レンズ越しの彼らは恋を知らない


 理科室のボヤ騒ぎは校内でも話題になったものの、被害が小さかったことと自分たちで迅速な処理をしたことなどを考慮し、2週間の活動停止という処分になった。
 ──という報告を、僕は数日後に廊下で会った小川先生から聞いた。
 鴫原とはあれ以来話をしていない。通話もメッセージも、一切来なくなった。
 廊下でばったり会うことがあれば、「よう」と挨拶くらいはしてくれる。でも、それだけだ。
 鴫原からは、さすがに無視はできないので挨拶したというのが明らかに伝わってきたから。気付かないふりをして図々しく挨拶以上の話をする度胸を、僕は持てなかった。

 そんな日々が続き、制服も秋服に変わった10月上旬のある放課後。月イチの風紀委員定例会議が行われた。
 主な内容は文化祭準備期間の活動についてだ。毎度のように僕の進行で、滞りなく1時間ほどの会議を終えた後──

「真瀬先輩、なんだか元気ないですね」

 部屋の片づけをしながら、井口くんが話しかけてきた。

「え、そう?」

「たしかにいつも以上に重苦しい空気まとってんな」

 並びにいた新条くんにもそう言われ、僕はぎこちなく唇を持ち上げる。

「そんなことはないと思うけど」
 
 原因はわかっている。でも、この場で吐露できることでもない。
 早々に会話を切り上げて使ったペンの整理をしていると、

「そうだ。真瀬先輩、今日こそ俺たちとご飯行きません?」

 再び井口くんに呼びかけられ、「え?」と振り向いた。

「あ、ぜひぜひ。行きましょうよ、委員長」
「私も行くよ、真瀬くん。よかったらどう?」

 井口くんの周りにいる1年の後輩や、浅香さんも誘ってくる。
 ──もしかしたらみんな、僕の心配をしてくれてるんだろうか。
 だとしたら気遣いをさせて、不甲斐ない委員長だ。それに実際、気晴らしが必要なのかもしれない。一人で悶々と考えていたところで、何も事態は変わらないのだから。

「ありがとう。それじゃ、仲間に入れてもらおうかな」

 誘いを受け、井口くん、浅香さん、新条くん、他3人の委員仲間とカフェへ行くことになった。

「やっと真瀬先輩と来れた~! 俺、嬉しいです!」
「私も。真瀬先輩がいるの新鮮!」
「真瀬くんってポテトとか食べるの?」
「え、食べるよ。どうして?」
「なんか、手で食べるイメージがなくて」
「いや全然、普通に食べるから」

 席では井口くんがひときわ喜んでくれていて、他のみんなも気さくに話しかけてくれる。会議室ではしたことのない、たわいない雑談をたくさんした。
 ……けれど。
 それで余計に、僕は痛感してしまった。
 今では、こんなふうに知人と校外で話すのも悪くないと思える。この場も温かくて、心地いい。
 でも……鴫原たちといる時ほど、胸は弾まない。

 ──ああ、そうか。僕は本当に、鴫原たちと過ごすのが楽しかったんだ。自分が思っていたより、もっとずっと、心の底から。
同じことをしていても、今とは明らかに違う。

 ──鴫原たちがくれた楽しさは、誰とでも得られる感覚じゃなかったんだな。

 みんなと解散した後。最寄駅から家までの帰り道で、改めてそう思った。
 どうしてだろう。委員の子たちともいろんな話ができて、親睦が深まって、楽しかったのに。今はなんだか無性に……

「……寂しいな」

 自然と口から言葉がこぼれ落ちていた。
 そうしてまた、自分の心の形に遅れて気づく。
 そうか、僕は寂しいのか。
 なぜか今、思い出されるのは鴫原の顔ばかり。
 ワインレッドフレームの向こうで時には笑い、時には意地悪で、時には優しい。そんな鴫原の眼差しばかりが浮かんでは消えていく。

 ──僕は、寂しい。鴫原に会えなくて。


「……という答えは出たものの……」

 その夜、自室のベッドの上。
 スマホ片手に寝転んで、僕はうう……と唸った。

「あの時すぐ、何も言えなかった僕が悪い。それなのに今さら連絡してどうにかなるか……?」

『あんまり一緒にいると、風紀委員長の肩書きに傷をつけちゃうかな』
『もうやめよっか、仲よくするの』

 鴫原がそう言った時、返せなかった言葉。
 あれからも考えて、今ならもう、ちゃんとまとまっている。
 仮に彼らといることで風紀委員長として責められるとしても、かまわない。誤解を解けばいいだけだ。
 鴫原も御崎も影石も、悪いやつじゃない。そりゃ、科学オタクで暴走気味なところはある。でもそれだって純粋な探求心だし、そもそも欠点のない人間なんていやしない。
 周りに非難されようと、彼らと縁を切りたいとは思わない。このまま関係が途絶えるのは嫌だ。
 ──電話して、そう伝える? 以前は即答できなかったことも謝って、これが自分の本心だと。

「っ……」

 体を起こし、あぐらの姿勢でスマホを見つめる。メッセージアプリから鴫原の連絡先を表示した。
 あとは通話の発信ボタンを押せば──

「……っ、駄目だ……」

 スマホを放り出し、再びボスッと倒れ込む。
 繋がらなかったら。繋がっても冷たく拒絶されたら。それどころか、すでにブロックされていたら……? 悪い想像ばかりが渦巻いて、胸を押し潰す。

「情けない……」

 そう思いつつも、どうしても勇気が出なかった。