*
警察署を出たあと。
あたしは律と並んで歩いていた。
「瑠花、大丈夫?」
「大丈夫だって。律、心配しすぎ」
「だって……」
「もう終わったんだから」
そう言って、律の腕にぎゅっと抱きつく。
「ちょ、瑠花」
「何?」
「いや……何でもない」
律の耳が少し赤くなった。
ほんと。
昔からこういうところは変わらない。
律を見ていると、さっきまでの嫌な気分も薄れていく。
「そういえば、槙野楓くんって知ってる?」
「え? 何で知ってるの?」
「その子が、あたしが痴漢された時にあいつを取り押さえてくれたの」
「そうだったんだ。ピアノ科の一年だから、あまり交流はないけど。今度会ったらお礼言っとくよ」
「それならさ。あたしがお礼したいから、今度会わせてくれない?」
「え?」
「今度お礼させてって言っちゃったから」
「わ、わかった」
「何?」
「いや、一応誘ってみるけど」
「何よ」
「……乗り換えないでよ」
「ぶっ!」
あたしは思わず噴き出してしまう。
「何笑ってんの」
「だ、だって……思い出したら……」
「何を?」
「楓くん、クソ猿のこと……『痴漢車トーマス』って……!」
「ぶっ! 何それ、めっちゃ面白いんだけど」
「でしょ。なかなかセンスあるなって思って」
「なるほど。ちょっと話してみたくなったから、早速声かけてみるよ」
その時。
「……アサくん」
後ろから、パパの声が聞こえた。
「何だ」
「父親同盟」
「断る」
「まだ何も言ってないよ?」
「復活させる気だろ」
「さすが」
「断る」
……何の話?
足を止めて振り返ると、少し離れたところをパパと亞紗斗さんが歩いていた。
パパがこっちを見る。
目が合った。
その視線が、あたしから律へ。
正確には、あたしが抱きついている律の腕へ移る。
亞紗斗さんも同じものを見た。
二人とも黙った。
嫌な予感しかしない。
十年前、あたしたちに近づく大人を警戒して、二人は父親同盟を結成した。
あの頃は、あたしと律を守るために肩を並べていた二人が、十年経った今も、結局は同じものを見ている。
ただ、守る相手の隣にいるのが、もう子どもじゃないというだけで。
「瑠花に何かあったら?」
パパが言う。
「潰す」
亞紗斗さん、即答。
「即答じゃん」
「お前もだろ」
「もちろん」
次の瞬間、二人はがっしりと握手を交わした。
「……」
え。
何してんの?
「律」
「うん」
「あれ、何?」
「……見なかったことにしよう」
律が遠い目をする。
――父親同盟。
十年ぶり、二度目の結成。
らしい。
「ただし」
握手したまま、亞紗斗さんが冷たく言った。
「今度は律を敵に回すな」
「…………努力する」
「その間は何だ」
「だってさあ……理屈では分かってるんだよ? 律なら安心だって」
「なら問題ないだろ」
「でも!」
パパが律を指差した。
「僕の娘の彼氏なんだよ!」
「今さら何を言っている」
「だって瑠花がくっついてる!」
あたしは律の腕を抱いたまま、パパを見る。
「彼氏なんだから普通でしょ」
「普通じゃない! パパの前では離れて!」
「嫌」
「瑠花ぁ!」
律が小さく吹き出した。
「笑うな、律!」
「すみません」
「全然反省してない!」
「してます」
「してない!」
「エディ」
亞紗斗さんがため息をつく。
「お前が一番面倒くさい」
「アサくんまで!?」
あたしもため息をついた。
十年前、あたしと律を守るために結成された父親同盟。
そして十年後。
まさか、こんな形で復活するなんて。
でも、少しだけ嬉しかった。
形が変わっても、時間が流れても、あたしたちを大切に思ってくれる気持ちは変わらない。
その不器用な温かさが、胸の奥にじんわり残った。
「行こ、律」
「うん」
あたしは律の腕を引っ張った。
「瑠花! 待って!」
「置いてくよー」
「待ってってば!」
パパが慌てて追いかけてくる。
その後ろを、亞紗斗さんが盛大なため息とともに歩いてくる。
――父親同盟、復活。
でもたぶん。
今度いちばん警戒しなきゃいけないのは。
クソ猿でも。
律でもなく。
暴走する、うちのパパだと思う。
……まあ、それもきっと。
十年前から変わらない、うちの父親同盟の形なのだ。
警察署を出たあと。
あたしは律と並んで歩いていた。
「瑠花、大丈夫?」
「大丈夫だって。律、心配しすぎ」
「だって……」
「もう終わったんだから」
そう言って、律の腕にぎゅっと抱きつく。
「ちょ、瑠花」
「何?」
「いや……何でもない」
律の耳が少し赤くなった。
ほんと。
昔からこういうところは変わらない。
律を見ていると、さっきまでの嫌な気分も薄れていく。
「そういえば、槙野楓くんって知ってる?」
「え? 何で知ってるの?」
「その子が、あたしが痴漢された時にあいつを取り押さえてくれたの」
「そうだったんだ。ピアノ科の一年だから、あまり交流はないけど。今度会ったらお礼言っとくよ」
「それならさ。あたしがお礼したいから、今度会わせてくれない?」
「え?」
「今度お礼させてって言っちゃったから」
「わ、わかった」
「何?」
「いや、一応誘ってみるけど」
「何よ」
「……乗り換えないでよ」
「ぶっ!」
あたしは思わず噴き出してしまう。
「何笑ってんの」
「だ、だって……思い出したら……」
「何を?」
「楓くん、クソ猿のこと……『痴漢車トーマス』って……!」
「ぶっ! 何それ、めっちゃ面白いんだけど」
「でしょ。なかなかセンスあるなって思って」
「なるほど。ちょっと話してみたくなったから、早速声かけてみるよ」
その時。
「……アサくん」
後ろから、パパの声が聞こえた。
「何だ」
「父親同盟」
「断る」
「まだ何も言ってないよ?」
「復活させる気だろ」
「さすが」
「断る」
……何の話?
足を止めて振り返ると、少し離れたところをパパと亞紗斗さんが歩いていた。
パパがこっちを見る。
目が合った。
その視線が、あたしから律へ。
正確には、あたしが抱きついている律の腕へ移る。
亞紗斗さんも同じものを見た。
二人とも黙った。
嫌な予感しかしない。
十年前、あたしたちに近づく大人を警戒して、二人は父親同盟を結成した。
あの頃は、あたしと律を守るために肩を並べていた二人が、十年経った今も、結局は同じものを見ている。
ただ、守る相手の隣にいるのが、もう子どもじゃないというだけで。
「瑠花に何かあったら?」
パパが言う。
「潰す」
亞紗斗さん、即答。
「即答じゃん」
「お前もだろ」
「もちろん」
次の瞬間、二人はがっしりと握手を交わした。
「……」
え。
何してんの?
「律」
「うん」
「あれ、何?」
「……見なかったことにしよう」
律が遠い目をする。
――父親同盟。
十年ぶり、二度目の結成。
らしい。
「ただし」
握手したまま、亞紗斗さんが冷たく言った。
「今度は律を敵に回すな」
「…………努力する」
「その間は何だ」
「だってさあ……理屈では分かってるんだよ? 律なら安心だって」
「なら問題ないだろ」
「でも!」
パパが律を指差した。
「僕の娘の彼氏なんだよ!」
「今さら何を言っている」
「だって瑠花がくっついてる!」
あたしは律の腕を抱いたまま、パパを見る。
「彼氏なんだから普通でしょ」
「普通じゃない! パパの前では離れて!」
「嫌」
「瑠花ぁ!」
律が小さく吹き出した。
「笑うな、律!」
「すみません」
「全然反省してない!」
「してます」
「してない!」
「エディ」
亞紗斗さんがため息をつく。
「お前が一番面倒くさい」
「アサくんまで!?」
あたしもため息をついた。
十年前、あたしと律を守るために結成された父親同盟。
そして十年後。
まさか、こんな形で復活するなんて。
でも、少しだけ嬉しかった。
形が変わっても、時間が流れても、あたしたちを大切に思ってくれる気持ちは変わらない。
その不器用な温かさが、胸の奥にじんわり残った。
「行こ、律」
「うん」
あたしは律の腕を引っ張った。
「瑠花! 待って!」
「置いてくよー」
「待ってってば!」
パパが慌てて追いかけてくる。
その後ろを、亞紗斗さんが盛大なため息とともに歩いてくる。
――父親同盟、復活。
でもたぶん。
今度いちばん警戒しなきゃいけないのは。
クソ猿でも。
律でもなく。
暴走する、うちのパパだと思う。
……まあ、それもきっと。
十年前から変わらない、うちの父親同盟の形なのだ。



