生き神様は籠の鳥

​翌日。

​​カタクリの言った通り、太陽が空の真上に差し掛かる頃、神職の人達に連れられて旅人が社を訪れた。

​神託を授けるため、冷ややかに澄んだ空気が満ちる拝殿に向かうと、神職達の前に一人の男性がぽつんと座っていた。

見たことのない服。

見たことのない荷物。

そして、私が今まで見たことのないような遠い場所を知っている目。

​彼が、カタクリの言う『マレビト』なのだろう。

「彼はマレビトです。今晩は山に留まってください」

​事前にカタクリから教えられていた言葉を、私は神託としてそのまま反復する。

​神職達は「承知いたしました」と深く平伏し、何が起きたのか分からず困惑している旅人を、社の奥へと連れて行った。

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「……旅人さんは大丈夫なの?」

自分の部屋に戻り、文机(ふづくえ)の横に腰を下ろすと、お供え物を物色していたカタクリに尋ねた。

​私が部屋に戻る直前、彼は「ちょっと様子を見てくる」と言って旅人のところへ向かっていたのだ。

​「無理に下山しようとして神社から出られなくなっていた。​……多分、大丈夫だろう」

​カタクリはお供え物の干し柿をもぐもぐと頬張りながら、素っ気なく答える。

​……それって、本当に大丈夫と言えるのだろうか?

微妙に噛み合わない彼の答えに、私は苦笑いするしかなかった。

「お前も食うか?多少腹は膨れる」

「私は大丈夫」

「そうか」

​カタクリは差し出していた干し柿を巾着の中に入れた。

私はさっき夕餉(ゆうげ)を食べたばかりだし、何より緊張で胸がいっぱいで、お腹なんて空いていなかった。

「さて……お前も分かっている通り、お前が外を出歩くことを歓迎する奴はいないよ」

「うん……」

「まずは明日の用意でまだ残っている神職達を帰すんだ。そうしないと社から出ることもできないだろう。……余計なこと言うなよ」

「うん、分かった」

(余計なことを言わないように気をつけないと)

真っ白な白衣から覗く深紅色の掛衿(かけえり)、下は同じ色の緋袴(ひばかま)。上には千早(ちはや)と呼ばれる白く無地の羽織り。

白と赤を基調(きちょう)としたこれは巫女装束と呼ばれる服装だと、昔カタクリが言っていた。

肩まで伸びた黒髪は、軽く結っている。

そこに飾っているのは、淡い桃色の花の髪飾り。

七歳の誕生日に、カタクリが贈ってくれたものだ。

無事に生きてくれたお礼らしい。

何の花か分からないけれど、とても可愛らしいので気に入っている。

​深く息を吸い込み、文机の上に置いてあった赤い紐が付いている鈴を手に取った。

チリンチリンと澄んだ音を響かせて、一人の若い巫女を呼び寄せる。

「生き神様、いかがされましたか」

「あの、明日の準備が済んだのならみんな村にお帰りください」

「はい。わたくしめ、明日の確認を済ませてから帰らせて頂きます」

巫女は深く深く頭を下げると、祈りを捧げるように両手を胸の前で固く重ね合わせた。

「生き神様、どうか末永くこの村をお守り下さい」

「……はい」

​​胸の奥が痛みにきしむ。

偽りの返事が、喉の奥につっかえて上手く声にならない。

巫女はもう一度一礼し、静かに部屋を後にした。

足音が廊下の奥へと消えていく。

その音が完全に聞こえなくなるまで、私は息をひそめてじっと待っていた。

​「本当に……いいのかな」

思わず口をついて出た言葉に、カタクリは小さく息を吐いた。

「ここに残るか?お前の意志で決めたのなら、オレは構わない」

「……」

「よく考えるんだ。時間はまだある、急いで決めるものでもないよ」

​その言葉に、私はぎゅっと着物の袖を握りしめた。

「私、私は……ここに残るべきだって思う。そのために生まれて、そのために育てられてきたから。でも……外の世界を見てみたい気持ちはやっぱり変わらないよ」

​「そうか。……念のため、神職達が本当に全員帰ったか見てくる。お前はここで待っていろ」

​カタクリの足音が静かに遠ざかり、広々とした部屋には私ひとりが残された。

​ひんやりとした文机におでこを押しつけるようにして突っ伏し、目を(つむ)って思考の海に沈む。

​『生き神様、どうか末永くこの村をお守り下さい』

​さっきの巫女の言葉が、頭の中で何度も響く。

村人達の期待と安堵の笑顔が思い浮かぶたび、胸がギューッと締めつけられた。

私はずっと、彼らの希望だった。

でもこの社を出てしまえば、神託は途絶え、村人達は路頭(ろとう)に迷うのかもしれない。

そう思うと、差し出された自由への鍵が、ひどく重いものに思えた。

(私は……本当に、自分勝手なのかな)