6月下旬の土曜日。いよいよ、体育祭当日がやってきた。
「うおーっ、あいつ速ぇぇー!」
「すっご! 3組逆転かも!」
午前中の競技が順調に進む中、僕は風紀委員の腕章をつけて会場の巡視に出る。
全風紀委員に巡視のシフトが振り分けられているが、委員長の僕は多めに入ることになっていた。
だから出場するのも全体競技の綱引きだけだ。活躍できる能力もないので、これは正直好都合。騒々しい生徒席にいるよりも、その外側を一人で見回っているほうがよほど気楽でいい。
「次なんだっけ……あ、2年の100M走か!」
「鴫原先輩いるね! 出るんだ~!」
ふと生徒席の声が耳に届いて、グラウンドに目をやった。
今まさに2年生の100M走が始まったばかりのようで、順を待つ待機列の中に鴫原くんがいる。遠目だけれど、周りの生徒とにこやかに話していて、リラックスした様子だ。
そういえば、走るの速いって言ってたな。
間もなく順が回ってきそうだったので、どんなものかと目で追い続けた。
「次、第4レース出て!」
スターターの声で走者が並ぶ。鴫原くんはちょうど真ん中のコースだ。合図に合わせて腰を落とし、スタートの体勢に入った。
パンッと号砲が鳴り──
「……速っ」
思わず声に出ていた。鴫原くんは、走り出しから両隣より体ひとつ分抜け出ている。他にも同じように速い生徒はいたけれど、あっという間に差が開いていった。
やがて、余裕の1着で鴫原くんがゴールテープを切る。わぁぁっと会場から歓声があがった。
トラック内の待機列にはけた鴫原くんを、先に走り終えていたクラスメイトが囲む。『すげー』とか『さすが』という声がかすかに聞こえてきた。鴫原くんも笑っている。
なんか、ちょっとしたヒーローじゃないか。
新条くんは鴫原くんを『いけすかない』と言っていた。先生も答えられない質問をするほど頭脳明晰で、科学部では実験三昧のすえ騒動を起こす。そんな彼のことを『自分たちとはレベルが違う』とか『変わり者』と思っている生徒はいるかもしれない。
でも、だからといってつま弾きにされているということはなさそうだ。新条くんも『普段は周りと仲良くやってる』と言っていたし、今見た光景もそう。
「こうして眺めてる分には、楽しそうだし退屈してるようには見えないけどな……」
今の笑顔は、本心からのものじゃないんだろうか。
なんとなくそんなことを考えながら、グラウンドから目を離して巡視に戻った。



