レンズ越しの彼らは恋を知らない


 7月に入ったばかりの金曜日。今日は毎月恒例の、風紀委員定例会議の日だ。
 今回の主な内容は期末テスト期間中の校内巡視と、夏休みの登校日に行う風紀チェックについて。いつものように僕が議事進行、浅香さんが書記役を務め、会議は淡々と進んでいく。

「……では、以上で解散とします。お疲れ様でした」

 無事話し合いを終えて僕が締めくくると、委員たちも口々に挨拶しながら席を立った。

「真瀬くん。部活停止期間中、科学部って大丈夫そう?」

 PCを閉じて立ち上がった浅香さんが尋ねてくる。僕が答える前に、彼女の隣にいた新条くんも会話に入ってきた。

「そういえばあいつら、中間の時に1回騒ぎ起こしてるよな」

 定期テストの際は、その5日前から部活動停止期間に入る。今回ももう間もなくだ。けれど5月の中間テストの際、鴫原たちAG班はこっそり実験をしていたうえに異臭騒ぎを起こした。なので、

「またやるんじゃねーの」

 と、新条くんが嫌そうな顔で言うのも理解はできた。

「でも、真瀬先輩がお目付け役をやったおかげで体育祭も問題なく終わりましたし、大丈夫じゃないすか。真瀬先輩、なんかすっかりあの人たちと仲良くなってますよね」

 ぴょこっと首を伸ばして井口くんも加わってくる。
 僕がAG班の3人と一緒にいるところを度々目撃されたので、風紀委員のメンバーにも聞かれればお目付け役をしていたことを話してあった。

「別に、そこまで仲良くはないけど」

 反射的に否定しつつも、内心ではどうなんだろうという思いだ。
 体育祭の打ち上げをした翌日以降も、鴫原たちは廊下で会えば向こうから「よう」と声をかけてくる。鴫原からはメッセージアプリにどうでもいい連絡が来ることもあった。
 『今日あっちぃな』とか『駅前に新しい本屋できてたな』とか、『次自習になった』とか、本当にたわいもないこと。僕が『そうだね』『そうなんだ』と返すとそれで終わる。
 でもその程度だ。これを『すっかり仲いい』と評していいのかどうかは、僕にはよくわからない。
 とはいえ、今はせっかく鴫原への連絡手段があるので、

「部活停止期間中に活動しないよう、釘は刺しておくよ」

 そう話すと、新条くんが驚きと苦さの入り混じったつぶやきを落とした。

「まさか真瀬があの鴫原と仲良くなるとはな……」
「いやだから、そんなに親しいわけでもないって」

 妙にしみじみ言うので、再び否定しておく。その直後、

「お腹すいた~! 何か食べて帰らん?」

 傍らにいた集団から賑やかな声があがった。2年と1年が数人、集まっている。

「いいね、行こ行こ!」
「駅の西口にできたバーガーショップどう? チェーンじゃなくて個人経営っぽいとこ」
「あっ、そこ私も行きたいと思ってた!」
「決まりだな、行く人挙手~!」

 はいはいと、周りにいた委員たちが手を挙げる。井口くんもピンと手を挙げてそちらの集団に移っていった。
 けっこうな大人数になっている。校則では、『長時間居座ったり騒いだりしなければOK』だけど。

「でもあそこ、おいしいのかなー?」
「個人経営のとこ未知だよね。外すとヤだな。レビュー見てみる?」

 誰かが言い出し、集団に悩む空気が広がった。
 僕はふと気づく。駅の西口にできたバーガーショップって、前に鴫原が3人で行ったと話していたところだ。

「おいしいらしいよ。自家製バンズが種類選べて、野菜もたくさん入っててお薦めだって」

 鴫原のメッセージを思い出しながら、そのまま口に出す。
 すると、複数の視線が一気に僕へ突き刺さった。

「えっ!?」
「へ、今の委員長……?」

 あれ、なんだかものすごく驚かれている。

「あ、ごめん……僕、余計なこと言ったかな……?」

 僕も困惑し、こわごわと聞き返した。

「っと、そうじゃないんだけど……真瀬くんがこういう話に入ってくるの、初めてだったから」
「ちょっとびっくりしただけ、悪い悪い」

 2年の委員がそう答えると、周りの子たちもうんうんとうなずく。
 ……自分では無自覚だったけれど、言われてみればそうかもしれない。
 そもそも委員たちと、委員の仕事以外の話をした覚えがほぼない。
 今のは委員の立場関係なしの、完全な雑談だ。それに僕は、特に深く考えず、自然と割り入っていた。

「……そうか。びっくりさせてごめん」
「謝ることじゃないって! 情報サンキュー!」
「うんうん、助かります。お薦めならあの店行きましょ、先輩!」
「おう、そうだな」

 店に行くメンツはまたわいわいと話し始めた。微妙な空気がすぐに消えてくれたのでほっとする。
 と、2年の一人が僕を見ながら、少し思い切ったような口調で告げた。

「というか、真瀬も行く?」
「え……僕?」

 僕はぽかんと口を開いた。
 まさかこの僕が誘われるとは。想定していなかった事態で、とっさにリアクションできない。

「あ、いや、無理にとは言わないけど。今まであんま委員の話以外したことなかったし、この1年一緒にやってく仲間としていい機会かなって」

 僕が固まっているので誘った相手もそわそわし始めた。けれどそれを払拭するように、周囲からも声があがる。

「いいですね、委員長も行きましょうよ」
「賛成! 俺も、前から真瀬先輩ともっと話してみたいって思ってたんす!」

 ひときわ勢い込んでそう言うのは井口くんだ。そんなふうに思われてたのか……。

「えっと……」

 委員会のメンバーと、大人数で外食。誘われたとして、いつもの僕ならそんなのまったく行く気にならない。脊髄(せきずい)反射で即断っているだろう。
 けれど今日の僕は、その反射が働かなかった。

 なんだろう……戸惑ってるけど、嫌な気分じゃない。
 『1年間一緒にやっていく仲間』と言われたこと。誘われたこと。それ以前に、バーガーショップなんて今までは縁のなかった店の情報が僕の中にできていて、自分から自然と会話に加わっていたこと。
 そういうこと全部が、自分でも不思議だけれど……わずらわしくない。こうやって冷静に考えると、気恥ずかしくはあるものの。

「ありがとう。でも家で夕飯用意されてるから、今日は遠慮しとく」

 言葉を探して、僕はそう答えた。
 これも本当だし、この人数で行ったらだいぶ騒々しそうだなと思ったのもある。それはやっぱり苦手だ。
 でも断るのを少し申し訳ないと思う程度には、誘ってくれてありがとうという気持ちだった。だから最後に、もう一言言い添えた。

「みんなは楽しんできて」

 そう伝えた時の僕は、勝手に微笑みが浮かんでいたような気がする。

「そっか、じゃあまた次の機会に」
「次は一緒しましょうね、委員長!」
「それじゃお疲れ様~!」

 店に行く一行は、にこやかに手を振って部屋を出ていった。つられて控えめに手を振り返していると、

「おい、真瀬が手振ってるぞ……」
「……なんか丸くなったね、真瀬くん」

 隣で浅香さんと新条くんが、親みたいな目をして顔を見合わせていた。

「つ、ついだよ」

 振っていた手をぎこちなく下ろす。たしかにらしくないことをしてしまった。
 バーガーショップ情報が僕にインプットされたように、こんな変化もAG班の面々と話すようになったからだろうか。
 自分の中に、これまでなかった新しい部分ができている……のかもしれない。
 そんなことを考えながら、中断されていた荷物の片付けを始めた。