レンズ越しの彼らは恋を知らない


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 やっぱり、早急に鴫原の解析を進めなくてはいけない。
 文化祭準備で慌ただしい日々の中、僕はいよいよ本気でそう考え始めた。
 だって今も、僕はクラスメイトと屋台用のPOPを作成しているというのに──

「そこ赤で塗んの? はい、ペン」
「真瀬ってこういう細かい作業得意そうよな~」
「あれ、指汚れてんじゃん。乾いてないとこ触ったんだろ。ドジだなー、かわい」
「え、怒ってる? むっとしてるじゃん。かわいー」
「………………」

 おかしい、おかしすぎる。
 とりあえず一言、最大の疑問から。

「鴫原はなんでここにいるんだ?」

 放課後。各クラス、準備で大忙しな時期のはずだ。なぜ自クラスじゃなく、僕のクラスで当然のように僕の隣にいる。お化け屋敷はどうなった。

「こっちのほうが面白いから」

 けろっと即答する鴫原。僕は頭を抱えたくなるが、周りのクラスメイトは楽しげに笑った。

「真瀬くんと鴫原くん、本当に仲良くなったよねー」
「ね。2人、最近『Wメガネ』って呼ばれてんの知ってる?」
「え、そうなん?」
「そうだよ。おまえらもうすっかりペア扱いだぞ」
「へー、いいね」
「いいねじゃないよ」

 嬉しそうにしている場合か。クラスのみんなも面白がってこの状況を受け入れているようだが、鴫原が調子に乗るだけなので勘弁してほしい。

「なんで誰も追い払おうとしないの、鴫原を」

 渋面で問うと、一緒に作業していたクラスメイトは口々に話し始めた。

「べっつに、来たくて来てるならいいじゃない」
「鴫原がいると真瀬が面白いしな」
「それ。真瀬くんがこんなにしゃべるって知らなかったよ。もっと怖い感じかと思ってた」
「…………」

 僕は再び黙り込んだ。
 鴫原がこうして介入してきたことで、クラスメイトと話す機会が増えたのは事実だ。去年とは比べ物にならないくらい、打ち解けた空気の中で準備を進められている。悔しいけれど、それは鴫原のおかげで……。

「ほら、俺がいると真瀬にもいいことあるでしょ?」

 満悦の表情で、部外者であるはずの男は耳元に囁いてきた。

「変な目で見るやつも、変なこと言ってくるやつもいないし。クラスメイトに恵まれててよかったな、真瀬」

 ぐぅ、と唸りたい気分になってくる。
 そうだ。僕たちは、一緒にいると悪くとらえる人がいるんじゃないかと懸念していた。けれど幸いにも、今この場にそんな生徒は一人もいなくて。クラスメイトに恵まれていたなんてことも、鴫原が来なければ気づく機会はなかっただろう。
 おかしな状況だが、困ったことばかりでもない。だから、きつく追い返すことができずにいた。本当に絶対、おかしいんだけれど。

「仲良しペア扱い、俺は嬉しいよ。特別って、周りにも認めてもらえた気分」
「……耳元で話すのやめて」

 低く答えて、片手でぐいっと鴫原の顔を押し戻す。

 早急に、迅速に解析を進めよう。最近の鴫原の状態と、自分の状態について。
 ──でないと、心臓が持ちそうにない。
 血の巡りが倍速になったような鼓動を感じながら、改めてそう決意した。


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「──で、俺たちにも意見を聞きたいと?」
「必要か、それ?」

 翌日の昼休みの屋上。呼び出しに応じてくれた御崎と影石は、用件を聞くと呆れたようにそう言った。

「必要だと思ったから、こうして来てもらってるんだよ」

 最適解を導くためには、自分一人ではどうにも心許ない。参考資料を読んだりもしているが、ここはやはり鴫原と親しい2人の意見も参考にさせてもらおうと考えた。

 議題:最近の鴫原の、ちょっと熱量がおかしい好意の正体について。

「そっか。まあ、おまえがそう言うならいくらでも協力するけど~」

 ふっと笑いながら御崎が床に座る。背後の貯水槽を背もたれに、持参した袋から購買のパンを出し始めた。
 影石と僕も昼食持参だ。輪になる形で同じように座り、とりあえず食事を始める。
 母手製弁当の卵焼きを一口かじったところで、僕は改めて切り出した。

「和解してから、その……前以上に会いに来るし、連絡も頻繁だし、ベタベタくっついてくるし……以前と様子が違うというか」
「ああ、違うな」
「明らかにな」

 もしゃもしゃと各自の食事を頬張りながら、即座にうなずく2人。

「それって、なんでだと思う?」
「変わったからだろ」
「おまえが変えたんだろ」
「えっ」

 これまたあっさり返答があり、僕のほうが詰まってしまった。特に影石の言い方に引っかかる。

「僕は何もしたつもりは……」
「つもりがあってもなくても、わかりきってるだろ」

 影石は『やれやれ』と言いたげに片眉を上げ、飲んでいたお茶を床に置いた。

「というか、俺たちに相談するまでもなく、答えは連日あいつが口にしてる」
「な。垂れ流しすぎウケる」

 御崎もクツクツと喉を鳴らす。僕はおそるおそる問いかけた。

「答えって……」
「俺は真瀬の特別」
「楽しい」
「もっと一緒にいたい」
「触ってたい」
「かわいい」
「めっちゃいい」
「すげーいい」
「グッとくる」
「もっ、もういいっ、言わなくていい!」

 交互に羅列されるのが耐えがたくなり、上ずる声で遮った。鴫原の声じゃなくてもいたたまれない。

「耳まで赤いぞ、真瀬」
「…………」

 指摘されずとも予想はついた。自分でも熱くて仕方ないから。
 うつむいてグッと箸を握る僕に、御崎がいつになく柔らかい声で問う。

「俺らが言わなくても、真瀬も答えは大体わかってんじゃねーの」

 僕は顔を上げた。トクッと心臓が小さく弾む。

「困るなら困る、戸惑ってるなら戸惑ってるって、もっとはっきり言えばいい。言えばあいつはやめるし、説明もする」

 影石が淡々とそう言い、

「けど、なんだかんだあやふやにしたまま、あいつの好きにさせてるよな。それってなんで?」

 次にもう一度、御崎が僕へ尋ねた。

「それは……」

 僕は下唇をゆるく噛んだ。
 2人が察している通りだ。ぼんやりと見えかけている答えはある。

 ──最初は驚いたり、うっとおしかったりするだけだった鴫原のスキンシップが、今はいちいち気にかかる。嫌なわけではないが、妙に落ち着かない気持ちになる。あまりに距離が近いと、ギュッと胸を絞られたように呼吸が詰まる。
 さっき2人が羅列したようなことを鴫原に言われても、同じようになってしまう。鴫原も過剰だが、僕も過剰反応だ。極力態度には出さないように努めているけれど。
 正常ではない。僕もだいぶ具合がおかしい。
 でも、今の自分がどういう状態なのか確信までは持てない。こんな経験を今までにしたことがないから、未知すぎる。
 でも、でも。2人がこんなふうに言うということは、やっぱり今の推測で合っているんだろうか。
 こういう状態。この感覚は、いわゆる──……

「みーつけた」
「!!」

 唐突に上のほうから声が降ってきて、僕は飛び跳ねる勢いで振り仰いだ。御崎と影石も同じ方向を向く。
 貯水槽に片手を突き、反対側から来たらしい鴫原がこちらを見下ろしていた。

「しっ、鴫原……!」
「俺抜きでランチって、エグいことしてくれるじゃん。俺ハブられてる?」

 レンズ越しの目を細めた彼は、口の端だけを持ち上げて意地悪い笑みを作る。

「ち、違う。別にそんなつもりはない」
「えー、ほんとかなぁ」

 空々しく言いながら、鴫原は僕の横にあぐらをかいた。

「いいだろ。たまには俺らにも抜け駆けさせろ」
「いつも自分が独占できると思うな」

 僕はなかなかに焦っているが、御崎と影石は落ち着いたものだ。悪びれたふうもなく、むしろ強気に言い放った。

「いーや許せん。俺だって全然真瀬補充足りてないのに」
「補充って……」
「ま、今するけど」

 箸を持つ手が鴫原に掴まれた。口元へ引き寄せられ、先端に刺さったミートボールが彼の口の中へ消える。

「お、うま。これ真瀬ママの手作り?」
「……そうだけど」
「へー」

 もぐもぐと咀嚼する鴫原は穏やかな表情だ。怒っているわけではないらしい。
 それはほっとした。けれど、ここ最近の彼を思えばもっと拗ねてもおかしくないような状況なので、逆に戸惑う。
 今、何を考えているんだろう。掴み切れない。
 当惑する僕の耳に、さりげなく顔を寄せた鴫原が囁いた。

「放課後、理科室来て」