初恋セレナーデ【番外編2】父親同盟、復活


 ドアが開く。

「瑠花!」

「律?」

 振り返る。

 そこにいたのは。

 もう、十年前の小さな男の子じゃなかった。

 百八十センチを越える長身。

 すっかり大人びた顔。

 あの日。

 あたしを守ろうとして殴られた、十歳の男の子。

 その律が、真っ直ぐあたしのところへ歩いてくる。

「瑠花」

「うん」

「……ごめん」

「え?」

「そばにいてあげられなくて」

 胸が詰まった。

「律のせいじゃないよ」

「でも」

「バイトだったんだから仕方ないでしょ」

「……」

「あたし、大丈夫だから」

 そう言うと。

 律はようやく少しだけ息を吐いた。

 そして。

 クソ猿を見る。

「……あ」

 クソ猿が目を見開いた。

 たぶん。

 気づいたんだ。

 あの日、自分が殴った。

 あの小さな男の子だと。

「お前……」

「あんたさ」

 律の声は静かだった。

「あんたは、瑠花の何でもないから」

「……!」

「昔付き合ってた?」

 一歩。

「だから何?」

「……」

「元彼って肩書きがあれば、何してもいいの?」

「違……」

「瑠花が嫌だと言った時点で終わりだろ」

 更に一歩。

「これ以上、その汚い手でオレの大切な人に触るな」

「……」

「二度と近づくな」

 あの時とは違う。

 もう。

 律は怯えていない。

「お前に関係ないだろ……」

「あるよ」

「何で」

「瑠花の彼氏だから」

「……!」

 クソ猿の顔が歪む。

「本当に……あのガキが……?」

「そうだよ」

 律は冷たく言った。

「あんたが十年前に殴った、“あのガキ”」

「……」

「でもさ」

 一呼吸。

「あの時のオレでも分かってたよ」

 律の目が細くなる。

「好きな子が嫌がってたら、普通やめるだろって」

「……!」

 あの日。

 十歳だった律が言った言葉。

「十歳のオレでも分かったことを」

 律はもう一度告げる。

「大人になった今でも分からないんだな」

「……」

「あんたはもう、瑠花の元彼ですらない」

 静かに。

 決定的な一言。

「ただの加害者だ」

「ちょっと!」

 クソ猿の母親が声を上げた。

「そんな言い方――」

「じゃあ何て呼べばいいんですか?」

「え……」

「瑠花が被害を訴えて、目撃者がいて、本人も“昔付き合ってたから触っていいと思った”って認めてる」

 律は両親を見た。

「それでもまだ、こいつを庇うんですか?」

「親なんだから当然でしょう!」

「違う」

 即答だった。

「親だからこそ、止めるんじゃないの?」

「……!」

「親だからこそ、“お前が悪い”って言うんじゃないの?」

 十年前とは。

 立場が完全に逆転していた。

「親であること自体が悪いとは思いません」

 律の声は冷静だった。

「でも、被害者を前にしてまで言い訳して、本人の責任を薄めようとしてるなら話は別です」

「……」

「そいつの親を名乗るなら」

 一拍。

「そいつが何をしたのかくらい、ちゃんと見てください」

「……」

「庇うことと、向き合うことは違う」

 静寂。

「もう二度と」

 律はクソ猿を睨みつけた。

「瑠花に近づくな」

「あ……」

 十年前。

 頬を腫らし。

 口の中を切り。

 それでもあたしの前に立ってくれた。

 あの、小さかった律。

 今の律は。

 もう百八十センチを越えている。

 声も。

 顔も。

 体も。

 すっかり大人になった。

 だけど。

 たったひとつだけ。

 あの日から、何も変わっていないものがある。

 ――あたしを守ろうとしてくれる、その気持ち。

「律」

「ん?」

「ありがとう」

 律は少しだけ驚いて。

 それから。

「うん」

 あの日と同じように。

 優しく笑った。