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「そもそも、どうして君たちだけこんなにトラブルが多いの」
昼休み終了が迫ってきて、実験器具の片付けを進める3人を眺めながら尋ねた。
一応の注意はしたけれど、今後の対応については僕に決定権などない。だから、後はもう時間の許す限りヒアリングすることにしたのだ。
「班ごとに活動してるんだよね。他の班が問題を起こしたことは一度もないと思うんだけど。君たちはどういう班なの?」
「あ、知らなかったんだ? 俺たちはね、AG班ってゆーの」
いくつも開かれていた記録用のノートをまとめていた鴫原くんが、その手を止めて悪戯っぽい目をこちらに向ける。
「エージー……? なに? 銀?」
「元素記号じゃないよ。『Anything Goes』の略」
「Anything goes……え……『なんでもあり』?」
「イエース」
右手でピッと、形のいいピースサインを作る鴫原くん。
「俺たちはノージャンルで、とにかく面白いことを追求するフリーダムな班なんでーす」
高らかに宣言した鴫原くんに合わせ、ちゃっかり他の2人もグッとサムズアップをキメる。
いやいや……かっこいい感じに言ってるけど、なんだそれ。なんでもありって……それこそアリなのか? Anything goesって『やりたい放題』なんて意味もあるし、この3人がそう書かれた看板を背負ってると思うと怖すぎるんだが。
「そんな班があるなんて初めて聞いた。しかも部長自ら所属って……」
「所属っていうか、今年に入って俺が作ったからな」
発起人か。さらに怖いよ。
「……優秀な人の考えることはすごいね」
中学の頃から、後々表彰されるような研究をしていたという鴫原くんだ。怖いというのも本当だけれど、頭ごなしに否定する気はない。こういうところが天才たる所以なのかも、という感心もあるにはある。
けれど鴫原くんは、ちょっと困ったように目尻を下げた。
「優秀さは関係ないけどね。ただ、ありがちじゃない楽しいことがしたいだけだから」
「……ありがちじゃない?」
「うん。結果の見えてることなんてやっても面白くないだろ。俺はもっと、心からワクワクできるような、刺激のあることがしたいんだよ」
鴫原くんがそう言ったところへ、実験器具を棚にしまい終えた他の2人がやってきた。
「聖は常に劇薬を欲してんだよなー」
「刺激に飢える中毒者」
いちいち言い方が怖いな。
怯える僕とは逆に、鴫原くんは肩に置かれた御崎くんの手をペシッとたたいて、
「そりゃそうっしょ。刺激のひとつでもなきゃ、学校なんか退屈で来る気にもなんねーよ」
そう吐き捨てると、訴えるような目で僕を見た。
「な、おまえもそう思わない、真瀬?」
「思わない。学校は勉強しに来るところだろ」
「はいフラれたー」
「秒殺おめ」
「充、匡! おまえら黙ってろ!」
楽しんでいる顔の御崎くんと影石くんをにらんだ後で、鴫原くんはがっかりしたようにため息をつく。
「なーんだ。仲間かもって思ったけどやっぱ違うか」
「仲間? って、なんの?」
「だから、学校退屈仲間。でも真瀬はお勉強って目的だけでいいんだね~」
「充分だろ。学校はそのためにある場所なんだから」
「そう? 別に勉強なんか学校来なくてもできんじゃん。教科書読めば大体わかるし、わからないこともググれば即解決する」
また天才発言が飛び出した。教科書読むだけでわかるって、もしかして本当にとんでもないIQの持ち主だったりするのだろうか。
「成績優秀、品行方正な風紀委員長。教師陣の信頼も厚い優等生ってことだけど。学校、ほんとに楽しいの、真瀬?」
ぐっと顔を寄せて、鴫原くんが僕を覗き込んできた。思わずこっちが顎を引く。君、教科書の知識を詰め込んだ分、パーソナルスペースってワード忘れた?
「毎日にワクワクある? 勉強だけで満たされてんの?」
「いや、だからそもそも、学校にワクワクを求めてないし……」
近い距離に若干たじろぎつつも答えると、鴫原くんは「そっか」と残念そうにつぶやきながら体を引いた。
「なーんか、つまんなそう。なぁ、さっき『自分はいつもこういう顔でよくわからない』って言ってたのも、そのせいじゃない?」
「え……どういうこと?」
「退屈すぎて、それを感じる心も表情筋も死んでんじゃないのってこと。あ、そうだこれ──」
話しながら、鴫原くんはテーブルに置いてあったペンを手に取る。そしてなぜかそれを、ひょいっと僕に投げて渡した。
「キャッチ、真瀬!」
「っ?」
よくわからないまま、飛んできたペンを両手で受け取る。反射神経はいいほうじゃないけれど、ボディに太さのあるペンだったのでなんとか掴めた。ところが。
「うっ!? うわわっ!?」
次の瞬間、僕は声をひっくり返らせて叫んだ。
ペンが逃げた。そう、逃げたんだ。僕が掴んだとたん、指の間を這うようにずるずると動いて。
はっきり手に伝わってきた動きとくすぐったさに、僕は万歳ポーズで驚き。再び宙を舞ったペンは、その先にいた御崎くんが受け止めた。
「おー、今のはいい顔。表情筋、死に絶えてはないか」
鴫原くんが弾んだ声をあげる。
「はっ? 何言って……ていうか、何、あのペン!?」
「それは俺たち3人で作ったおもちゃだ」
エッヘンと胸を張る感じで影石くんが言った。
「内部に小型の振動モーターが仕込まれていて、持ち上げて傾けることでセンサーが反応し、動くようになっている」
「悪戯アイテムってこと……? そんなものも作ってるの、君たち……」
人を驚かせたり、からかったりして遊ぶ、騒ぐ。僕の一番苦手なノリだ。一気に疲れが増した。
「まぁ、暇つぶしにね。けどおかげで真瀬のいい反応見れたよ。可愛い顔もするんじゃん」
すぐ近くへ来た鴫原くんが、指先でツンと額をつついてくる。相変わらずスキンシップが多い。しかも可愛いってなんだ。
「やめて……」
僕は鴫原くんの手をやんわりと払って、顔も背けた。
ものすごく驚いて、慌ててしまったのは確かだ。心臓がドクドクと音を立てている。ちゃっかり罠にハマって間抜けな表情を見せてしまったと思うと、憎らしいやら恥ずかしいやら。
けれど、鴫原くんは気にする様子もなかった。今度は「こっち向けよ」と言うように、僕の腕を掴んでくる。
「あのさ、いいこと思いついたんだけど」
悪戯された後でそう言われてもまったく『いい』ように聞こえない。鴫原くんのお望み通りでシャクだけれど、訝しむ目で彼を見た。
「真瀬は、俺たちがまた問題を起こさないか、とーっても気がかりなんだろ?」
「……そうだけど」
「だったら、俺たちが部活対抗リレー用のアイテムを完成させるまで、監視役として付き添うってのはどう?」
「……は? それが、いいこと?」
「うん、名案じゃね? 俺たちの作業内容が心配になってきたら、その場で注意して止めたらいい。何かが起こってから駆けつけるより断然いいだろ?」
「どこが名案だよ。監視なんてつけなくても、君たちが実験内容を改善すればいいだけだろ」
いくら僕が風紀委員長だからって、そこまでしないといけない責任はない。職務としては明らかに過干渉だ。
断固固辞したが、鴫原くんも簡単には引き下がらなかった。
「それができないのが俺たちのサガなんだって。簡単に改善できるなら、何度も真瀬が来るようなことになってないでしょ」
「それ、今まで『気をつけます』って謝ってたの、口だけだったって言ってるのと一緒だよ?」
「あははは」
「あははじゃない」
なんて男だ、まったく。悪戯は仕掛けてくるし、3人のノリにはついていけない。鴫原くんと御崎くんは特にウェイウェイしてて、一番関わりたくないタイプだ。個人的にもあまりお近づきになりたくない。
ないのに……。
「なぁ、頼むよ。真瀬が見ててくれたら防げることもあるって、きっと」
鴫原くんはあきらめない。眼鏡越しの瞳をランランとさせて、ずいずい迫ってくる。
「いや、けど……僕だって、いつも空いてるわけじゃないし」
「もちろん、来れる日だけでいい」
「はぁ……」
あまりに熱心なので、仕方なく考えてみる。
どうなんだろう。僕には科学の詳しい知識もなく、授業で習ったこと以外は恐らく理解できない。そんな僕が見張っていたところで、きちんと監視が務まるだろうか。
まあ、今どういう実験をしているのかを都度説明してもらって……全部は理解できなくても、結果がまったく読めない無謀な作業をしていると思ったら、止めることはできるかもしれない。完璧なお目付け役とはいかないだろうけれど。
微塵も気は進まないけれど……考えようによっては、手をこまねいているくらいなら試してみる価値はある、か……?
「……御崎くんと影石くんはそれでいいの?」
口を挟んでこない2人に問うと、先にあっさり答えたのは御崎くんだった。
「別にいいよー。風紀委員長が付き添ってるってなりゃ、他の生徒も心配しないだろうし」
「ていうか、反対したところで鴫原は決めたら聞かないだろ」
次にそう言った影石くんは、さほど乗り気ではない様子。けれど言葉通り、諦めているようだった。そうか、鴫原くんは決めたら聞かないのか。
なんにしろ、一応は全員同意らしい。
僕としてもこれ以上の騒動は勘弁してほしい。どんなものができあがったのかも知らないまま、体育祭当日に部活対抗リレーが無事終了するか、ハラハラしながら見守るよりはいいのかもしれない。
「……わかった」
ほとんどしつこさに負けたようなものだが、僕は観念して鴫原くんに告げた。
「体育祭までのお目付け役、引き受けるよ」



