生き神様は籠の鳥

揺れる火を灯したろうそく立てを両手でしっかりと抱え、私は再び賽銭箱の前へと戻ってきた。

​風に火が消えてしまわないよう慎重に歩みを進め、賽銭箱の前に屈み込む。そっと手元を低くして、暗がりの奥深くへと明かりを差し入れた。

​橙色の光が賽銭箱の底をぼんやりと照らし出す。

​「あった……!」

​奥の隅に落ちていたのは、細くて硬い金属の棒だった。
私は手を奥まで伸ばし、指先でつまむようにしてその細い棒を引き抜いた。

「カタクリ、見て!棒が見つかったよ!」

「良かったな」

私は火を静かに吹き消すと、手に入れた細い棒とろうそく立てを持って、伊織さんの待つ小屋へと走った。

​「開きそうな道具、見つけました」

​小屋の中で待ち続けていた伊織さんに細い棒を手渡すと、伊織さんは「おお、これは助かる!」と目を輝かせた。

手渡した棒をからくり箱の小さな穴に差し込み、慎重にカチリと手応えを探っている。

パコンッ!

​心地よい音を立てて、からくり箱の蓋が跳ね上がった。

箱の中から出てきたのは、カラスの置物だった。

「「カラス?」」

二人で思わず顔を見合わせる。

暗号を解いた先にある宝物としては、あまりにも奇妙だったから。

​「こんなところにカラスの置物か……一体何に使うんだ?」

​伊織さんが不思議そうに置物を持ち上げ、手のひらで転がしてみる。

つやつやとした黒い木彫りのカラスで、羽の形やくちばしの鋭さまで、驚くほど精巧(せいこう)に作られていた。

​その時、後ろからカタクリが静かに声をかけてきた。

​「お前はさっき境内でカラスを見ただろう。どこに何羽いたか、覚えているか?」

カタクリの問いかけに、私は先ほど見た境内の景色を頭の中で必死に巻き戻してみる。

​鳥居に五羽。

絵馬掛け所に一羽。

賽銭箱に三羽。

そして……今いる小屋の周りには一羽もいなかった。

​(拝殿の木箱には、場所の絵が描いてあった……そして、それぞれの場所にはカラスがいた……)

「……あ」

胸が大きく高鳴った。もう一つの鍵を解く手掛かりは、あの場所にいたカラスの数なんだ!

​「走るなよ」と呆れ顔で注意するカタクリの声すら背中に聞きながら、私は抑えきれない高揚感とともに拝殿内にある木箱へ駆け寄った。

​二つ目の番号錠の文字盤へ指をかける。

​『鳥居』の絵の横には五。

『絵馬掛け所』の絵の横には一。

『賽銭箱』の絵の横には三。

『小屋』の絵の横には零。

​カチ、カチ、カチ、カチ――。

​四つの数字を合わせた瞬間、カチリと心地よい手応えとともに、固く閉ざされていた二つ目の鍵が外れた。

中に入っていたのは、一本のかんざしだった。

「かんざし……?」

​思わず首をかしげて木箱の底を覗き込むと、そこには上品な光沢を放つ一本のかんざしが納められていた。
​先端には繊細な細工で白いユリの花が施されている。

「そのかんざしは、お前が持っておいてやると良い」

後ろから追いついたカタクリが、当然のように言った。

「……良いの?」

「いい、好きに使え」

少し古びているけれど、手入れされていてとても綺麗なかんざしだ。

「ありがとう。大切にするね」

​そう呟いて、私はユリの装飾にそっと触れた。

​ずっと大切に扱われてきたかのようななめらかな質感が指先に伝わってくる。

自分の髪飾りと並べると、白と鮮やかな色が対照的で、なんだか胸の奥が不思議な温かさで満たされていくようだった。

ふと、かんざしの先端が平たくなっていることに気づいた。

これなら……さっきのおみくじの蓋を緩めるのに使えるかもしれない。

私はかんざしを持ったまま再び絵馬掛け所にあるおみくじの前へと向かった。

​筒の蓋には、小さなネジで固く止められた金属の蓋が付いている。

指先ではとても回りそうになかったが、さっき手に入れたかんざしの平らな先端をネジの溝に当ててみると、ピッタリとはまった。

​「よし……!」

​ゆっくりと力を込めると、ギギッ……と金属同士が擦れる鈍い音がしたあと、カチリと音を立ててネジが緩んでいく。
そのまま回すとネジが外れ、金属の蓋がポロリと取れる。筒を傾けると滑り出るようにして『何か』が落ちてきた。
受け止めた手に伝わってきたのは、冷たく重い感触だった。
​それは、小刀だった。

「かんざしが思いもよらぬ使い方をしている……」

カタクリのボソッとした声を聞き流しながら、私は出てきた小刀をまじまじと見つめた。

手のひらに残る、ズシリとした重み。

刀身はきっちりと頑丈な漆(うるし)塗りの鞘(さや)に収められていて、外側から中身の刃を見ることはできない。

「小刀……あれ、抜けない」

​​鯉口に指をかけ、力を込めて柄を引いてみるが、鞘は固く噛み合ったままでびくともしない。
不思議に思って接合部をよく見ると、鞘と柄の境界線に、太く固い麻紐が複雑な結び目でぎゅっと縛り付けられていた。

「紐が絡まっているな。解くと使えるようになるだろう」

私は爪を立てるようにして、固く結ばれた麻紐の目尻に指先をひっかけた。
長年の年月で硬化しかけている紐だったが、少しずつ、少しずつ力を加えて結び目を緩めていく。指先が痛むのも忘れて集中すること数分。

(よし、解けた……!)

紐がスルリと解け、小刀を鞘から抜けるようになった。
​ひんやりとした小刀をしっかりと握り締め、私は境内の入口にある鳥居へと足を向かわせた。

​鳥居の太い柱には、まるで侵入者を拒むかのように太いツタが幾重にも巻きつき、手で引き剥がそうとしてもびくともしない。
私は小刀の刃をツタの根元に当て、一気に引き切った。

​ザクッ、ザクッ――!

​心地よい手応えとともに、太いツタが次々と断ち切られていく。
切れたツタがハラハラと地面に落ちると、黒い墨で書かれた文字が現れた。

『本坪鈴(ほんつぼすず)鳴ラセ』

​「本坪鈴……拝殿のガラガラ鳴らす、あのでっかい鈴のことだよね?」

「そうだ。戻ってみるか?」

「うん」

拝殿前に移動すると、天井から垂れ下がった太い鈴緒(すずお)の先に、大きな鈴がぶら下がっている。

私は両手でしっかりと鈴緒を握り締め、勢いよく振った。

​――カラン、カラン、カララーン!

​静かな境内に、澄んだ美しい鈴の音が響き渡る。

その時、何かが上から降ってきた。

――コトン。

​乾いた軽い音を立てて拝殿の床に転がったのは、手のひらに収まるくらいの小さな箱だった。

天井を見上げると、本坪鈴の付け根あたりに小さな仕掛け扉が開いている。鈴を振った振動で、隠されていた箱が落ちてきたらしい。

箱の中身は針や糸などの裁縫道具が入っている。

「お裁縫でもするの?」

裁縫道具の針と糸を見つめながら、私は首をひねった。こんな神社の中のからくりで、なぜ裁縫道具が出てくるのだろうか。

​——針と糸。
​それを見つめているうちに、私の脳裏にふと古い記憶の断片が蘇ってきた。

あれは私がまだ四歳だった頃。

カタクリに「危ないからやめろ」と止められながらも、私はいつも優しくお世話をしてくれていた境内の巫女の真似事がしたくて、裁縫箱を勝手に持ち出したことがあった。
案の定、不器用な手つきで針を扱っていた私は、ほんの少しだけ指先を針で刺してしまったのだ。

その時の巫女といったら、血相を変えて飛んできて私の指をいたわった。
目を凝らすと、ようやく赤い点が見えるほどの小さな小さな刺し傷。

『生き神様に何かあれば大変です……!お痛いのを飛ばしますからね』

巫女が優しく自分の手で私の小さな手を包み込むと、あっという間に傷が治ってしまった。

あの時は巫女に何か凄い力でもあるのかと本気で考えたりもしたけど、今思えば傷口を押さえたことで血が止まっただけなのだろう。

​(懐かしいな……あの巫女さん、元気にしているかな)

​私が思い出に浸っている横で、カタクリは落ちてきた裁縫箱を手に取ると、身につけていた巾着の中へと手際よく収めた。

​他にも何かあるかもと思い、地面や拝殿前の周りをじっと観察していくと、石材にうっすらと彫り込まれた傷があるのに気づいた。

文字のようにも見えるけれど、長年の風雨に晒されて風化しており、肉眼でそのまま読もうとしても輪郭がぼやけて判別できない。

ろう石で表面を擦れば、刻まれた文字が浮かび上がるかもしれない。

「ろう石……」

呟きながら、私は境内を見回した。

ろう石なんて、普段から持ち歩くようなものでもない。そもそも、社の中で見かけた記憶もなかった。

「カタクリ、ろう石って持ってる?」

藁(わら)にもすがる思いで尋ねてみる。

「持ってない」

即答だった。

「そっか……」

私はがっくりと肩を落とした。
ここまで順調にからくりを解き、小刀やかんざしを手に入れて手掛かりを繋いできたのに、土壇場になって必要な道具がないなんて。

石材に刻まれた傷へ視線を戻して指先でそっとなぞってみる。
ひんやりとした石の感触。細く、浅く刻まれた溝(みぞ)が指先に引っかかった。

文字なのか、ただの傷なのかすら判別しづらい。

「……絶対、何か書いてあると思うんだけどな」

私がため息をつくと、カタクリは何でもないように境内を歩き始めた。

「あ、待って.....!」

私を置いて、カタクリは裏手にあるお地蔵様の庭へと向かっていく。