ドアが開く。
「瑠花!」
「律?」
振り返る。
そこにいたのは。
もう、十年前の小さな男の子じゃなかった。
百八十センチを越える長身。
すっかり大人びた顔。
あの日。
あたしを守ろうとして殴られた、十歳の男の子。
その律が、真っ直ぐあたしのところへ歩いてくる。
「瑠花」
「うん」
「……ごめん」
「え?」
「そばにいてあげられなくて」
胸が詰まった。
「律のせいじゃないよ」
「でも」
「バイトだったんだから仕方ないでしょ」
「……」
「あたし、大丈夫だから」
そう言うと。
律はようやく少しだけ息を吐いた。
そして。
クソ猿を見る。
「……あ」
クソ猿が目を見開いた。
たぶん。
気づいたんだ。
あの日、自分が殴った。
あの小さな男の子だと。
「お前……」
「あんたさ」
律の声は静かだった。
「あんたは、瑠花の何でもないから」
「……!」
「昔付き合ってた?」
一歩。
「だから何?」
「……」
「元彼って肩書きがあれば、何してもいいの?」
「違……」
「瑠花が嫌だと言った時点で終わりだろ」
更に一歩。
「これ以上、その汚い手でオレの大切な人に触るな」
「……」
「二度と近づくな」
あの時とは違う。
もう。
律は怯えていない。
「お前に関係ないだろ……」
「あるよ」
「何で」
「瑠花の彼氏だから」
「……!」
クソ猿の顔が歪む。
「本当に……あのガキが……?」
「そうだよ」
律は冷たく言った。
「あんたが十年前に殴った、“あのガキ”」
「……」
「でもさ」
一呼吸。
「あの時のオレでも分かってたよ」
律の目が細くなる。
「好きな子が嫌がってたら、普通やめるだろって」
「……!」
あの日。
十歳だった律が言った言葉。
「十歳のオレでも分かったことを」
律はもう一度告げる。
「大人になった今でも分からないんだな」
「……」
「あんたはもう、瑠花の元彼ですらない」
静かに。
決定的な一言。
「ただの加害者だ」
「ちょっと!」
クソ猿の母親が声を上げた。
「そんな言い方――」
「じゃあ何て呼べばいいんですか?」
「え……」
「瑠花が被害を訴えて、目撃者がいて、本人も“昔付き合ってたから触っていいと思った”って認めてる」
律は両親を見た。
「それでもまだ、こいつを庇うんですか?」
「親なんだから当然でしょう!」
「違う」
即答だった。
「親だからこそ、止めるんじゃないの?」
「……!」
「親だからこそ、“お前が悪い”って言うんじゃないの?」
十年前とは。
立場が完全に逆転していた。
「親であること自体が悪いとは思いません」
律の声は冷静だった。
「でも、被害者を前にしてまで言い訳して、本人の責任を薄めようとしてるなら話は別です」
「……」
「そいつの親を名乗るなら」
一拍。
「そいつが何をしたのかくらい、ちゃんと見てください」
「……」
「庇うことと、向き合うことは違う」
静寂。
「もう二度と」
律はクソ猿を睨みつけた。
「瑠花に近づくな」
「あ……」
十年前。
頬を腫らし。
口の中を切り。
それでもあたしの前に立ってくれた。
あの、小さかった律。
今の律は。
もう百八十センチを越えている。
声も。
顔も。
体も。
すっかり大人になった。
だけど。
たったひとつだけ。
あの日から、何も変わっていないものがある。
――あたしを守ろうとしてくれる、その気持ち。
「律」
「ん?」
「ありがとう」
律は少しだけ驚いて。
それから。
「うん」
あの日と同じように。
優しく笑った。



