後日。
警察署内の一室で。
地獄絵図が繰り広げられていた。
「やあ」
パパは笑顔だった。
笑顔なのに。
怖い。
「早速、約束破ってくれたね」
クソ猿の顔が引きつる。
「ああ。でも、前回は十年前だから“早速”ではないか」
パパは顎に手を当て、わざとらしく首を傾げた。
「それとも――もう時効だとでも思った?」
「……」
「気色悪い」
「!」
笑顔が消えた。
「十年前は、僕の大切な娘の心を傷つけた」
「……」
「十年後には、その汚らわしい手で娘の体に触った」
「ちょっと、あなた!」
クソ猿の母親が声を荒らげる。
「息子に向かって、汚らわしいなんて――」
「どの口が言っている」
冷たい声。
亞紗斗さんだった。
「十年経っても、何も学ばなかったらしいな」
「いや」
パパが横から口を挟む。
「学ばなかったどころか、順調に闇落ちしてるっていうね」
「エディ」
「何?」
「笑えない」
「分かってる」
今回は、パパも前回以上に容赦がない。
「ねえ、君さ」
パパがクソ猿を見る。
「……」
「瑠花だって分かってやったんじゃない?」
「ち、違う!」
「違わないよ」
あたしが即座に否定した。
「だって、駅で顔合わせたとき、あんた自分で『やば』って言ったじゃん」
「それは……」
「つまり」
パパの目が細くなる。
「相手が瑠花だと認識していた可能性があるわけだ」
「ち、違うって!」
「あの!」
クソ猿の母親が慌てて割り込む。
「息子も反省していますので。今日は、この辺で――」
「あんたは黙ってろ」
「なっ……!」
亞紗斗さん。
怖い。
「反省している?」
亞紗斗さんはクソ猿を見る。
「俺には、まだ本人の口から謝罪の一言すら聞こえていないが」
「……」
「その事実のどこをどう見れば“反省している”という結論になるのか、論理的に説明してもらえるか」
「そ、それは……」
「できないなら、本人に喋らせろ」
クソ猿の父親が口を開いた。
「で、でもですね。満員電車だったんでしょう?」
「は?」
思わず声が出た。
「人が多ければ、バランスを崩すことくらいあるでしょう。もしかしたら、その拍子にたまたま――」
「がっつり胸掴む」
「……」
「それのどこが“たまたま”なの?」
「だから、近くにつかまる場所がなかったとか――」
「つかまる場所がなかったら、女の人の胸を掴んでいいの?」
「そ、そういう意味じゃない!」
「じゃあ、どういう意味だよ!」
もう我慢できなかった。
「あんたら、十年前からそればっかりじゃん!」
「……!」
「息子が何かやらかすたびに、“でも”“だって”“そんなつもりじゃなかった”って!」
「瑠花」
ママが心配そうにあたしを見る。
でも。
止まらなかった。
「被害受けた側がどう思ったか、一回でも考えたことあんの!?」
「……」
「あたし、嫌だった!」
声が震えた。
「あの日も嫌だった! 無理矢理キスされそうになって怖かった! 律が殴られて、血流して、それでもあんたらは息子庇ってた!」
「……」
「今回だってそう!」
拳を握る。
「電車の中でお尻触られて、胸まで掴まれて! 気持ち悪くて、怖くて!」
静まり返る室内。
「あんたは?」
あたしはクソ猿を見る。
「……え」
「相手の気持ち、考えたことある?」
「……分からない」
「は?」
「分からない……」
俯いたまま、呟く。
「何で瑠花が怒ってるのか、分からない」
「……」
「何でオレが警察に捕まったのかも……分からない」
「おい」
「亞紗斗さん」
亞紗斗さんの声が一段低くなった。
だけど。
クソ猿は続けた。
「瑠花は……昔、オレと付き合ってたから」
「……は?」
「だから、触るくらい……別にいいと思った」
一瞬。
誰も声を出さなかった。
「なのに……何でオレが悪いんだよ!」
「…………」
すごい。
ここまで来ると、本気で言葉が出ない。
女性警察官が静かに口を開いた。
「今、ご自身で非常に重要なことを仰いましたね」
「え?」
「“昔交際していた相手だから、体に触れてもいいと思った”と」
「……」
「過去に交際関係があったことは、相手の身体へ自由に触れていい理由にはなりません」
「でも――」
「なりません」
きっぱり。
「現在の関係がどうであれ、相手が望んでいない性的な接触を正当化する理由にはならないんです」
「……」
あたしはため息をついた。
「もし本当に、人が嫌がっている理由が分からないならさ」
「……」
「“分からないから仕方ない”で終わらせるんじゃなくて、ちゃんと誰かに相談しなよ」
「え……」
「専門家でも何でもいい。自分で分からないなら、教えてもらえばいいじゃん」
一歩。
クソ猿の前へ出る。
「でもね」
睨みつけた。
「分からないことは、人を傷つけていい免罪符にはならないから」
「……!」
「あたしが嫌だって言った」
「……」
「それだけで十分なの」
もう一度。
はっきり告げる。
「あたしの体は、あたしのもの」
「……」
「あんたのものだったことなんて、一度もない」
クソ猿の母親が震える声で言った。
「で、でも……本人も今、混乱していて……」
「あたし、被害届出したから」
「え?」
「正式に」
母親の顔色が変わる。
「あと、必要な手続きについても相談する。慰謝料請求も含めて」
「そ、そんな……」
「当然だろう」
亞紗斗さんが言う。
「成人した人間が自分でしたことだ」
「……」
「自分の後始末くらい、自分でさせろ」
「でも、この子の将来が――」
「知らないよ」
あたしは即答した。
「あたしだって怖い思いしたんだから」
「……!」
「自分の息子の将来だけ心配して、被害者には我慢しろって?」
「そんなことは……」
「だったら、もう庇うのやめたら?」
パパが静かに言った。
「十年前から、ずっとそうだよね」
「……」
「この子のためになってると思ってる?」
返事はない。
「失敗したら、親が言い訳してくれる」
「……」
「誰かを傷つけても、親が庇ってくれる」
「……」
「だから、自分は悪くない」
パパの笑みが消える。
「そうやって十年間積み重ねた結果が、これなんじゃないの?」
誰も言葉を返せなかった。
あたしはクソ猿を見た。
「あんたと律じゃ」
「……」
「もう、比較対象にすらならないよ」
その時だった。
警察署内の一室で。
地獄絵図が繰り広げられていた。
「やあ」
パパは笑顔だった。
笑顔なのに。
怖い。
「早速、約束破ってくれたね」
クソ猿の顔が引きつる。
「ああ。でも、前回は十年前だから“早速”ではないか」
パパは顎に手を当て、わざとらしく首を傾げた。
「それとも――もう時効だとでも思った?」
「……」
「気色悪い」
「!」
笑顔が消えた。
「十年前は、僕の大切な娘の心を傷つけた」
「……」
「十年後には、その汚らわしい手で娘の体に触った」
「ちょっと、あなた!」
クソ猿の母親が声を荒らげる。
「息子に向かって、汚らわしいなんて――」
「どの口が言っている」
冷たい声。
亞紗斗さんだった。
「十年経っても、何も学ばなかったらしいな」
「いや」
パパが横から口を挟む。
「学ばなかったどころか、順調に闇落ちしてるっていうね」
「エディ」
「何?」
「笑えない」
「分かってる」
今回は、パパも前回以上に容赦がない。
「ねえ、君さ」
パパがクソ猿を見る。
「……」
「瑠花だって分かってやったんじゃない?」
「ち、違う!」
「違わないよ」
あたしが即座に否定した。
「だって、駅で顔合わせたとき、あんた自分で『やば』って言ったじゃん」
「それは……」
「つまり」
パパの目が細くなる。
「相手が瑠花だと認識していた可能性があるわけだ」
「ち、違うって!」
「あの!」
クソ猿の母親が慌てて割り込む。
「息子も反省していますので。今日は、この辺で――」
「あんたは黙ってろ」
「なっ……!」
亞紗斗さん。
怖い。
「反省している?」
亞紗斗さんはクソ猿を見る。
「俺には、まだ本人の口から謝罪の一言すら聞こえていないが」
「……」
「その事実のどこをどう見れば“反省している”という結論になるのか、論理的に説明してもらえるか」
「そ、それは……」
「できないなら、本人に喋らせろ」
クソ猿の父親が口を開いた。
「で、でもですね。満員電車だったんでしょう?」
「は?」
思わず声が出た。
「人が多ければ、バランスを崩すことくらいあるでしょう。もしかしたら、その拍子にたまたま――」
「がっつり胸掴む」
「……」
「それのどこが“たまたま”なの?」
「だから、近くにつかまる場所がなかったとか――」
「つかまる場所がなかったら、女の人の胸を掴んでいいの?」
「そ、そういう意味じゃない!」
「じゃあ、どういう意味だよ!」
もう我慢できなかった。
「あんたら、十年前からそればっかりじゃん!」
「……!」
「息子が何かやらかすたびに、“でも”“だって”“そんなつもりじゃなかった”って!」
「瑠花」
ママが心配そうにあたしを見る。
でも。
止まらなかった。
「被害受けた側がどう思ったか、一回でも考えたことあんの!?」
「……」
「あたし、嫌だった!」
声が震えた。
「あの日も嫌だった! 無理矢理キスされそうになって怖かった! 律が殴られて、血流して、それでもあんたらは息子庇ってた!」
「……」
「今回だってそう!」
拳を握る。
「電車の中でお尻触られて、胸まで掴まれて! 気持ち悪くて、怖くて!」
静まり返る室内。
「あんたは?」
あたしはクソ猿を見る。
「……え」
「相手の気持ち、考えたことある?」
「……分からない」
「は?」
「分からない……」
俯いたまま、呟く。
「何で瑠花が怒ってるのか、分からない」
「……」
「何でオレが警察に捕まったのかも……分からない」
「おい」
「亞紗斗さん」
亞紗斗さんの声が一段低くなった。
だけど。
クソ猿は続けた。
「瑠花は……昔、オレと付き合ってたから」
「……は?」
「だから、触るくらい……別にいいと思った」
一瞬。
誰も声を出さなかった。
「なのに……何でオレが悪いんだよ!」
「…………」
すごい。
ここまで来ると、本気で言葉が出ない。
女性警察官が静かに口を開いた。
「今、ご自身で非常に重要なことを仰いましたね」
「え?」
「“昔交際していた相手だから、体に触れてもいいと思った”と」
「……」
「過去に交際関係があったことは、相手の身体へ自由に触れていい理由にはなりません」
「でも――」
「なりません」
きっぱり。
「現在の関係がどうであれ、相手が望んでいない性的な接触を正当化する理由にはならないんです」
「……」
あたしはため息をついた。
「もし本当に、人が嫌がっている理由が分からないならさ」
「……」
「“分からないから仕方ない”で終わらせるんじゃなくて、ちゃんと誰かに相談しなよ」
「え……」
「専門家でも何でもいい。自分で分からないなら、教えてもらえばいいじゃん」
一歩。
クソ猿の前へ出る。
「でもね」
睨みつけた。
「分からないことは、人を傷つけていい免罪符にはならないから」
「……!」
「あたしが嫌だって言った」
「……」
「それだけで十分なの」
もう一度。
はっきり告げる。
「あたしの体は、あたしのもの」
「……」
「あんたのものだったことなんて、一度もない」
クソ猿の母親が震える声で言った。
「で、でも……本人も今、混乱していて……」
「あたし、被害届出したから」
「え?」
「正式に」
母親の顔色が変わる。
「あと、必要な手続きについても相談する。慰謝料請求も含めて」
「そ、そんな……」
「当然だろう」
亞紗斗さんが言う。
「成人した人間が自分でしたことだ」
「……」
「自分の後始末くらい、自分でさせろ」
「でも、この子の将来が――」
「知らないよ」
あたしは即答した。
「あたしだって怖い思いしたんだから」
「……!」
「自分の息子の将来だけ心配して、被害者には我慢しろって?」
「そんなことは……」
「だったら、もう庇うのやめたら?」
パパが静かに言った。
「十年前から、ずっとそうだよね」
「……」
「この子のためになってると思ってる?」
返事はない。
「失敗したら、親が言い訳してくれる」
「……」
「誰かを傷つけても、親が庇ってくれる」
「……」
「だから、自分は悪くない」
パパの笑みが消える。
「そうやって十年間積み重ねた結果が、これなんじゃないの?」
誰も言葉を返せなかった。
あたしはクソ猿を見た。
「あんたと律じゃ」
「……」
「もう、比較対象にすらならないよ」
その時だった。



