レンズ越しの彼らは恋を知らない

 
 ●〇●〇


「…………」
「…………」

 駅までの道を、鴫原と並んで歩いていく。
 しかし、2人の間に会話はない。
 鴫原はずっと、何かを考えるように黙り込んでいる。そうなると、僕も同じように煩悶の沼に舞い戻った。やっぱり気にしないでいるのは無理だ。

 鴫原には以前、額にキスをされたことがある。さっき屋上で……一瞬、またされるのかと思った。
 頬に触れようとしていたし、すごく近かったし。
 ただ、あの角度だと──……

「……っ」

 いやいやいやいや。なに馬鹿なことを考えてるんだ、僕は。
 そんなわけがない。気のせいに決まっている。
 頭に浮かんだことを懸命に追い払っていると、ふいに鴫原がこちらを向いた。

「あのさ」
「っ! な、何?」

 脳内の混乱を隠しきれず、声が上ずってしまう。けれど鴫原は僕の反応など気にする様子もなく──いきなり、手を繋いできた。

「は……っ!?」

 指を絡めてギュッと握られ、僕は泡を食って立ち止まる。
 鴫原も足を止めた。繋いだ手を持ち上げ、無言でじーっと見ている。まるで実験中のフラスコでも見るような目で、しげしげと。
 おいおい、いったいどうしたんだ、本当に。

「え、や……何してるんだよ、鴫原?」
「……やっぱりか」

 僕の質問に答えたというより、独り言のように鴫原はつぶやいた。

「やっぱり? 何が?」
「嬉しいなって」
「は?」

 嬉しい? だから、何が?
 困惑を極める僕を置き去りにして、鴫原は繋いだ手をにぎにぎと動かしながら何度もうなずいている。今さらながら、羞恥が駆けのぼってきた。

「へ、変なことするな! 離せ」

 腕に力を込めて振り払う。

「あ」

 鴫原が小さく残念そうな声をあげたものの、思いのほかあっさりと手は離れた。

「っ……ほんと君、意味不明すぎだから……!」

 繋がれていた手を胸元へ引き寄せ、目線を合わさずに訴える。頬が熱くて、向き合うのは避けたかった。

「だって検証しないとわからないから」

 鴫原はしれっと言ってのける。横目でうかがうと、彼はまっすぐ僕を見てかすかに微笑んだ。

「俺、おまえの表情フェチってだけじゃないみたいだわ」
「え……」


 ●〇●〇


「……どういう意味だったんだ、あれは」

 鴫原と駅で別れ、一人になってから。
 悶々としすぎて、つい声に出してしまっていた。
 ──わけがわからない。急に使づいてきたり、手を握ったり。さらに。

「表情フェチってだけじゃなかったら、なんだっていうんだよ……?」

 あの後、鴫原は満足した顔でまた歩き出し、ろくな説明もないままうやむやにされてしまった。向こうはすっきりしたようだが、僕は完全に置いてけぼりだ。

「……あーもう、暑い。さっさと帰ろう」

 苛立ちまぎれにぼやいて歩を速める。
 10月に入って過ごしやすい気候になったのに、今はやけに体がかっかとしていた。胸もざわざわとざわめき、いつまでも落ち着かない。
 どうしてこんなにドキドキしているんだ、自分は。
 そう思っても、元に戻す方法もよくわからなくて。

「……鴫原の解析、難しすぎる」

 人混みの中にため息を残して、家路を急いだ。