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翌日はAG班活動日だと連絡が来たので、放課後になると理科室へ向かった。
お目付け役に就任したその場で、鴫原くんとはメッセージアプリのIDを交換している。
ちなみにこのことは浅香さんにだけ報告した。通常業務以上のことを半分個人的にやるようなものだが、補佐役である彼女にくらいは共有しておいたほうがいいだろう。
『真瀬くんがそこまでする必要ある? でも、先生方が強く出られないとしたらそれが最善策なのかなぁ』
と、彼女も判断に迷っていたけれど。とりあえず時間の許す範囲で、僕が自分にできることをやってみると話した。
予定のない放課後は、大体図書室で宿題をやってから帰宅している。学校でやるか家でやるかだけの違いだし、もし何か問題が起こった時は対応できるように、だ。
その時間をつぶしてあの3人と過ごさないといけないのだから、いまだに気乗りはしない。気が重いけれど……引き受けた以上はやるしかない。
「お邪魔します」
理科室に入ると、すでに3人も来ていて実験器具をテーブルに準備しているところだった。今日も影石くんだけがノリのきいた白衣を羽織っている。
「いらっしゃーい、真瀬」
パッと笑顔になって、鴫原くんが『おいでおいで』と手招いた。僕は何も言わずに歩み寄る。
「マジで来たんだ、真瀬」
御崎くんが少し驚いた目で僕を見た。
「そりゃ約束したんだから来るよ」
男に二言はない、ではないけれど。一度決めたことをあっさり覆したり、なあなあにするつもりはない。
「取り決めの通り、君たちが危険なことをやろうとしてると思ったら、問答無用で止めるから。今日、どういう作業をするのか教えて」
メモ用のノートを出しながら言うと、御崎くんが「まっじめー」とつぶやいた。その隣で鴫原くんは終始ニコニコしている。
「了解。まずは試行錯誤した結果、何をやるかが最終決定したから真瀬にも説明しとくわ」
「うん、何をするの?」
「それは──」
鴫原くんが思わせぶりに言葉を切り、御崎くんがドゥルルルル……と口でドラムロールを始める。
「──ルルルル、バンッ!」
「割れないシャボン玉、色が変わるスモーク入り、です!」
鴫原くんが高らかに宣言すると、パパンッと音が鳴った。何かと思えば、影石くんが真顔でクラッカーを手にしている。なんでそんなの持ってるんだ? あと表情と動作合ってないよ。
いや、それよりも今言及すべきなのは。
「割れないシャボン玉……割れないの?」
正直、『本当かよ』という気持ちで半目になったものの、鴫原くんは自信満々にうなずいた。
「おう! 直接刺激しない限りは割れない。ほんとはシャボン玉自体を順番にカラーチェンジさせたかったんだよ、ミラーボールみたいに。でも強度とのバランスがどうしても難しくてさ。シャボン玉は強度に特化して、中のスモークで色を変えようってことになったの」
「小さいシャボン玉を何個も作りつつ、1個特大のシャボン玉をバトンとして持ったまま走る予定」
コーン型のクラッカーをバトンのように持ち替えながら、影石くんが補足する。
「走ってる間、ずっと割れないってこと? ……そんなのできるのか?」
「できる。というか、これから作る。な、充、匡?」
「ああ、ここからが本番だ。例年以上に盛り上がる部活対抗リレーにしてやろうぜ!」
「そして願わくばAG班に入部希望者殺到、予算拡大……」
拳を突き上げる御崎くんと、キヒヒと不気味な笑いをもらす影石くん。
「予算が増えれば、他にももっと楽しいことできるしな~」
と、ブレずに『楽しい』が最優先なのは鴫原くんだ。
「はぁ……」
とりあえず様々な目論見でリレーを盛り上げたいことと、3人ともやる気にあふれていることはわかった。
この数分間のテンションがすでに暑苦しくて、僕としては先が思いやられるな、の一心だけれど。
「A液の成分これでいけそ?」
「いや、7:3のほうがいいんじゃないか」
「グリセリンもうちょい足してみるってのは?」
さっそく作業を始めた3人を、僕は隣のテーブルに座って見守っていた。
「1グラム増量でも試してみたら──」
「けどそうするとさ──」
「原理としてはいけるはずなんだよ。あとはもうパターン作って──」
頭を寄せて相談し、忙しく手を動かし、搔き混ぜる液体の状態を観察し。
全員、僕のほうなど見向きもせずに没頭している。
なるほど、真剣にやっているというのは嘘ではないようだ。
というか、夢中だな、と思った。
月並みな表現だけど、瞳がキラキラと輝いてる、というのか。3人とも、すごく楽しそう。好きでやってるんだな、というのが聞かずとも伝わってくる。
作業の進みも早い。ボーっと見ていると、いつの間にか新しい薬品を出したりしている。だから全員の動きを注意深く眺め、気になった時には声をかけて説明を求めた。
すると3人は、僕がいることを初めて思い出したように顔を上げ、答えてくれる。そしてすぐ作業に戻り、また没頭していく。これの繰り返し。
「試作1号完成!」
1時間ほど経った頃、鴫原くんが透明な液の入ったビーカーを掲げた。
「できたの?」
僕も思わず立ち上がって歩み寄る。
「試作な、試作」
鴫原くんは言いながら、ビーカーの中身を四角いアルミ製のバットに移し替えた。
御崎くんが棚から、針金で手製したと思われる吹き具を持ってくる。うちわの1,5倍くらいの大きさだ。
3人が無言で視線を交わし合い、御崎くんが吹き具の輪の部分をバットのシャボン液に浸した。
「行け、充!」
「いざ!」
御崎くんが聖火のように吹き具を持って、テーブル間の通路を走り出す。と、輪の部分から大きなシャボン玉が生まれた。
「おお!」
直径50㎝はありそうな、綺麗なシャボン玉に全員の歓声があがる。しかも、ぽわぽわ揺れつつも割れない。御崎くんがジョギングくらいの速度で走り続けていても割れずにキープしていた。
けれど、風圧アップのために御崎くんがぐんっと腕を振ってみると──
「あー、ダメか~」
シャボン玉は、パシャッと小さな音を立てて割れてしまった。
「まだ強度が弱いな」
「だな、もっと上げないと」
「俺はB液の粘度の問題だと思う」
がっかりはしたものの、3人にそこまで落ち込んだ様子はない。
試作1号なんて、うまくいかなくて当たり前なのかもしれない。すぐに作り直しが始まった。
そんな放課後が、2回、3回と続き──
「わりぃ、お待たせ」
4回目のその日は、鴫原くんが30分ほど遅れてやってきた。
「いや、大丈夫」
御崎くんと影石くんは先に作業を始めていて、チラッとだけ顔をあげた影石くんが言う。
「汗だくじゃないか。拭けば」
空いたテーブルに荷物を置く鴫原くんを見て、僕は軽く眉を寄せた。首をツツーと滴が伝うくらい、汗をかいている。
「急いで来たのに、相変わらず真瀬は塩対応だな」
「僕はいつもこうだって」
「聖、クラス対抗リレーと100M走だっけ?」
作業の手を止めずに御崎くんが尋ねた。鴫原くんの遅刻は、クラスでリレーの練習があったからだ。
「うん」
「鴫原くん、足速いんだ……」
「そう、速いんだよねー」
聞いてみると、特に威張るでもなくさらりと返事が返ってくる。
ふーん、彼は頭がいいうえに運動神経もいいのか。多才なことだ。
僕は走りだけでなく、運動全般得意じゃない。才能があるとすれば頭脳面に全振りされている。
……同じメガネ族としてなんとなく敗北感のようなものを味わってしまい、すぐに何つまらないこと考えてるんだ、と自分をたしなめた。
「だから真面目に走るのしか出させてもらえなくて。楽しみ見出せるのここだけなんだよ」
取り出したスポーツタオルで汗を拭きながら鴫原くんが言う。
「あ、そう」
走って1着を取ることは、鴫原くんの求める刺激にはならないということか。
「よし、OK。俺なにすればいい、匡?」
タオルを荷物の上にポイッと放り投げ、鴫原くんはすぐに作業台へと歩いていく。
「こっち、変色の反応見てるから記録してって」
「わかった」
『変色するスモーク入りの割れないシャボン玉』作りは一進一退しつつも、一応シャボン玉のレシピは仮決定していた。次はスモークを完成させ、スモークを入れたシャボン玉を作り、それでも割れないかを検証しないといけないらしい。
そんなわけで今日はテーブルを3つ使って、それぞれ違うパターンで生成したスモークの状態を見ているのだという。日程も差し迫ってきているので余裕はなく、全員大忙しだ。
「真瀬、その瓶取って」
「これ?」
「真瀬、ちょっとこっち持ってて」
「うん」
そのうち僕にも声がかかり、言われた通りに頼まれ事をこなしていく。
ただ見学していたのは最初だけで、2回からは僕も雑用係と化していた。別に断ることでもないので手伝っていると、味を占めたのかそれ以降もためらいなくお呼びがかかる。
「よし真瀬、これ持って思い切り振って」
御崎くんが栓のされた試験管を手渡してきた。
「えっ? 思い切りってどれくらい?」
「シェーカーでカクテル作るバーテンになったつもりで」
「そんなの作ったことないからわかんないよ……!」
「とにかくジャカジャカ振って。早く!」
「っ、はいっ……!」
シャカシャカシャカシャカ。
「ていうかこれ、危なくないんだろうな?」
「危険性ナシ。ここまでは何度かやってる工程だから」
答える顔には、確固たる自信がうかがえたので安心する。
この数日間で、3人が通常の高校生らしからぬ並外れた知識を持っていることはわかってきた。こう言うなら、本当に大丈夫だろう。
想定外の結果が出る可能性があるかどうか、彼らは基本的にわかっているのだ。きっと、これまで騒動を起こした時にも。
僕が監視を始めてからも、見慣れない作業に関しては逐一説明を求め、結果に確証がないという時にはやり方を変えたり、数値の変化を細かくするよう交渉してきた。その甲斐あるのかは定かでないが、今のところ無事故で進んでいる。
だから、しばらくして鴫原くんが、
「まーなせー」
妙な猫撫で声で僕の肩に顎をのせてきた時には、即座にピピッと危険センサーが反応した。
「……なに?」
一歩横にずれ、べったりしてくる鴫原くんと間隔を取ってから胡乱な目で聞き返す。
「今から新しいの試したいんだけどさぁ。ぶっちゃけこれ、けっこう煙出そうなの。けど、これやってみないと進まないんだよな」
「無理」
「まだ最後まで話してないって。はっきり色の変化つけるのに、多分これが最善なんだよ。起こるとしても発煙だけだから。もちろん人体にも影響なし。発火性なし。頼むよ、やらせて?」
「駄目だ。そんなの認めてたら、僕が監視に来てる意味がないだろ」
「そんなこと言うなよ。監視者として信頼してるから、こうしてちゃんと説明してんだろ? 本当に100%危険はないし、被害を最小限に抑える準備もしてるから。ほら」
鴫原くんが近くに立つ御崎くんと影石くんを指し示す。2人はいつの間にか、濡れタオルを手にしてスタンバっていた。
煙が出てもすぐ消します、ということらしい。
「…………」
発煙する可能性があるだけでよくない。止めたい。慣れ合って甘い対応になるようでは、お目付け役の意味がない。
けれど今日まで監視してきて、彼らの知識や意欲をこの目で見たのもまた事実で。
「頼む。いいもの作って、体育祭で後悔しないようにしたいんだ」
顔の前で両手まで合わされて、僕は折れた。
「……わかった、許可する」
「サンキュー!」
合わせていた手でバンッと俺の肩を叩いて、鴫原くんはすぐさま他の2人を振り仰ぐ。
「パターンD始めんぞ!」
「了解」
3人はテーブルのひとつに歩み寄り、すでに準備を整えていた薬品の調合を始めた。詳しい内容はわからないものの、僕も傍らで見守る。
「最後にこれで……」
鴫原くんが、フラスコにスポイトで薬品をポトポトッと落とす。すると、中の薄いブルーだった液体が見る間にバイオレットに変色していき……次にはモクモクと、同色の煙が大量に出始めた。
「充、匡!」
鴫原くんが鋭い声で2人を呼ぶ。「おうっ」と返事した2人は、手にした濡れタオルをフラスコに被せ──るのかと思いきや、モクモクあがる煙のうえでブルンブルンと振り回し始めた。
「何してんの!?」
「はっ!? だから煙消してんだろ!」
泡を食って問う僕に、御崎くんが叫び返す。プロペラのようにタオルを振り回す手は止めずに、だ。
たしかにそうすると、タオルの水分に煙の粒子が吸着されて消えていくけれど……いや、消すってそっちか!? おおもとは!?
「あと10秒待って、真瀬」
フラスコから目を離さずに鴫原くんが言う。その声があまりに真剣だったので、僕もつられてフラスコを見た。
口からは今も薄紫の煙が出続けていて、2人が「腕キツー!」と言いながらタオルを振り回している。
と──煙の色が変化し始めた。薄紫から赤紫へ。そして……赤へ。
「よっし!」
そこまで見届けて、鴫原くんがグッと右手の拳を握った。
え、それって……
「成功! やっぱこれだった!」
言いながら、他にもテーブルに用意してあった濡れタオルをフラスコに被せる。その間際には、煙はさらにオレンジへと変色していた。
「やったな、聖!」
「スモークもこれでクリアだな」
タオルを持たないほうの手で、3人が順にハイタッチを交わしていく。
「成功? 変色するスモークが完成したってこと?」
「そう、完成。最後まで見なかったけどまだまだ色変えるよ、これ」
喜びに弾む声で言いながら、鴫原くんが僕にもタオルを投げ渡す。
「さぁさぁ、真瀬も消して!」
「えっ、あ、うん」
「振れ振れー!」
御崎くんにあおられ、僕もみんながやっているようにタオルを振り回した。空中に漂っている煙に手を伸ばして、ブンブンブン。
ブンブン、ブンブンブン。4人で一斉にやっていると、煙もどんどん薄れていく。
「って……なんの奇祭だよ、これ」
途中でチラッと周りを見て、あまりのシュールな光景に吹き出してしまった。だって大の男が集まって、夢中でタオルを振り回しているのだ。バカすぎる。
「えっ。真瀬が笑った!」
鴫原くんが手を止めてまじまじとこちらを見た。
「笑うだろ。くだらな……ふっ……」
たった今、けっこうすごいものが生み出されたらしいのに。それくらい頭のいい3人なのに、バカみたいで。僕も一緒になってバカみたいなことをしていて。
……なんかもう、笑うしかない。
「ふふっ……」
薄れる煙の中、僕の笑いはしばらく収まらなかった。



