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思いがけない遭遇は、さらに数日後のことだった。
放課後、僕は図書室に向かうため、本館と別館を繋ぐ渡り廊下を歩いていた。図書室は別館の2階にある。
──他の予定がなくなって、ここ最近は図書室に通ってたけど。そろそろ文化祭の準備で忙しくなるから、今日が最後かな。
──科学部は文化祭、どんな催しをやるんだろう。
とりとめもなくそんなことを考えながら、前方に目をやって。扉の開け放された別館の入口に、その姿を見つけた。通学バッグを肩に提げて立っている。
「鴫原っ……」
まだだいぶ距離があったけれど、目が合った。そう感じた瞬間、僕はぐっと息をのんで駆け出そうとしていた。でもほぼ同時に、背後から僕を呼ぶ声がかかる。
「あっ、真瀬先ぱ~い!」
「!」
振り返ると井口くんや新条くん、他数人の風紀委員が本館の出入口からこちらを見ていた。すぐに、明日の朝校門で行う風紀チェックの担当者たちだと気づく。
鴫原が気になりつつも、彼らが廊下に降りてきたので僕もいくらか歩み寄った。
「風紀チェックの打ち合わせ?」
「はい、もう終わりましたけど」
「そう、お疲れ様。明日はよろしく頼むね」
「まーいつも通りやるさ」
そんな言葉を交わした後、別れ間際に井口くんがニカッと笑って言った。
「真瀬先輩、またみんなでご飯行きましょうねっ」
「ああ、うん」
そういえば、今いるメンバーは以前カフェに行ったメンツとも被っている。他の子たちも「行こう行こう」と声を揃えた。
「じゃあまた!」
最後に井口くんがブレずに元気な挨拶をくれ、みんなは本館に戻っていった。それを見送ってから、僕は急いで振り返る。
「あ……!」
鴫原は、まだ同じ場所に立っていた。きっともういないだろうと思っていたので、嬉しいけれど同じくらい驚く。
「鴫原!」
今度こそ、呼びかけながら駆け寄った。
立ち去らなかったということは、僕が来ようとしているのを承知で待っていてくれたということだ。今ならきちんと話ができるかもしれない。
「鴫原、あの……」
近くに到着しても、やはり鴫原は身動きせず佇んでいる。表情は硬く、困っているようにも見えた。それでも、否応なく期待は高まる。
「ちょっと、話せないか」
ごくりと息を飲み下してから、勇気を奮い起こして告げた。
鴫原の眉がわずかに上がる。スッと視線を横に外して、波のない平板な声が答えた。
「別に、話すことなんか何もないでしょ」
感情のうかがえない冷ややかな返答に、ドクリと心臓が音を立てる。
こんなに冷たい鴫原の声を聞いたことは、今までになかった。
拒絶されている。でも、せっかくこうして直接話せてるんだ。簡単に引き下がりたくない。
「あるよ。僕にはある。……自分が悪いってわかってるけど、僕は納得してない」
目線が合っていなくても、まっすぐに鴫原を見て伝えた。
痙攣のような短い瞬きをして、鴫原が再びこちらを向く。
「なんで? 特に何も不自由してないだろ?」
吐き出すように問う彼は、唇の両端をゆがませていた。語尾もかすかに揺れている。何かを堪えている姿に見えた。
……怒ってるのか? 抑え込まれた感情の正体が掴み切れない。恐れと不安で胸がざわざわと鳴る。
けれど動揺する僕にかまわず、鴫原は陰った表情のまま続けた。
「委員の子たちとも仲よくやってるじゃん。前よりもっと距離縮まったみたいでよかったね」
「それは──」
それはその通りだ。でもそのことと鴫原と話したいことと、なんの関係がある?
尋ねたいのに言わせてもらえない。遮断するような声が被せられる。
「真瀬は、これからもあの子たちと仲よくやってけばいいだろ」
言うなり、鴫原は僕の横を通り抜けた。扉から渡り廊下に出て、大股に歩き去ろうとする。
「鴫原、待って!」
僕は急いで追いかけた。けれど慌てていたせいで、段差を下りる時に滑りかけてもたついてしまう。体勢を立て直して顔を上げた時には、鴫原は3メートルほど先にいた。
「鴫原!」
小走りに後を追うが、向こうもズンズン進んでいって振り返ろうともしない。広い背中が完全に僕を拒んでいるように思えて、喉が詰まったような胸苦しさに襲われる。
追いかけても、呼んでも無駄なのか?
おじけて次の足を出すのをためらいそうになったその時、ハッと一点に目が留まった。
──あれって。
右肩に提げた、鴫原の通学バッグ。何かが挟まっていて、ファスナーが閉まり切っていない。
茶色い、フェルトのような素材。見覚えがある色だ。
「……なんだよ」
まだ持ってるんじゃないか。いまだにしっかり、ペンケースに付けてるんじゃないか。
キーホルダーにしては大きすぎる、あんなに邪魔そうなもの。見るたび僕と一緒にいる気分になると言っていたもの。
目の奥が熱くなる。同時に僕は、渾身の力で叫んでいた。
「鴫原! 待ってって言ってるだろ!!」
叫びながら走り出している。本気で走れば3メートルほどの距離なんて大したことはない。ぎょっと振り返る鴫原にすぐ追いついた。
「来て!」
鋭く言って鴫原の腕を掴む。
「ちょっ、なに……!」
さすがの鴫原も困惑をあらわに振りほどこうとしてきた。
彼だけでなく、廊下にいた他の生徒もこちらを見ている。さっき僕が大声を出したせいだろう。でもそんなもの気にしていられない。
「っ、離せよ!」
「離さない! いいから来て!」
逃がさない覚悟で鴫原の腕を引き、僕は廊下を階段のほうへと歩き始めた。
──もう絶対、怖気づきも諦めもしない。



