レンズ越しの彼らは恋を知らない


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 ──体育祭前々日の放課後。
 僕は、AG班の3人と屋上にいた。

「んじゃやるぞー」

 50mほど先で、鴫原くんが声を張り上げる。隣には御崎くん。
 2人はおもちゃのバズーカ砲のようなものを手にしている。市販のバブルマシンを改造して作った、特製のシャボン玉製造機だ。スモーク生成器も内蔵されていて、引き金を引くだけでスモーク入りのシャボン玉が作れる……らしい。

 らしいというのは、まだ僕は一度もその光景を目にしていないから。スモークの実験が成功してからも様々な不具合を調整してきて、つい先ほど、最終形態が完成したばかりなのだ。

 これで本当に、走っている間割れないシャボン玉が完成しているか。もし駄目だったら、日数的にブラッシュアップは間に合わないかもしれない、という局面。走者2人の反対側に立つ影石くんと僕にも緊張が漂う。

「よーい、スタート!」

 鴫原くんの合図で、2人が走り出した。同時に、構えたバブルマシンの口から、それぞれシャボン玉が作られていく。
 鴫原くんのほうは大きいものがひとつ。御崎くんのほうからは、小さめのものがいくつも。

「わ……!」

 僕は身を乗り出してぎゅっと手を握った。
 シャボン玉の中に充満するスモークは、ゆっくりと色を変えていく。それに、割れない。大きいのは波打って形を変えつつも生き続けているし、小さいのは床に落ちてしばらくコロコロと転がる。そのうち半分くらいは割れたけれど、残り続けるものもあった。
 すごい……!
 素直にそう思った時、走者2人がザッと僕たちの側へ駈け込んでくる。

「うし……いけたな!」

 鴫原くんがまだ割れないシャボン玉を横目に見ながら、影石くんに笑いかけた。

「ああ、バッチリだ」

 影石くんが力強くうなずく。
 最終検証は成功。無事に、部活対抗リレー用の出し物は完成したのだ。

「やった!」

 3人は抱き合う勢いで喜び始めた。それでシャボン玉も割れてしまったけれど、もう誰も気にしていない。バシバシ腕を叩き合ったりして互いを労った後、ふいに鴫原くんがこちらを向く。

「おめでとう」

 目が合った時、自然と言葉が口をついていた。
 色々あったし、お目付け役としては苦労もしたけれど、そこらの高校生が簡単にできることじゃない。

「すごいよ、君たち」

 さっき感じたことを、そのまま言葉にして伝えたいと思えた。

「お。真瀬の笑顔2回目」

 鴫原くんはニヤッと、楽しげに口角を上げる。

「……からかうな」
「あ、戻った。なんでだよー、笑ってろよ」
「君がそういう言い方するからだろ」
「別にからかってないし。そういう顔いいよなって言ってるだけだろ」
「どこが」

 話題を切り上げるべく、僕は目線を外した。
 顔とか表情とか、指摘されても反応に困るしなんだかむずがゆい。
 自分では意識していないし……言い換えれば無意識のうちに、これまでしていなかった顔をしているということだから。

 AG班のお目付け役は、なりゆきでやむを得ず引き受けたことだった。けっして、自ら意欲的に臨んだ時間ではなかったはずだけれど……。
 ──たしかに、これまでにはない刺激的な時間だったかもしれない。
 鴫原くんの言葉を借りて。今では、そんなふうに思う。

 3人は科学に関してはやたら熱いし、賑やかだし、何をしでかすかわからない危うさもあるし。一緒にいると騒がしくて、気後れすることもある。
 でもいつの間にか、先の見えないことに向かっていく昂揚みたいなものが僕にもあった。
 こういうのが鴫原くんの言う『刺激』で……『楽しい』という感覚なのかもしれない。

 僕はほんの少しだけでも、鴫原くんの抱いている感情を理解できたんだろうか。
 そんなふうに思って視線を戻したら、ワインレッドのフレームに囲まれた茶色い瞳とぶつかった。

「部活対抗リレー、過去イチ盛り上げるから。楽しみにしててよ、真瀬」

 その瞳に悪戯っぽい輝きを見て、僕はつい苦笑する。

「僕的にはほどほどでいい。まぁでも、成功を祈ってるよ」