初恋セレナーデ【番外編2】父親同盟、復活

 瑠花、二十二歳。

 大学を卒業し、春から社会人となった。
 就職先はアパレル業界。大学時代から住んでいる部屋で、そのまま一人暮らしを続けている。

 今日はオフの日。
 律とのデートを楽しんだあと、あたしは電車に乗った。
 律は夕方からバイトが入っていたため、現地で解散。
 いつもならそのまま自分の部屋へ帰るところだけど、今日は久しぶりに実家へ顔を出す予定だった。

 実家の最寄り駅、芹山駅へ向かう途中の出来事だった。
 やや満員の電車。

 ゾクッとした。
 いま、お尻触られた?

 直後。
 つり革につかまった手の後ろから、思いきり胸を掴まれた。
「キャアッ!」
 もう片方の手で、あたしの胸を掴んだやつの手首を掴んだ。
 すると、近くにいた大学生くらいの男の子が、応戦してくれた。
「おい、お前……今ガッツリ触ってただろ。見てたからな」
「い、痛、やめろ!!」
「お姉さん、こいつ捕まえとくんで。次の駅で降りれますか?」
「あ、ありがとう」
「は、離せ!」
「黙れ、この痴漢車トーマスが」

 何この子、面白いんだけど。
 今は、笑っている場合じゃない。

 この痴漢車トーマスを引きずり下ろして、警察に突き出さないと。
『次は、芹山駅。芹山駅です』
 ちょうどいい。
 あたしは元々、この駅で降りる予定だった。

 停車したのを確認し、すぐさま痴漢車トーマスを引きずり下ろす。
「ちょ、オレ、この駅じゃな――」
「お前の都合は知らねえよ。文句があんなら痴漢するな」
 ド正論。

「どうされました?」
 駅員さんが駆け寄ってくる。
「こいつに痴漢されました」
「!?」
 そこで改めて、痴漢したやつの顔を見た。

「あ……」
「やば……」
「あんた……」

 これは、運命のいたずらだろうか。
 いつぞやの、クソ猿。
 もとい、あたしの元彼だった。

「もしもし、警察ですか?」
「ちょ、待て!」
「黙れ、痴漢車トーマス」
 男の子がクソ猿を押さえつけてくれている間に、あたしは警察に経緯を説明し、すぐに来てもらうことにした。

「とりあえず、事務室までお願いします」
 駅員さんに促され、あたしは事務室で警察が来るのを待機した。
「くそ……」
 クソ猿が何か言いたげにこちらを見ている。

 駅近くの交番からだったので、警察はかなり早く到着した。
 二人の警察官のうち、一人は女性だった。
 その人が、あたしの話を聞いてくれた。
 さっきの男の子は、もう一人の男性警察官にクソ猿を引き渡し、目撃したことを事細かに説明している。
 必要なら調査に協力すると、連絡先まで伝えていた。

 頼もしい子だな。

「災難だったわね。えっと、美山から芹山に向かう途中の電車の中で、この男に?」
「はい。お尻触られて。後ろからがっつり胸を掴まれました」
「うわあ……」
 女性警察官もドン引き。
「あ、あと。こいつ、以前もあたしに無理矢理キスしようとしてきたことがあって」
「わー! それ今関係ないし!」
「え、どういうこと?」
「話せば長くなるんですけど……」
 あたしは前置きをした上で、時系列で説明した。

「なるほど」
「今日ここで会ったのは本当に偶然で。まさか、十年前にあたしに無理矢理キスを迫ってきたやつが、今度はあたしに痴漢するとは思わなくて」
「うーん、偶然ねぇ」
「しかも、当時十歳だったあたしの幼なじみの男の子が止めに入ったんですけど。その子の顔を殴って怪我させてます」
「え!?」

「今思えば、あの時に通報すれば良かったんだわ。これって、暴行とか傷害ですよね?」
「その件については、当時の状況や記録も含めて確認する必要があるわね。詳しく聞かせてもらえる?」
「もちろんです。今はその子があたしの彼氏で、今日はその彼とのデートの帰りだったんです。本当最悪! 更にクズに磨きかかってるじゃん」
「な……か、彼氏って、あの、ガキが?」
「あんたなんかより律の方が、よっぽど彼氏として守ってくれてるわ。あんたなんて、最初からあたしの顔と体しか見てなかったくせに。今度は犯罪犯すって、ヤバすぎ」

「とりあえず、君には署まで来てもらおうか」
「いや、それは……」
「連れてってください。こいつの親もポンコツだから、話するだけ無駄だと思うけど」
 クソ猿は警察官に連れられていった。

「お姉さん、大丈夫ですか?」
「ありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
「俺にできることあったら言ってください。証言でも何でも提供するんで。ところで、さっき……律って言いました?」
「え? うん?」
「ガーディナー律」
「え、知り合い?」
「まあ、大学で同期なんです。彼、すごいですよね」
「そうだったんだ。何か、嬉しい」
「え?」
「実はね。今日の帰り、本当は一人で帰るの心細かったんだ。バイトだから仕方ないんだけど」
「すみません、もっと俺が早く気づいていたら……」
「いやいや、あれは防ぎようがないし。まさか、あたしも痴漢されるとは思わなかったから。あなたは何も悪くないよ。悪いのは全部あいつ」
「痴漢車トーマスですよね」
「あははは! それめっちゃ面白い! ねえ、もし差し支えなければ、あなたの名前教えて。あたしは神城瑠花」
「あ、はい。槙野楓です」
「ありがとう、楓くん。今度お礼させてね」
「いえ、お構いなく」
「まあ、そう言いなさんな」

 *

 そして。
 予定通り、実家へ。

「はあ」
「お帰り、瑠花。律君は一緒じゃなかったの?」
「今日は夕方からバイト入れてたから、早々に切り上げたの。ああ、もう! また思い出したらムカついてきた!」
「どうしたのよ、何があったの?」
「さっき、帰りの電車で痴漢された」
 ガシャンッ。

「あれ? パパ、いたの?」
「瑠花、今……なんて言った?」

 不穏な空気。

「え、だから、痴漢」
「誰に?」
「え、ちょっと」
「誰に、痴漢。されたの?」
「えっと、いつぞやの……」
 と、あたしが言った途端。

「ああ。あのクソ猿ね。納得」
 まだ何も言ってないのに。
 概ね正解だけど。

「さて、そういうことなら話は早い」
 パパが誰かに電話している。
 相手は、もちろん。

「あ、アサくん? 実はさ、瑠花がいつぞやのクソ猿に痴漢されて、実家に帰ってきたんだけど――」
 父親同盟、再び――?