子達が数学の問題とその解法を書いて奉納したという、幾何学模様の描かれた古い算額が壁に立てかけられている。その隣には、当然のように灯りのともっていない竹組みの行灯が転がっていた。
さらには、年季の入った黒塗りの木箱がいくつか重なり、神事に使う道具や装束が収められているようだった。
夜目はきくが、少し薄暗いので焦りが募る。
逃げ出した神職達が村から松明を持った男達を引き連れて戻ってくるまで、もう大した時間は残されていないはずだ。
俺は膝をつき、咳込みそうになるのを必死でこらえながら木箱の影や棚の隙間を手探りで探し始める。
しかし、いくら探しても見つからない。
……神職からくすねるか。
―――儀式の日は、もうじきだ。
もしアンズがこの山に、この神社に残ることを選んだのだとしたら。そう遠くないうちに儀式が再び執り行われることになる。
最近、滅多に人が立ち入ることのない奥社の方で、ちらほらと人の出入りがあったのは、間違いなくその関わりだろうな。
「はぁ……生き神様……」
一人が漏らした重苦しい溜息に、他の者も押し黙ったまま重い沈黙を守っていた。
このまま放っておけば、夜が明けるまでここに居座り、陰鬱な雰囲気を撒き散らし続けそうだ。
どんよりと重い空気を見かねて、彼らの後ろの方へ歩み寄ることにする。
拝殿の小机で、ポツンと寂しげに灯っていた小さなろうそくの明かり。
俺はそれに息を吹きかけ、ふっと消した。
炎が消えた瞬間、一本の細い白い煙が空中に立ち上り、どこか甘い不思議な香りが鼻をくすぐった。
突然の暗闇と静寂の破られ方に、物思いにふけっていた神職たちがビクッと肩を揺らし、驚いたように一斉に振り返る。
「あら、灯りが……」
「ど、どうして……いきなり消えるんだ……?」
「ぐ、宮司様!」
神職達は顔を見合わせ、幽霊でも見たかのような狼狽ぶりで慌ただしく村の方へと逃げるように去っていった。
火が急に消えたことを、神の怒りか何か恐ろしい凶兆だと捉えたのかもしれない。
静まり返った拝殿に残され、俺は小さく息を吐いた。
下手に恐れさせたせいで、あの様子では村から大勢の人を引き連れて戻ってきかねない。
「……めんどくさいことになったな」
ぽつりと呟いた自分の声が、誰もいなくなった拝殿に虚しく響く。
ふと視線を落とすと、文机の上にぽつんと置かれた品が目に留まった。
丁寧に編み込まれた紐の付いた翡翠の勾玉と、大小の鈴が対になった腕輪だ。手のひらに拾い上げると鈴がシャラン―――と小さな音を立てた。
まじまじと見つめる。
俺はそれを、乱暴に自分の懐へと押し込んだ。
「……おーい」
遠くの方で旅人の声が聞こえる。まだ迷っていたのかアイツは……どうせ出られないんだから大人しくしておけば良いものを。
「矢立てがないな」
手早く用事を済ませようと文机の引き出しを引いたが、目当ての矢立ては見当たらなかった。入っていたのは、祝詞の書かれた古紙や錆びたハサミなど、今すぐ必要のない物ばかりだ。
仕方ない、小屋に取りに行くか。
✳✳✳
小屋は普段使われていないので、少々埃っぽい。
足元や壁際を見渡すと、雑多な物品が無造作に積み上げられていた。
かつて氏子達が数学の問題とその解法を書いて奉納したという、幾何学模様の描かれた古い算額が壁に立てかけられている。その隣には、当然のように灯りのともっていない竹組みの行灯が転がっていた。
さらには、年季の入った黒塗りの木箱がいくつか重なり、神事に使う道具や装束が収められているようだった。
夜目はきくが、少し薄暗いので焦りが募る。
逃げ出した神職達が村から松明を持った男達を引き連れて戻ってくるまで、もう大した時間は残されていないはずだ。
俺は膝をつき、咳込みそうになるのを必死でこらえながら木箱の影や棚の隙間を手探りで探し始める。
しかし、いくら探しても見つからない。
……神職からくすねるか。



