レンズ越しの彼らは恋を知らない


 体育祭を無事に終え、振休明けの火曜日。
 登校してしばらくすると、鴫原くんが教室にやってきた。

「今日の放課後、リレー成功祝いの打ち上げやるから」
「は……打ち上げ?」
「そう。真瀬も参加な」

 ピッと人差し指を突き付けて宣言される。

「僕はいい──」
「ダーメ。そう言うと思ったからわざわざ直接誘いに来てんだよ」

 僕の返事を最後まで聞かず、鴫原くんは前の席に座った。椅子の向きは変えないまま、またいで後ろ向きにドカッと。ちなみに席の主はまだ登校していない。

「なんでまだ、そんなにそっけないかなー、真瀬は。閉会式の後は誉めてくれたじゃん」
「それはまぁ……そうでしょ」

 体育祭当日、教室から持ってきた椅子持参で撤収している時に、偶然鴫原くんと遭遇した。その時僕は、「成功おめでとう、すごかったね」と伝えたのだ。
 あれだけ観客を興奮の渦に巻き込んで盛り上げたら、他に伝える言葉はない。

「MVPも俺らが獲れそうなんだよ?」
「うん、さっき誰かがそう言ってるの聞いた」

 今年は新聞部とパソコン部が共同で、体育祭専用WEBサイトを作った。そこでは生徒の書き込みをもとにMVPを選出するのだが、それも科学部が獲りそうなのだという。
 日野会長も舌を巻いて逃げるしかない結果だし、影石くんが狙うような入部希望者殺到、予算アップも……もしかしたらあるかもしれない。

「こんなにめでたいのに、打ち上げ来たくないってどーゆーコト?」
「いやだって、君たち絶対騒がしいだろ」

 これもまた、他に言葉はなかった。AG班の活躍は素直に称賛するし、こんなヒーローに仲間扱いされるのも今となっては悪い気分じゃない。けれど別問題として、僕は複数人でのどんちゃん騒ぎが根本的に好きじゃないのだ。
 でも鴫原くんは、そんな断り文句で諦める気はないようで、

「学校でやるんだからそこまで騒がないって。理科室でお菓子食べながらよかったねーって話すだけ。メンツも俺ら3人だけだから。な、来てよ~」

 机の上に置いていた僕の手にすがってくる。周りから、『何事だ?』という視線がちらちら飛んできた。

「離せって……本当に大騒ぎしない?」
「しないしない」
「……わかったよ、行くよ」

 諦めて告げると、鴫原くんはパッと顔をほころばせて立ち上がる。

「よし、約束。待ってるからな!」
「はいはい」

 ウキウキと去っていく鴫原くんを、僕は苦笑しながら見送った。


 そして放課後。
 理科室を訪ねると、3人はテーブルにお菓子と飲み物をずらっと並べて座っていた。

「お。来たか、真瀬。おいでおいで」
「そろったな。んじゃ始めるかー!」

 鴫原くんが僕を手招き、空いている椅子に促す。御崎くんが立ち上がり、2Lボトルの炭酸ジュースを使い捨てコップに注ぎ始めた。
 僕のことを待っていてくれたらしい。僕はおまけなんだから先に始めていてもいいのに……なんとなくくすぐったい。

「では、部活対抗リレーの大成功を祝して──乾杯!」

 飲み物が各自に回ったところで、鴫原くんの音頭に合わせて乾杯する。

「やー、ほんっと、うまくいってよかったよなー!」
「うん、よかった。風が強かったらもっと際どかった」
「運を味方につけるのも俺らの才能ってか」
「俺は強風でもよかったけどな。それはそれでスリルあって楽しいじゃん」
「出たよ、聖の刺激中毒」
「中毒言うな。まあでも、それも強度に自信なくちゃ言えないよな。あの強度出せたのは匡のおかげだわ。マジあんがとー、匡」
「どういたしまして。けどスモークのほうは鴫原のアイデアなかったらヤバかった」
「あー、あれね。やっぱ俺天才?」
「調子乗るなー、聖ー」

 ……うるさくはないけど、よく話すな。
 飲み食いしながら途切れることなく続く会話を、僕はジュースを飲みつつ聞いていた。
 流れるようなやり取りと砕けた様子で、改めてこの3人は本当に仲が良く、信頼し合っているのだなと感じる。
 そんな中に僕が加わっているなんておかしな気分だ。1カ月前には注意をしに来た時以外、ほぼ会話したこともなかったのに。

「真瀬はさ、客席で見ててどうだった?」

 ふいに鴫原くんが僕へ尋ねた。

「どうって?」
「楽しかった? ドキドキした?」

 楽しくて、ドキドキ、か……。
 ──そうだな。あの感情は、普段味わうことのないものだった。

「うん、した。シャボン玉は綺麗だったし、割れないのすごいけど、ゴールまで割れないかハラハラしたし、ドキドキしたし。無事にゴールした時は感動した。僕も、他のみんなもそうだったと思うよ」

 あの時の感覚を思い出すと、今もまた高揚で胸がふわっと軽くなる。

「そっか、よかった」

 鴫原くんは頬杖を突き、にっこりと目を三日月の形にした。歓喜というよりはじんわり嬉しそうな顔だ。それが大げさに喜ぶよりよほど本当っぽくて、また妙にこそばゆい。

 やっぱり不思議な感じだ。
 僕はあくまで監視役で、彼らとそこまで親しくなったつもりはない。でも監視を始めた頃のような居心地の悪さは、もうなくなっていた。
 わいわい騒ぎ出すとうるさいなと顔をしかめたくもなるが、僕は迷いなくそれをそのまま口に出すだろう。彼らも「ごめーん」とか「はいはい」と言って、聞き入れてくれると予想がつく。

 意識しないうちに、4人でいることにずいぶんと慣れたようだ。
 そんなことを考えながら3人を眺めていて、僕は気づいた。
 御崎くんがパリッとかじったスナックの欠片が、下に落ちた。

「御崎くん、今お菓子落ちたよ」
「えっ、マジ?」

 慌てて下を向いた御崎くんは、途端に顔をしかめる。

「あー、シャツに油ジミついた」
「アレあるだろ、匡特製の強力シミ抜き」

 鴫原くんが思い出したように影石くんを見るも、彼は首を横に振って、

「今ない。もう使い切った」
「そか。アレあったら即落ちなのにな」

 強力シミ抜き……そんなものも作ってるのか。

「影石くん、多才なんだね」
「シミ抜きは簡単だ、大したことない」

 即答する影石くんを「へぇ」と感心の眼で見ていると……

「ところでさー」

 注意を引くためか、鴫原くんが僕の前にスッと手を伸ばしてくる。

「真瀬、俺らに『くん』付けそろそろやめない?」
「え……」
「あ、それ俺も思ってたわ。『御崎くん』とか呼ばれんの慣れてねーんだよな」

 シミは放置することにしたらしい御崎くんが即座に同意した。

「そう言われても、僕はこれが普通なんだけど」
「いや、俺ら的には堅苦しい! 変えて変えて」

 有無を言わさぬ口調で鴫原くんが乞うてくる。これは影石くんが言うところの、『決めたら聞かない』状態か。

「じゃあ、『鴫原』って呼ぶよ」
「うん。『聖』でもいいけど」
「それはない」
「えー、つまんな。そしたら俺も下の名前で呼ぶのに。なんだっけ名前?」
「亜樹だけど……やめて、苗字でいい」

 そう言った後で、思いついて付け足す。

「影石く……影石も、2人のこと名前では呼んでないよね」
「まぁそうだな」

 当の影石がさらっと答えた。

「どうして?」
「別になんとなく……鴫原のことを前からそう呼んでるから、御崎も御崎ってだけ」
「……へえ?」

 つまり、鴫原と知り合ったタイミングと、御崎と知り合ったタイミングが違うということだろうか。

「俺と匡は中学ん時の塾が一緒だったんだ。んで、充は小学校ん時の親友。中学別れて疎遠になってたけど」

 疑問を察した鴫原が説明してくれる。でもちょっとややこしい。

「じゃあ全員、中学は別々なんだ?」
「そう。で、俺が去年ここに編入してきて、充とも匡とも再会した。匡は最初から科学部だったけど、充が入ったのは俺と同じタイミング」
「俺はもともと科学にはそんな興味なかったんだけど、聖が入るなら入るかーって。聖が中学ん時仲良かったやつもいるっていうし、そんなん絶対楽しいからな」

 御崎が補足する。
 なるほど、御崎と影石が知り合ったのは、鴫原が編入した去年の2学期だったのか。そうすると、3人での付き合いはまだ1年経っていないということだ。

「意外。もっと付き合い長いかと思ってた」

 それこそ、全員小学校や中学校からの幼馴染と言われたほうがしっくりくるくらい。
 考えてみたら鴫原は転入生だから、その可能性は少ないわけだけど。
 あれ、でも再会したということは、鴫原は昔からこの辺の学区だったということだ。遠方から引っ越してきたわけじゃないのか?
 また少し混乱し始めた時、鴫原が言った。

「仲の良さって一緒にいた時間の長さで決まるもんじゃないっしょ。その時間をどういうふうに過ごしたか、だよ」
「……たしかに」

 それはそうだ。同じ期間だとしても、どう相手と接するかによって築ける関係は変化する。
 例えば、いつも近い距離感で接してくる鴫原と、誰とも必要以上の会話を望まない僕。築いてきた人間関係は、天と地ほど違うだろう。
 僕には友達と呼ぶほどの相手はいない。別に、特段それを問題視したこともないけれど。

「それより、ジュース足りねーな。追加必要だろコレ」

 ふいに御崎が言い出し、僕は思案から醒めてテーブルを見た。言われてみればジュースもお菓子もだいぶ減っている。一番消費しているのは当の御崎だと思うけど。

「じゃあ、ジャン負けしたやつ買い足しな。ジャーンケーン──」