レンズ越しの彼らは恋を知らない


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 BBQは4時間コースで予約していたので、15時過ぎに会場を出た。
 ビルの1階から外に出ると、前を歩いていた御崎が振り返る。

「帰り、みんな駅どこだっけ?」
「俺は○○駅」
「俺は△△線だから××駅だ」

 鴫原と影石がそれぞれ別の駅名を告げる。ここは複数線が行き交うちょうど真ん中くらいにあって、アクセス方法も様々だった。

「俺も××駅。真瀬は?」
「僕は○○駅」

 御崎に問われて答えると、隣の鴫原が声を弾ませた。

「お、一緒じゃん真瀬」
「みたいだな。といっても僕はすぐに乗り換えるけど」
「じゃあここで解散するか」
「だな。次は登校日に会えたら会おうぜ!」
「おー」
「またね」

 ビル前で挨拶を交わし、反対方向に歩いていく御崎、影石と別れた。
 〇〇駅は少し距離がある。肌を刺す日差しに目を細めながら、僕たちも歩き出した。

「17歳なったなぁ」

 しばらく続いていた沈黙を破って、唐突に鴫原が独り言のような言葉を落とす。

「なんだよ、今さらいきなり」
「なんとなく。あー、真瀬と一緒に17なったんだなと思って」
「一緒ではないだろ。君は4日前になってる」
「こまかっ。一緒に祝ったんだから一緒でいいだろ」

 苦笑しつつ言ってから、鴫原はその目をどこか照れくさそうに細めた。

「楽しかった、今日。真瀬からプレゼントももらえちゃったし。マジありがとな」
「……それはお互い様」

 僕だって、もらった。それに僕も……。

「あのさ。真瀬、もう今すぐ帰んないとヤバい時間?」

 言うか言わないかのひそかな逡巡を、鴫原の問いが中断させる。

「いや、そんなことないよ」
「じゃあ疲れた? 早く帰りたい?」
「……? 別にそこまで疲れてはないけど……」

 返事しつつも質問の意図がよくわからずにいると、

「んじゃ、寄り道してい? まだ遊び足りないんだよな、俺」

 鴫原は足を止め、僕の右手首を掴んだ。

「え……寄り道?」
「うん。この近くでいいからさ」

 声音はいつも通りだ。けれど、掴まれた手とじっと見てくる目に、さらりとかわせない熱意を感じる。
 なんだろう。楽しくはあったけれど、BBQを食べるだけじゃ物足りなかったということか。

「……1時間くらいならいいけど」

 OKすると、鴫原の瞳が嬉しそうに輝いた。

「決まり! どこ行く?」
「僕はわからないから任せるよ」
「じゃあゲーセンでも行くか。たしかあっちのほうに──」

 言うなりパッと手を離し、スタスタと歩き出す。

「ちょ、速いって」

 僕は慌てて追いかけた。しばらく行くと、ビルの1階から3階まである大きなゲームセンターに到着する。

「真瀬、ゲームとか詳しい?」
「全然」

 ゲームセンターも、子供の頃に親戚の子と数回しか行ったことがない。

「そか、なら適当に見て回ろ。あ、俺が誘ったんだし奢るから」

 さっそく入口へ入っていく鴫原を、また後ろから追いかける。中は通路が広めに取られていて、僕の記憶にあるゲームセンターよりゆったりと歩けた。とはいえ、きょろきょろしながら進んだところで最新のゲーム機なんて何が何やらわからない。

「どれがいっかなー……レースゲームとかしてみる? 対戦しよ」

 カーレースか。それならドライブ好きの父親の運転をよく見ていたので、できそうな気がする。
 ……と思ったのだけれど。

「うわっ、コースアウトした!? なんで!?」
「真瀬ハンドル回しすぎ! あとアクセルとブレーキ逆じゃない?」
「えっ、そうだったか!? じゃあこう……?」
「いやそれ逆走してる!」
「えええっ、どうして……!?!?」

 ──結果、僕の惨敗。

「……うーん、レースゲームはちょっと難しかったかもな。ガンシューティングはどう?」
「銃で撃つやつ?」
「そう、とにかく撃てばいいやつ。対戦じゃなくてチーム戦でやろ」

 狙って引き金を引けばいいだけか。うん、できそうだ。
 さっそく2人並んでマシンに入り、銃型のコントローラーを構えた……のだが。

「真瀬、そっちの敵! 撃って撃って!」
「わっ、わかってるって! このっ!」

 バンッ!

「うえっ!? ちょっ、待って! ビリッて震えた! 床も! 何これ!?」
「最近の臨場感あるんだよ。ほら次、どんどん撃たないと迫ってくるから!」
「近っ!? ていうか化け物リアルすぎじゃないか!?」

 バンバンッ!

「ひぃっ、返り血!? 無理、怖っ……!」

 ──そして数分後。

「……僕に遊べるゲームはないってことがよくわかった……」

 ゲームもけっこう身体能力を要するんだな……。
 よろっと壁に手を突いた僕の背中を、鴫原が慰めるように撫でる。

「決めつけるのは早いって。まだ2つ3つ試しただけじゃん」
「検証には充分な時間だ……」
「そんなことないから。上のフロア行こう」

 めげない鴫原はポンポンと肩を叩いて促してくる。ほぼ諦めつつもついていくと、ひとつ上のフロアはだいぶ様相が違っていた。

「あ……クレーンゲーム……?」

 どうやらクレーンゲーム専用フロアらしい。そういえば店の表や入口付近にもいくつかあったが、より多くの機体が並んでいた。景品も様々だ。

「これなら真瀬のペースでやれるし、けっこう頭使うから楽しいよ」
「そうか、うまく景品を取れるかは力学や物理学の応用……なら鴫原も得意なんじゃ?」
「まぁ、そこそこ?」
「よし、やってみよう」

 僕は適当なゲーム機に歩み寄る。望みを見出し、ここまでの散々な結果を取り返したいという思いが湧き上がってきた。何かひとつでも取れれば気分も挽回するだろう。

「これでいいの?」
「うん、これでいい」

 僕が選んだのは動物のマスコットキーホルダーのクレーンゲーム。マスコットはけっこう大きめで10㎝くらいある。
 もっと大きい品のほうが取りやすそうな気もするが、目についた直感で行くことにした。漫画やアニメのキャラものではなく、ただデフォルメされた動物のマスコット。愛らしくて癒される。

「はは、可愛いなこれ。んじゃ、真瀬やってみなよ。俺も協力する」

 言いながら、鴫原がコード決済で支払いしてくれた。

「ありがとう」

 僕はパネルの前に立ち、機体横に書いてある操作方法を見る。
 クレーンゲームも人生初体験だけれど、感覚さえつかめればできるだろう。静かに呼吸をして、操作ボタンに指を置いた。

「どれ狙う?」

 鴫原がワクワクとケースの中に視線を巡らせる。

「あそこのサルのやつが取りやすそうじゃないか?」
「いいと思う。重心、一見頭っぽいけど多分お尻側だから注意な」
「え、そうか。わかった」

 そんな感じで、鴫原のアドバイスを受けながら慎重にアームを動かし……

「──あ、奥行き過ぎたかも」

 思った通り、掴めたもののマスコットはするっと落ちてしまった。

「惜しい、もうちょい手前だったな。今動いたから、手前のアームが足の間に入るように引っかけるといいかも」
「そうだよな。次やってみる。あと支払い、こっち使って」

 僕は自分の交通ICを渡した。こうなったらしばらく粘りたいので、いつまでも奢らせるのは申し訳ない。

「いいの?」
「うん、ちょっと頑張ってみたいし」
「了解」

 鴫原はニッと口角を上げてカードを受け取った。
 そうして、さらに挑戦すること数回──

「入った!」
「おお!」

 ようやく見事に落とし口へマスコットが落ちた瞬間、僕たちの声が重なった。

「やるじゃん、真瀬!」
「けっこうかかっちゃったけど」
「んなことないって。小さめのムズいから、この回数で取れたら上出来だよ」

 あ、やっぱりそうだったのか。でも難しめのものが取れたと思うと余計に嬉しい。

 僕は屈んで、取出口からマスコットを取り出した。
 ずんぐりしたフォルムと小さな目がなんだか笑える、茶色いサルのマスコットだ。チェーンがついているけれど、キーホルダーにするにはやっぱり大きい。
 でも……なんか、苦労して取った分愛着が湧くな。
 指先で軽く頭を撫でてから、僕はそいつを鴫原に差し出した。

「はい、あげる」
「えっ、俺?」

 鴫原は意表を突かれたように目を丸くする。

「なんで、俺はいいよ? 真瀬の金で取ったんだし」
「いや、お金がどうこうじゃなくて、単に僕があげたいだけ」

 さらにぐっと突き出すと、鴫原は戸惑いを残しつつも受け取ってくれた。

「……これも誕プレってこと?」
「ううん。誕プレというよりは……お礼。今までの」
「……? 今までって?」

 鴫原はますます不思議そうに首を傾ける。
 急にこんなこと言われても、そりゃそうなるだろう。
 気恥ずかしいけれど、きちんと言わないと伝わりそうにない。それに、テンションの上がっている今でないと言えなそうだ。
 一度呼吸をしてから、僕は再び口を開いた。

「僕も今日、楽しかったし。今日だけじゃなくてこれまでにも、君たちのおかけで楽しいことあったから。その、お礼」

 BBQ会場では言わなかった。それに会場を出てから鴫原が『楽しかった』と言った時にも、返しそびれたけれど。
やっぱり今日は伝えておきたいと、さっき思った。

「君たちのこと、最初は何度も騒動起こす問題児だとしか思ってなかったし、お目付け役を引き受けたのも渋々だった。始めてからも、無茶苦茶なやつらだなって思うことが何度もあったんだけど……」

 慣れない行為に視線は泳ぐし、鼓動も速くなっていた。ちらっとうかがった鴫原は驚いているのか、感情がはっきりしない瞳で僕を見ている。
 ほんの少し不安を覚えたけれど、僕は先を続けた。

「実験への探求心とか、楽しみたいっていう姿勢とか。そういうのは純粋なものなんだってわかって、段々、その……一緒にいるのも嫌じゃないっていうか、僕の中でそんなに特別なことではなくなってきたんだ」

 そう、気づけばAG班のみんなといるのは、僕にとってそこまで特別なことではなくなっていた。悪い意味ではなくて、いい意味で。
 僕の生活の中で異質ではなく、普通の日常の一部分になっていた。もっと有り体に言えば──

「今でも僕、大勢で賑やかに騒いだりするのは苦手なんだけど。君たちといるのはそんなに苦痛じゃないし……今日みたいに楽しいとか、居心地いいって思える時間もあって」
「……!」

 鴫原の瞳がかすかに揺らめく。それに気づいた瞬間、僕はなぜかもう目線がそらせなくなった。そこからはレンズ越しの瞳を合わせて、一息に告げる。

「鴫原たちには、これまでの僕が知らなかった色んな感覚を教えてもらってる。僕は独りのほうが気楽だし、友達付き合いなんて別に必要ないと思ってた」

 実際、そんなものなくても支障はない。学校生活は今まで通り、これからも問題なくおくれるだろう。

「でも今は、そういうのも悪くないって思えてる。今日みたいに遊ぶのも楽しかったし……そういえば風紀委員のメンバーとも、会話が広がったんだ。これもきっと君たちの影響」

 なくても困らなかったものだとは思う。けれど手にした今が、僕はくすぐったいながらも心地いいから。

「だから、そういうの全部ひっくるめてのお礼。……ありがとう」

 はにかみながら最後にそう告げ、僕はふーっと息を吐いた。
 長々と話すのは委員長業務で慣れているはずなのに、緊張したしどっと疲れてしまった。
 そして言い終えてからのほうが恥ずかしいし、鴫原の反応も怖い。こわごわと目線を合わせて返事を待っていると──

「……それって俺に限ったことじゃないのに、俺だけがもらっていいのかな」

 俯き、手の中のマスコットを見ながらぽつりとつぶやく。

 そんなこと、と思った。
 もちろん御崎と影石にも同じ感謝はしている。けれど真っ先に誰かと言われれば、他にいない。

「一番僕をそっち側に引っ張ってってるのは君だろ。鴫原がお目付け役を言い出さなきゃ始まってない」
「……そっか」

 勢い込んだ返答に誘われたように、再び鴫原が顔を上げた。呆けたような表情が、じわじわと笑みに塗り替えられていく。

「俺が、一番なんだ」
「そうだよ」

 ああ、本当にとんでもなくこそばゆい。けれど同じくらい、鴫原が笑ってくれてほっとしている自分がいた。

「うわぁ、どうしよ。超いいもんもらった気分」

 鴫原が急にそわそわと落ち着かない態度になる。マスコットを両手でしっかり持って、何度も僕と見比べたりしていた。

「嬉しい。あと、さっきの真瀬の顔すっごいよかったわ」
「え、さっきって?」
「いやもう全部。俺らといんのが居心地いいって言った時も、ありがとうって言った時も、俺が一番だって言った時も。ヤバかった、グッときた」
「はぁ……?」

 どうヤバかったんだろう。そんなに興奮しながら言われても僕にはピンと来ないけれど……

「サンキュ、真瀬」

 ふっと視界が陰った。と思った時には額に感触を受け止めて、思考が止まる。

「は──……」

 ……え? 今、何が起こった?
 顔を上げると、目の前で鴫原がニッコニコしていた。
 距離が近い。さっき額に触れた柔らかくてしっとりした感触は、どう考えても……。

「なっ……何してんだっ、君っ……!?」
「え、あ……」

 鴫原がパチッと目を瞬く。無自覚の行為に遅れて意識が追いついたように、思案の顔になった。答えを探すように斜め上を見て、

「なんだろ。なんかすげー嬉しかったからしたくなった。感謝の気持ち?」
「はぁぁ……っ!?」

 感謝の気持ちでおでこにキス? 外国人か。日本だぞここは。
 不測の事態に心臓はドクドクと鳴り、顔も熱い。怒り冷めやらず、さらに抗議しようとしたけれど……

「それよか、もっと遊びたいけど真瀬は時間まずいんじゃない?」

 言われてハッと時計を見ると、たしかに1時間以上経っていた。もう帰らないと夕食に間に合わない。

「か、帰るぞっ」
「うん、帰ろ」

 ズカズカとエスカレーターへ向かう僕に、軽やかな足取りで鴫原がついてくる。自分がしたことなんて、すでにまったく気にしていない顔だ。
 ──なんなんだよ、本当に。
 色々見直して、いいやつだと思ってるけど……やっぱりこいつ、永遠に掴み切れないかもしれない。