レンズ越しの彼らは恋を知らない


 翌日の朝。登校後、いつものように読書で時間を潰していると、

「真瀬ーっ!」

 大音響とともに、ダダダッと足音が駆け込んできた。ぎょっとした時にはもう、御崎が僕の前で机にバンッと手を突いている。

「聖から聞いた! 和解したんだってな!」
「大声やめてくれる?」

 とにもかくにもまずそれだ。落ち着け。

「御崎、近所迷惑」

 後からやってきた影石がドスッと御崎の肩にチョップを食らわす。「いだっ」とうめいて、ようやく御崎はトーンダウンした。

「つつ……わりぃ。でも昨日の夜に聖から聞いて、俺もう嬉しくてさー!」
「……そうなんだ」

 鴫原、昨日のうちに2人へ報告したということか。

「俺と御崎のせいで本当に悪かった。……けど、よかった」

 不愛想ながら、影石もほっとしたようにいくらか頬を緩めている。自分が原因を作ったと思い、ずっと気にしてくれていたんだろう。

「君たちのせいじゃないって。こちらこそ、気を揉ませて悪かった」

 僕も微笑みながらそう返した。この2人も朝イチで駆けつけるほど和解を喜んでくれている、それが嬉しい。

「おう! てわけで、また俺らとも遊んでくれよな。部活もいつでも見に来いよ! もう絶対ヘマしねーし!」
「ありがたいけど、一応僕部外者のはずなんだけどね」
「もうほとんど部員みたいなものだろ」
「いや違うでしょ」

 真顔で影石が言うので、そこはツッコんでおく。さすがに科学部員扱いは緩すぎるだろう、その辺りの節度は必要だ。

「なに言ってんだよ~、お目付け役のおまえなしじゃもうAG班成立しないじゃん~」

 御崎が僕の頭に手を置き、髪を乱した。僕だけ座っているから、頭頂部を鷲掴みの勢いでわしゃわしゃと、だ。

「ちょっと、ぐしゃぐしゃになる……」

 えらく上機嫌でテンションが上がり切っているらしい。鴫原並みの強引スキンシップだなと思っていると──

「はいそこー、真瀬に触んな」

 横から伸びてきた腕が御崎の手首を掴み、高く持ち上げた。

「鴫原」
「お、聖」

 僕と御崎の声が重なる。机の横に立った鴫原は肩にバッグを提げ、左手で御崎の手をホールドしていた。教室に寄らず、まずここに来たのだろうか。

「こーゆーのは俺の特権だから」

 涼しい声で御崎に言い、手を離す。そして僕を見下ろすと、ニコリと笑った。

「おはよ、真瀬」
「……おはよう」

 というか、特権とは?

「んだよー、俺だって真瀬との友情復活を喜んでんだぞ」

 すぐさま御崎が抗議の声をあげる。しかしそれにも鴫原は取り合わない。

「だとしてもダメ。真瀬に触りたい時は俺の許可取って」
「はぁ~!? なんの権限ソレ!」
「和解ついでに変な盟約結んだのか」

 御崎と影石が胡乱な目を鴫原に向けた。でも一番物申したいのは僕だ。

「権限も盟約もないから。許可取るなら僕にだろ」

 御崎のせいでぼさぼさになった髪を直し終え、話に割り入る。と、鴫原が御崎を押しのけて僕の正面に来た。机に両腕を載せ、その場でしゃがみ込む。

「俺も必要なの、許可取り?」

 どこか甘えたような声で尋ねられ、ついドキリとした。姿勢のせいで、珍しく彼から見上げられる形になっているせいもある。上目遣いでそういうことを言うのはずるいんじゃないか。

「いや別に、絶対取れって話じゃないけど、鴫原が許可どうこう言い出すから……。けどまぁ、急にだとびっくりすることもあるし……」

 結果、目を泳がせながら煮え切らない返事をもごもごと返すことになる。

「えー。俺はよくない?」
「どうして自分だけはいいっていう発想になるんだよ」
「だって、俺は特別なんだろ」
「は?」
「違うの? 昨日言ってくれたじゃん。あれ、超嬉しかったのに」
「いや、あれは──」
「そんで、俺めちゃくちゃ真瀬に触りたいのに」
「は……」

 ポンポン畳みかけられ、僕は言葉を失った。
 というか、朝の教室で堂々と『触りたい』って。何を言ってるんだ、この男は。
 硬直していると──校舎に、予鈴が鳴り渡る。

「チャ、チャイム! みんな教室戻って」

 これ幸いと言うと、鴫原は露骨にがっかりした顔で立ち上がった。

「残念。また連絡するね」

 ヒラッと手を振り、御崎と影石を連れて教室を出ていく。その姿が消えるのを見届けてから、僕ははぁっと大きく息を吐いた。

 ──自分の許可を取れ? 特別だろ? 触りたい?
 昨日からどうしたっていうんだ、鴫原のやつ。
 彼も僕との和解ができて、テンションが振り切れているのだろうか。
 そうだとしたらあんなのは今日だけで、そのうち落ち着くだろうか。
 落ち着かなかったらだいぶ言っていることおかしいよな。うん、落ち着くはずだ。 

 ……と、思って(願って)いたのだけれど。


 数日後の放課後、AG班が活動中の理科室。
 椅子に座った僕は、背後からおんぶよろしく伸しかかってくる重みに耐えていた。

「ねーねー、真瀬のクラス、文化祭何やんの?」
「クランクフルトとポテトの屋台」
「へー、売り子やる?」
「うん」
「そっか、時間帯教えて。絶対買いに行く」
「……どうも」
「俺のクラスはお化け屋敷やるの。来てよ」
「嫌だ」
「あれ、もしかしてお化け怖い?」
「好きじゃない」
「あはは、可愛いー」
「もしもーし、そこのふたりー」

 隣のテーブルから声がかかる。御崎だ。

「堂々といちゃつくのやめてもろてええ? 部活する気ありますかねー、部長サーン」
「いちゃっ……?」

 そうか、そういうふうに見えるのか。やっぱりおとなしく従っていた僕が馬鹿だった。

 『理科室に来てよ』と鴫原に呼ばれて来てみたら、作業をしていたのは御崎と影石だけ。鴫原はといえば、着席した僕にべったりくっつき出した。
 スツール椅子で僕の真後ろに座り、肩から腕を回してきて、まさにおんぶお化け状態だ。「なんでくっつくんだよ」と聞いたら、「寒いから?」と返してきた。

 今日はここ最近より冷え込んでいて、僕は長袖シャツの上に学校指定の紺カーディガンを着ている。鴫原はシャツだけで、たしかに寒そうではあった。語尾に「?」がついていた時点で嘘くさいとは思ったけれど。

「ごめーん、最近こっちのが楽しくて。けど今の工程はまだ、俺がいなくても大丈夫っしょ?」

 へらりと鴫原が返すのを聞いて、僕は体に回っている腕を引きはがした。

「もう離れろ。まったく、寒いからなんて適当なこと言って」
「ええー、適当じゃないし」

 めげずに背後から僕を覗き込んで、鴫原は唇をヘの字にする。

「今日1日退屈すぎて心が冷え切ってたから、真瀬にあっためてほしかったのに」
「は? そういう冷え方なら物理的にくっついても意味ないじゃないか」
「んなことないよ。俺、真瀬とくっついてたらセロトニン補給できる」
「…………」

 なんと返していいかわからず黙り込んだ僕に、備品の棚へ向かう影石がぼそっと言いながら横を通り過ぎていった。

「お幸せに」
「…………」