レンズ越しの彼らは恋を知らない


 8月7日。僕の17歳の誕生日当日。
 午前11時に、僕たちは『合同お誕生会』の会場で待ち合わせた。

「おー、すっご! ちゃんとキャンプ場じゃん!」
「テントデカいな……!」
「しかもオシャレ! いいねいいね!」

 御崎、影石、鴫原が歓声をあげる横で、僕も小さく息をのむ。
 御崎主導で会場に決定したのは、繁華街にあるビルの屋上グランピング施設。
 複数のテントとBBQ設備があって、手ぶらでキャンプ気分が楽しめるというものだ。
 スポーツ系以外で、程よくアウトドアっぽさもある。なかなかいい案だと思っていたし、いざ会場を目の前にすると……うん、これはたしかに僕もワクワクする。香ばしいBBQの匂いが漂ってきているし、テントも豪華だ。

「俺らのテントあそこだって」

 受付を済ませてくれた御崎が、右奥のテントを指差した。さっそくそちらに向かう。
 ウッドデッキにBBQテーブルとチェアがそろっていて、大きなパラソルが日陰を作っていた。その奥にある開け放されたテントの中にはカーペットが敷かれ、ローテーブルとたくさんのクッションが覗いている。食べ終わったらテントの中でゴロゴロできるだろう。
 屋外だけど空調設備が働いているようで、そんなに暑くないのもありがたい。

「楽しそうだね?」

 隣に立つ鴫原がちょんと僕の脇腹を肘でつついた。

「うん」

 目を合わせて答えた後、僕はふと気づく。
 ──鴫原、またピンク着てるな。

 そういえば、彼らと私服で会うのも今日が初めてだ。
 御崎はオフホワイトのハーフパンツにブラウンのシャツ、中にはレモンイエローのTシャツ。
 影石は黒のカーゴパンツに、カーキのツイードTシャツ。
 僕はグレーのパンツに、ネイビーのハーフジップシャツ。
 そして鴫原はベージュのパンツに白T、その上に淡いピンクのシャツを羽織っていた。

「ピンク、好きなの?」

 尋ねると、鴫原は一瞬きょとんとしてから小さく笑った。

「そだね。似合うっしょ?」
「……まぁ、うん」

 たしかに似合っている。鴫原自身色素が薄いし、眼鏡のフレームも赤系だし。
 顔も整っていて……こうして見ると本当にいい男だ。今さらだけど。

「真瀬も似合ってる。私服姿新鮮でいいわ」
「それはどうも」
「サコッシュ斜め提げしてんのも可愛い」
「……僕の話はもういいよ」

 僕はファッションにさほどこだわりもないので、褒められてもどう反応していいかわからない。しかもこんなに顔面偏差値の高い男に。

「おいそこ、何してんの~? 肉焼こうぜ、肉!」

 スタッフが運んできた食材を受け取った御崎が、僕たちを手招いた。

「あ、ごめん」

 まだこっちを見ている鴫原の視線を振り切るように、急いでウッドデッキに上がる。

「照れ屋さんだなぁ、真瀬は」

 後ろから聞こえてきた楽しげな声は無視した。
 そうして4人でせっせと網に食材を並べ、飲み物を用意して、体裁が整ったところで──

「聖、真瀬、17歳おめでとー! 乾杯っ!」

 御崎の音頭でグラスを合わせ、『お誕生会』が始まった。

「どーもどーも」
「あ、ありがとう」

 にこやかな鴫原と、ぎこちなく応える僕。やっぱりこういうのは慣れていないので無性にくすぐったい。
 でもそれも最初だけで、そこからは大忙しだった。何しろBBQなので、どんどん焼けてくる。

「その肉もういけんじゃね?」
「うっまっ! これめっちゃうまい! もっと焼こ!」
「肉ばっかり一気に焼きすぎだよ、御崎」
「おい誰かピーマン食え、焦げる」
「おまえが食えばいいんじゃねーの、匡」
「俺は必要ない。ビタミンやベータカロテンは他の野菜から摂取してる」
「苦手ですゴメンナサイって言え。好き嫌いはダメよ、匡ちゃん」

 と、あれこれ言い合いながらしばらくは食べることに専念し。
 あらかた落ち着いた頃に、御崎が言った。

「そんじゃ、そろそろテント入ってプレゼントお渡し会やるか~」
「そうだな」

 影石がうなずき、残った食事も持ち込んでテントに場所を移す。
 『せっかくなのでプレゼントお渡し会やるぞ』と聞いていたので、僕は鴫原に渡すものだけ用意してきた。
 思い思いの場所に座ると、再び御崎が仕切り始める。

「じゃあまずは、今日が誕生日の真瀬から」
「えっ、そこは先に誕生日来てる俺じゃねーの?」

 すかさず鴫原がツッコむが、顔が笑っているので単なる冗談のようだ。

「文句言うな。ほい真瀬、これは俺から!」
「おめでとう」

 御崎と影石がぽぽいっと小さな包みを投げるように渡してくる。その後、隣に座る鴫原も片手でスッと紙袋を差し出した。手のひらより一回り大きいくらいのサイズだ。

「おめでと」
「ありがとう」

 3つのプレゼントを手に、僕は軽く頭を下げた。家族以外からプレゼントをもらうのも、親戚の交流が盛んだった小学生の時以来だ。昔はこういう時、どんなリアクションをしていただろうか。
 そんなことを考えて落ち着かずにいると、鴫原が体をこちらに寄せてきた。

「開けてよ」
「あ、うん」

 見守られながら、ひとつずつ開封していく。
 御崎はシャー芯×10個、影石は靴下、鴫原は木製のスマホスタンドだった。

「いや充、シャー芯って」
「よかったな真瀬、卒業までもう買わなくていいぞ」
「そうだね、当分持ちそう」

 そんな苦笑混じりの会話に続けて、鴫原が自分の贈ったスマホスタンドにトンと指を置く。

「真瀬こういうの持ってないだろ? 今度から俺と通話する時使ってよ」
「え……そのためにこれ?」
「ま、あればビデオ長電話もしやすいなーと」

 そんな機会あるだろうか。僕からかけることは間違いなくない。と、いつもなら思ったまま口にするところだけれど……。

「……そういう時があればな」

 相変わらずそわっとする感覚の冷めないまま、僕はつぶやくように答えた。

「よしっ、次は聖の分!」

 御崎の声にハッとして、持参した紙袋を手元に引き寄せる。
 またぽいぽい袋を投げ渡す御崎と影石に続いて、鴫原に手渡した。

「お、真瀬のデカ。けど軽い……なんだろ」
「さぁさぁ開封の儀だ、聖」

 御崎に催促され、鴫原がさっそく袋を開け始める。
 御崎は消しゴム×10個、影石は僕のと同じく靴下。
 そして僕が贈ったのは、スポーツタオル。

「わ、ふわふわのタオルだ。手触りいいー」
「う、うん」
「なんでこれにしてくれたの?」

 タオルを手に、鴫原がホクホクと聞いてくる。

「こういうの今までしたことなかったから、何を選べばいいかよくわからなかったんだけど……。実用性のあるものなら、どこかでは使ってもらえるかと思って」
「したことなかったって、人に誕プレあげたのが初めてってこと?」
「家族以外で、僕個人から誰か個人にっていうのは」

 僕がうなずくと、鴫原はじんわりと笑みを深めた。

「そうなんだ。やった、初めてのもらっちゃった」
「よかったなー、聖」
「うん。使う、めっちゃ使う」

 力を込めて言いながら、タオルを頬に当ててすりすりしている。
 ……気恥ずかしいけれど、気に入ってもらえたのならよかった。

 誕生日を一緒に祝って、プレゼントを渡して、もらって。
 今日は僕にとって初めて尽くしの1日だ。
 いつもの8月7日は、昼間は課題をして家で過ごし、夜に家族が祝ってくれる。
 今夜も家族は、普段より少し豪華な食事とケーキでお祝いしてくれる予定だ。
 夏休みの最中(さなか)だし、両親は共働きで昼間はいないし、毎年変わらない過ごし方。
 だから、昼間の時間をこんなふうに過ごすなんて、去年の自分は想像もしていなかった。

「……こういうのも、悪くないな」
「ん? なんか言った、真瀬?」

 ぽつりとこぼれた声は、会場に流れるBGMにかき消されて隣の鴫原にも届かなかったようだ。
 けれど、つい漏れてしまった言葉だからそれでいい。

「なんでもない」

 首を横に振りながら、心の中でだけ『ありがとう』と繰り返した。