恋を研究していたら、研究対象と恋をした

 文化祭当日。

 朝から学校は、いつもとは違う熱気に包まれていた。

 校門には大きな看板。

 廊下にはクラスごとの飾りつけ。

 あちこちから笑い声が聞こえる。

「……本当に始まったんだ」

 浩人は校舎を見回した。

「緊張してる?」

 隣から声がする。

「少し」

「僕も」

「先輩も緊張するんですね」

「するよ」

 律は笑った。

「今日は君と一緒だから」

「……」

 朝から。

 その言葉は反則だと思う。

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 二人は並んで歩き出した。

     ◇

 午前中。

 恋愛現象研究部の相談ブースには、次々と生徒がやってきた。

「好きな人にどうやって話しかけたらいいですか?」

「まずは普通に挨拶してみたら?」

 浩人が答える。

「それだけでいいんですか?」

「最初から特別なことをする必要はないと思います」

 律が続ける。

「相手を知ることから始めればいい」

「なるほど……」

 相談者が帰っていく。

「次の方どうぞ」

 浩人が声をかける。

 そんな調子で。

 気づけば午前中が終わっていた。

「疲れた……」

 浩人が椅子にもたれる。

「お疲れさま」

 律が水を差し出す。

「ありがとうございます」

「今日は大変だね」

「でも楽しいです」

「僕も」

 二人で笑う。

 そのとき。

「神崎先輩、水瀬くん!」

 実行委員が駆け込んできた。

「そろそろコンテストです!」

「もう?」

「はい!」

 浩人は立ち上がった。

 心臓が急に速くなる。

「……先輩」

「うん?」

「本当に来ちゃいましたね」

「文化祭?」

「はい」

 律が笑う。

「約束したからね」

「……はい」

 昨日の約束。

 文化祭が終わったら。

 伝えたいことを伝える。

     ◇

 体育館。

 ステージの前には、大勢の生徒が集まっていた。

「続いては、昨年度優勝の演劇部ペア!」

 大きな拍手。

 二人がステージに上がる。

 息の合ったやり取り。

 会場から歓声が上がる。

「すごい……」

 浩人が呟く。

「うん」

 律も舞台袖から見ている。

「次は恋愛現象研究部!」

 名前を呼ばれる。

「行こう」

「はい」

 二人でステージへ。

 拍手。

 浩人は緊張しながら客席を見る。

 知っている顔がたくさんいる。

 その中には。

 杏や蓮もいた。

「頑張れー!」

 杏が手を振る。

 浩人は小さく手を振り返した。

「それでは第一問!」

 司会が質問する。

「相手の好きな食べ物は?」

 浩人と律が同時に答える。

「焼き芋」

「甘いもの」

「正解!」

 会場から笑い声。

 続いて。

「相手が苦手なものは?」

「苦いもの」

「人混み」

 また正解。

 次々と質問が続く。

 そして。

「最後の質問です」

 司会が言った。

「相手にとって、一番大切なものは何だと思いますか?」

 会場が静かになる。

「まずは神崎さんから」

 律が浩人を見る。

「浩人にとって一番大切なものは」

 少し考えて。

「安心できる場所だと思います」

 浩人は驚いた。

「……」

「自分が無理をしなくていい場所」

 律は続ける。

「誰かに否定されない場所」

「……」

「そして」

 律は微笑んだ。

「自分をそのまま受け入れてくれる人」

 胸が熱くなる。

 司会が浩人を見る。

「水瀬さんはどうですか?」

 浩人は律を見る。

「先輩にとって一番大切なものは」

 答えが浮かぶ。

「……誰かと一緒にいられること」

「……」

 律の目がわずかに揺れる。

「一人でいるほうが楽だった先輩が」

 浩人は続ける。

「それでも、誰かと一緒にいたいと思えること」

 そして。

「その誰かを、自分から大切にしたいと思えること」

 律が黙って浩人を見る。

「それが」

 浩人は笑った。

「先輩にとって一番大事なんじゃないかなって思います」

 会場から拍手が起こった。

     ◇

「最後に!」

 司会が言う。

「お互いへ、一言ずつ!」

 浩人の心臓が跳ねる。

 ここだ。

 昨日から何度も考えていた。

 何を言うか。

 用意した言葉。

『先輩と出会えてよかった』

 それを言えばいい。

 そう思っていた。

「神崎さんから!」

 律が浩人を見る。

「……」

 そして。

 律はマイクを持った。

「浩人」

「はい」

「僕は」

 一度、息を吸う。

「君と出会えてよかった」

 浩人の目が大きくなる。

 同じ言葉。

 まるで。

 自分が考えていた言葉を、そのまま言われたようだった。

「最初は、君を研究対象だと思ってた」

 会場が静かになる。

「でも」

 律は微笑む。

「いつの間にか、研究より君自身のことを知りたいと思うようになった」

「……」

「これからも」

 律は浩人を見る。

「君の隣にいたい」

 浩人の胸がいっぱいになる。

 そして。

「水瀬さん」

 司会が促す。

「はい」

 浩人はマイクを握る。

 用意していた言葉。

 それを言おうとした。

 でも。

 口から出たのは。

「僕も」

 少し震える声。

「先輩と出会えてよかったです」

 会場が静かに聞いている。

「先輩が僕を研究してくれたから」

 浩人は笑う。

「僕も、自分の気持ちを知ることができました」

「……」

「だから」

 一度だけ律を見る。

「これからも、僕の隣にいてください」

 言った。

 会場から大きな拍手が起こる。

 浩人の顔が熱くなる。

 律も少しだけ照れたように笑った。

     ◇

 結果発表。

「優勝は――」

 司会が封筒を開く。

「恋愛現象研究部!」

「えっ」

 浩人が固まる。

 律も驚いている。

 会場から歓声。

 杏が飛び跳ねる。

 蓮も拍手している。

「おめでとうございます!」

 二人はステージ中央へ呼ばれた。

 トロフィーを受け取る。

「やった……」

 浩人は呟いた。

「うん」

 律が笑う。

「優勝したね」

「はい」

「じゃあ」

「……」

 律が浩人を見る。

「約束」

 浩人は頷いた。

「はい」

     ◇

 文化祭終了後。

 人の少なくなった屋上。

 夕焼けが空を染めていた。

「……」

「……」

 二人で並んで立つ。

「浩人」

「はい」

「約束のお願い」

「……」

 浩人は少し緊張した。

「僕から言ってもいい?」

「え?」

「僕も、お願いがあるから」

「……先輩も?」

「うん」

 律は浩人を見る。

「僕と」

 言葉を選ぶ。

「付き合ってください」

 浩人の目が大きくなる。

 やっぱり。

 同じだった。

 嬉しくて。

 胸がいっぱいになる。

「……はい」

 小さく答える。

「僕も」

 浩人は笑った。

「先輩と付き合いたいです」

 律が笑う。

「ありがとう」

「こちらこそ」

 そして。

 二人は。

 静かに手をつないだ。

 いつものように。

 でも。

 今日からは違う。

 研究者と研究対象ではない。

 先輩と後輩だけでもない。

 二人は。

 恋人になった。

 夕焼けの中。

 浩人はつないだ手を見つめた。

「……なんだか、不思議ですね」

「何が?」

「最初は、こんなことになるなんて思ってなかったから」

「僕も」

「研究って」

「うん」

「変ですね」

 浩人が笑う。

「人の気持ちを調べるものだと思ってたのに」

「今は?」

「……調べなくても分かる気がします」

「何が?」

 浩人は律を見る。

「先輩が大切です」

 律は少し照れながら。

「僕も」

 そう答えた。

 文化祭は終わった。

 けれど。

 二人の物語は。

 ここから始まる。

 ――そう思えた。