恋を研究していたら、研究対象と恋をした

 文化祭まで、あと十三日。

 恋愛現象研究部の部室には、段ボールや色紙、文化祭用の資料が積み上がっていた。

「これ、どこに置けばいい?」

 浩人が箱を抱えて尋ねる。

「窓際でいいよ」

「分かりました」

 箱を置く。

 振り返る。

 律と目が合った。

「……」

「……」

 二人とも、なぜか笑ってしまった。

「何ですか?」

「いや」

 律が笑う。

「最近、よく目が合うなと思って」

「先輩が見てるからじゃないですか?」

「そうかも」

「……」

 そう言われると。

 浩人は余計に恥ずかしくなる。

「浩人」

「はい?」

「文化祭のあと」

「……」

 律が言葉を続けようとした。

 けれど。

「神崎、水瀬!」

 蓮の声が響く。

「ちょっと来て!」

「今行く」

 律は浩人を見る。

「あとで話そう」

「はい」

 浩人は頷いた。

 文化祭のあと。

 その言葉が。

 胸に残った。

     ◇

「二人に紹介したい人がいる」

 蓮が部室の前に立っていた。

 その隣には。

 二人の男子生徒。

「演劇部の二年生」

 蓮が紹介する。

「去年のベストカップルコンテスト優勝者」

「……」

 浩人は二人を見る。

 一人は背の高い男子。

 もう一人は眼鏡をかけた男子。

「よろしく」

「よろしくお願いします」

 二人とも自然な笑顔だった。

「今年も出るんだって?」

 背の高い男子が尋ねる。

「はい」

 浩人が答える。

「じゃあ、勝負だな」

「勝負?」

「どっちが本物のカップルに見えるか」

「……」

 浩人が固まる。

「俺たちは去年優勝してるから」

 眼鏡の男子が苦笑する。

「今年も負けるつもりはないよ」

 律が答える。

「僕たちも」

「へえ」

 背の高い男子が浩人を見る。

「水瀬くん」

「はい」

「神崎先輩のこと、本当に好き?」

「……!」

 突然の質問。

 浩人は言葉を失った。

「ちょっと!」

 眼鏡の男子が止める。

「いきなり聞くなよ」

「ごめん」

 でも。

 浩人は胸の奥を押さえた。

「……」

 律も何も言わない。

 やがて。

「まだ」

 浩人は答えた。

「ちゃんと言葉にはしてません」

「へえ」

「でも」

 浩人は律を見る。

「大切な人です」

 律の目が少し見開かれる。

「だから」

 浩人は続けた。

「文化祭が終わったら、ちゃんと伝えたいことがあります」

「……」

 今度は。

 律が黙った。

 背の高い男子が笑う。

「なるほど」

「何ですか?」

「いや」

 男子は楽しそうに言った。

「それなら、面白い勝負になりそうだ」

     ◇

 演劇部の二人が帰ったあと。

 部室には三人が残った。

「浩人」

 律が呼ぶ。

「はい」

「さっきの」

「……はい」

「文化祭が終わったら、伝えたいことがあるって」

「言いました」

「僕にも?」

「……」

 浩人は頷いた。

「はい」

「そう」

 律は嬉しそうに笑った。

「じゃあ、僕も」

「え?」

「文化祭が終わったら」

 一呼吸。

「僕も君に伝えたいことがある」

「……」

 浩人は驚いた。

「何ですか?」

「今は秘密」

「ずるいです」

「君も秘密にしてるからお互い様」

「……そうですね」

 二人は笑った。

 けれど。

 浩人の胸は高鳴っていた。

 もしかしたら。

 同じことを考えているのではないか。

 そんな期待が生まれてしまう。

     ◇

 その日の帰り道。

「先輩」

「うん?」

「もし」

「何?」

「文化祭で負けたら」

「うん」

「それでも、僕は伝えます」

 律は少し驚いた。

「勝ち負けは関係ない?」

「はい」

 浩人は笑った。

「僕が伝えたいことだから」

「……」

 律は嬉しそうに頷いた。

「僕も同じ」

「先輩も?」

「うん」

「じゃあ」

「うん?」

「勝っても負けても」

「うん」

「文化祭のあと、話しましょう」

「約束」

 二人は小指を差し出した。

「……子供みたいですね」

「でも、約束だから」

「そうですね」

 小指を絡める。

「約束です」

     ◇

 文化祭まで、あと十日。

 準備は順調だった。

 相談ブース。

 ステージ。

 ベストカップルコンテスト。

 やることは多い。

 それでも。

 浩人は楽しみにしていた。

 そして。

 ある日の放課後。

 文化祭実行委員から最後の課題が届いた。

「本番のステージで」

 委員が説明する。

「二人の関係を証明するため、一人ずつ相手への質問をします」

「質問?」

「はい」

「どんな?」

「『相手の一番大切なものは何だと思いますか』」

 浩人は律を見る。

「……」

「そして」

 実行委員が続けた。

「最後に、相手へ一言伝えてもらいます」

「一言……」

「その言葉は事前に教えてはいけません」

「……」

 浩人は息を呑んだ。

 つまり。

 文化祭当日。

 大勢の人の前で。

 律に。

 自分の気持ちを伝えることになる……ということか。

「……どうしよう」

 思わず呟く。

 もちろん、お茶を濁すこともできる。

 それっぽい答えを事前に用意しておけばとも思う。

「大丈夫」

 律が言った。

「僕もいるから」

「……」

 その言葉に。

 浩人は頷いた。

 そして。

 文化祭前日の夜。

 浩人は自分の部屋で。

 一枚の紙に何度も言葉を書いては消していた。

 ――好きです。

 ――ずっと一緒にいたいです。

 ――僕と付き合ってください。

 どれも。

 書くだけで顔が熱くなる。

「……無理だ」

 紙を伏せる。

 けれど。

 最後には。

 一つだけ残した。

『先輩と出会えてよかった』

 浩人はその文字を見つめる。

「これなら……言える」

 一方。

 同じ頃。

 律もまた。

 一人で文化祭の台本を見つめていた。

 そして。

 最後の一言を書く欄に。

 たった一文だけ書いた。

『これからも、僕の隣にいてください』

 互いに知らない。

 明日。

 二人が同じ場所で。

 同じ想いを伝えようとしていることを。

 そして。

 文化祭当日。

 二人の「恋人役」が。

 本当の恋へ変わる瞬間が。

 すぐそこまで来ていた。