レンズ越しの彼らは恋を知らない


 誕生日の翌日からは、また夏休みの日常が戻ってきた。
 家か図書館で勉強をして、夏期講習に行き、両親の休みには買い物に付き合ったりする。趣味の読書にふける。
 そんな日々を過ごしているうちに登校日も過ぎ、休みも残り半月ほどになった、ある日の夜。
 風呂上がりにデスクで本を読んでいると、机上のスマホが振動を始めた。
 取り上げて画面を確認すると──鴫原。ビデオ通話だ。

「……またかけてきたの」

 応答してスマホをスタンドに置きながら、僕はそっけなく告げる。

『とか言って、ちゃんと出てくれるくせに。あ、スタンド使ってくれてる?』

 画面越しの鴫原は今日も前髪をちょんまげのようにくくり、完全おうちスタイルだ。

「ありがたく使わせてもらってるよ」
『俺も。このタオル吸水性よくてすごい使えるわー』

 画面外から、僕があげたタオルがインしてくる。どうやら彼も風呂上がりに愛用してくれているようだ。それは、贈った側としてはまぁ嬉しい。

『あと、これ。見て見て』

 次にニュッと画面に入ってきたのは、これまた僕があげたサルのマスコットだった。最初はドアップだったが、引かれるとチェーン部分がペンケースに繋がっていると気づく。

『スマホに付けてみたんだけど、ポケットに入りきらないからこっちに付け替えた』
「スマホって。当たり前だろ、そんな大きいの」
『な。登校日に付けてったら、周りから平成のコギャルかってツッコまれたわ』

 カラカラと笑って言うが、何をやっているんだ。誕生会の日は「登校日に会えたら会おう」と言って別れたものの、結局その機会はなかったので初耳だった。

「ペンケースに付けるにしても大きすぎると思うけど。キーホルダーになってるからって、無理して何かに付けなくてもいいんじゃないの」

 僕があげたからって気を遣ってくれているなら、そんな必要はないことを伝えたかったのだが……

『なんで、持ち歩きたいじゃん。けどカバンに付けると、知らないうちに落としたりしそうで怖いしさ』

 そう話す鴫原の表情は、気遣いで言っているようには見えない。持ち歩きたいというのは本心らしい。

「……邪魔になりそうだけど」
『ならないよ。ペンケースなら授業中机に出しとけるし、ベスポジだろ。真瀬と一緒に授業受けてる気分になれる』
「いや、そいつは僕じゃないから」

 即座に切り返しながら、内心ではなんだかなぁ……と思っていた。
 鴫原は最近特に、屈託のない顔でこういう微妙に恥ずかしいことを言う。こっちはそのたびにそわっとして、口からは反射的に愛想のない返事が突いて出た。だって、「それはいいな」とはとても言えない。

 『真瀬の分身みたいなものだろ』などと話し続ける鴫原をあしらって、他にもどうでもいい話をしばらくしてから、

『あ、真瀬そろそろ寝るよな。じゃーな、おやすみ』

 鴫原が言い、通話は終わった。
 時刻は11時。寝るというかそろそろ布団に入るだけだが、以前の通話で話題に出たので覚えられている。

「……なんだかなぁ」

 ベッドに移動しながら、今度は声にしてつぶやいた。
 誕生会以降、鴫原は週に2回くらい、こんなふうに電話をかけてくる。たわいのないメッセージが来ることはそれ以上だ。連絡先を交換して以来、ずっと続いている。
 ずいぶん親しくなったのは間違いない。ゲーセンでは、僕からも感謝を伝えたわけだし。

 ──『なんだかなぁ』と引っかかる一番の理由は、そのゲーセンでの出来事だ。

「……あれ、なんだったんだろ」

 ベッドで再び本を読み始めたものの、集中できずにパタンと閉じた。
 寝る前の暇な時間になると、度々こうして思い出してしまう──鴫原にされた、いわゆる『デコチュー』というやつを。
 本人は感謝の気持ちと言っていたが、たかがお礼にあんなことするだろうか。
 いや、鴫原ならするのかもしれない。元からスキンシップ過多な男だったし。

「やっぱり外国の血が入ってるとか? もしかしてハーフなのか……?」

 それなら、スキンシップ過多にもそれなりの納得がいく。
 ハーフなのかどうかは聞いてみれば即解決することだ。だが。

「……今さら聞くのもなぁ」

 そもそもやった本人はまったく気にしてなさそうなことを、自分だけが気にしているという状況があまり面白くない。そんな心境から通話の際にも聞けずにいるうち、どんどん日が経ってしまった。今から尋ねたら、『え、そんなにずっと気にしてたの?』ということになってしまう。

「はぁ……もう考えないようにするか」

 一人で考えたところで、鴫原のことなんだから確実な正解は出せない。性分的にすっきりしないけれど、聞けない以上は諦めるしかなさそうだ。
 鴫原に深い意味がなさそうなんだから、僕も気にせず流しておけばいい。感謝の気持ちと言ってるんだから、そうなのだ。

 ……そう、だよな?

「……寝よ」

 思案を放棄して横になり、もぞもぞとブランケットを引き上げた。