レンズ越しの彼らは恋を知らない


 科学部AG班のお目付け役に就任した翌日。
 さっそく理科室へ──と言いたいところだが、この日の放課後は風紀委員の全体会議だった。
 月イチの定例会議は毎月上旬に行われるのだが、今回は特別会議。体育祭前なので、当日の仕事内容の再確認と、役割分担が主な議題だ。
 そして、科学部の一件で生徒会長が顔を出すかもしれない、と懸念していたのがまさに今日なのだけれど……幸い、この予想は外れた。
 生徒会も、体育祭に向けて大わらわなのかもしれない。無事に会議を終えた時には、僕はひそかに胸を撫で下ろした。

「真瀬くん、ちょっといい?」

 会議で使ったスライドの機材を片づけていると、副委員長の浅香さんに声をかけられる。

「どうかした?」
「昨日もまた、科学部がやらかしたんだって?」

 ああ、そのことか。

「うん、容器がいくつか破損したらしい。状況は聞き取りして、顧問の先生にも厳重注意をお願いした」
「厳重注意って。意味あるのかよ、それ」

 苛立ちをはらんだ声で、近くにいた男子生徒が会話に入ってくる。2年2組の風紀委員、新条(しんじょう)霧仁(きりと)だ。

「もう何度目だ? 顧問に指導を頼んだところで何も変わってねーじゃん。学校は鴫原に頭上がんねーんだろ。すげー賞とって、森宮の評判上げてくれたありがたい秀才だからよ」

 話している間に語尾の熱量も上がっていっている。
 風紀委員として頭の痛い生徒なのは事実だけれど、そこまで憎々しげに話すことだろうか……と思った時、新たにもう1人が加わってきた。

「なんでそんな怒ってるんですか、新条先輩。鴫原先輩のこと嫌いなんすか?」

 1年の井口くんだ。素直なうえに物怖じしない性格なのか、ストレートな質問をぶつける。そういえば誰かと野球部の話をしていた時、『俺は直球勝負型』だと言っていた。

「いけすかねーんだよ、あいつ。たまに授業も止めるし」

 その返答を聞いて気づく。そうか、2年2組ということは、2人は同じクラスだ。

「授業止めるの、鴫原くん? そんな、授業妨害するような生徒だって話は聞いたことないけど」

 尋ねた浅香さんに、新条くんは苦い顔で眉間を寄せる。

「妨害してるつもりはないんだろうさ、あいつはな」
「じゃあ、止めるってどういう……?」
「先生に質問すんだよ。授業の範ちゅう超えた、先生もすぐには答えらんないような小難しいこと」
「え……それ、先生より知識あるってことですか?」
「かもな。先生は『調べとく』とか答えてるから、そこまでぶっ飛んだ質問じゃないみたいだけど。俺らは何言ってんのかまったくイミフな時もあるわ」
「うはぁ……秀才こわ……」

 井口くんと浅香さんは口を半開きにして言葉を失っていた。
 僕も内心で、それはまぁ、普通に授業を受けたい他の生徒からしたらありがたくはない時間だなと思う。答えられないハイレベルな質問を教え子にされて、先生も立つ瀬がないだろう。

「んであいつ、教室を微妙な空気にしといて自分はがっかりしたような、退屈そうな顔でボーッと窓の外見るか、寝始めんだ。俺は去年から同じクラスで、もう何回もそんなの見せられてんだよ」
「退屈……」

 耳に残った単語を、僕はなかば無意識に繰り返した。

『刺激のひとつでもなきゃ、学校なんか退屈で来る気にもなんねーよ』

 昨日の鴫原くんの発言を思い出す。
 もしかしたら鴫原くんは、退屈な授業の中にも何か興味を引かれることを見つけたのかもしれない。それで、先生に質問した。でも答えを得られなくて、やっぱりまた退屈に戻ってしまった……?

「普段は周りと仲良くやってるけど。笑っててもなんか、腹の奥でなに考えてるかわかんねーんだよな。クラスメイトといても、あいつだけどこか異質っつーか」

 新条くんはそうも評した。鴫原くんの笑顔が貼り付けたお面のようだと感じたことは、僕もある。
 彼の頭の中はどうなっているんだろう。何十人といるクラスメイトの中で、彼だけが少し階層のずれたところにいて。でも、他のみんなと同じ教室に詰め込まれて日々を過ごさないといけないというのは、どういう感覚なんだろうか。

 鴫原聖。注意に行くたびヘラヘラと笑って僕をかわしてくる男。
 だが彼の根っこの部分は地中深くに埋もれ、まだ誰の目にも触れていないのかもしれない。