第21話です。今回は、文化祭の練習中に「相手のことをどれだけ知っているか」だけではなく、「相手のために何をしたいか」が二人の関係を測るものだと分かっていく回です。
### 第21話 君のためにしたいこと
文化祭まで、あと十五日。
放課後の体育館。
恋愛現象研究部の二人は、文化祭のステージ発表に向けて練習をしていた。
「次は共同作業です」
文化祭実行委員の生徒が説明する。
「二人で一つの箱を組み立ててください。ただし、片方は目隠しをします」
「……目隠し?」
浩人が聞き返す。
「はい。言葉だけで相手を誘導して完成させてもらいます」
「なるほど」
律が頷いた。
「誰が目隠しする?」
浩人は律を見る。
「先輩がやってください」
「僕?」
「はい」
「分かった」
律が目隠しをする。
「じゃあ、始めます」
「先輩、まず右手を少し前に」
「こう?」
「もう少し右」
「ここ?」
「はい。そのまま」
浩人の声を頼りに。
律が部品を探す。
「次、四角い板です」
「これ?」
「違います」
「じゃあ、こっち?」
「それです」
「右?」
「左です」
「左……」
「先輩、逆です」
「ごめん」
周囲から笑い声が聞こえる。
「神崎先輩、意外と不器用ですね」
「水瀬の説明が難しい」
「僕のせいですか?」
「半分くらい」
「ひどい」
二人で笑う。
そして。
最後の部品をはめ込む。
「完成!」
目隠しを外した律が箱を見る。
「できた」
「よかった」
浩人も笑う。
けれど。
その直後。
律が少しだけ顔を曇らせた。
「……」
「先輩?」
「いや」
「何かありました?」
「僕、君のことを信じてたんだなと思って」
「え?」
「目隠ししてても、君の声なら大丈夫だと思ってた」
浩人は言葉を失った。
「……」
「変かな?」
「いえ」
浩人は小さく笑う。
「嬉しいです」
「そっか」
◇
休憩時間。
二人は体育館の隅に座っていた。
「さっきの企画」
浩人が言う。
「何?」
「ちょっと面白かったですね」
「うん」
「先輩、僕の指示をちゃんと聞いてくれました」
「信じてたから」
「……」
また。
その言葉が胸に残る。
「僕も」
「うん?」
「先輩なら、僕の言ったことを信じてくれるって思ってました」
「……それって」
「はい?」
「結構、特別なことじゃない?」
「そうなんですか?」
「うん」
律は笑った。
「僕は誰にでも、こんなふうに思えるわけじゃないから」
浩人は少しだけ俯いた。
「先輩」
「うん?」
「僕も」
胸の奥から言葉を探す。
「先輩のためなら、何かしてあげたいと思います」
律の表情が止まった。
「……何か?」
「はい」
「たとえば?」
「……分かりません」
浩人は苦笑する。
「でも、先輩が困ってたら助けたいし」
「うん」
「嬉しいことがあったら、一緒に喜びたい」
「うん」
「寂しそうだったら、そばにいたい」
律は何も言わない。
「だから」
浩人は笑った。
「たぶん、僕も先輩のことを大事にしたいんだと思います」
「……」
律はしばらく黙っていた。
やがて。
「ありがとう」
それだけを言った。
でも。
その声は少し震えていた。
◇
その日の帰り。
駅へ向かう途中。
律が突然立ち止まった。
「浩人」
「はい?」
「少し寄り道しない?」
「どこへ?」
「見せたいものがある」
「分かりました」
二人が向かったのは。
駅の近くにある小さな公園だった。
夕方になると、人が少なくなる場所。
「ここですか?」
「うん」
律はベンチに座る。
「昔、よくここに来てた」
「昔?」
「中学の頃」
浩人は隣に座る。
「ここで本を読んでた」
「一人で?」
「うん」
「どうして?」
「人が苦手だったから」
浩人は少し驚いた。
今の律からは想像できない。
「先輩でも?」
「僕でも」
律が笑う。
「人の気持ちが分からなかった」
「……」
「だから、誰かと話すより本を読むほうが楽だった」
浩人は黙って聞いていた。
「でも」
律は空を見上げる。
「ある日、ここで誰かに話しかけられた」
「誰ですか?」
「同じ学校の人」
「その人が?」
「うん」
「何て?」
「『一人でいると寂しくない?』って」
律は少し笑った。
「僕は『別に』って答えた」
「……先輩らしい」
「でも、その人は毎日ここに来るようになった」
「へえ」
「何も話さない日もあった」
「それでも?」
「うん」
律はベンチの端を見る。
「ただ一緒にいるだけだった」
「……」
「それが、少し嬉しかった」
浩人は律を見る。
「その人は?」
「今は別の学校」
「そうなんですね」
「うん」
律は静かに笑った。
「だから、ここは僕にとって特別な場所」
「……」
「誰かと一緒にいることが、悪くないって初めて思った場所だから」
浩人の胸が温かくなる。
「それで」
律が浩人を見る。
「君をここに連れてきた」
「僕を?」
「うん」
「どうして?」
律は少し迷った。
「……君にも知ってほしかったから」
「何を?」
「僕のこと」
その言葉に。
浩人は嬉しくなった。
「ありがとうございます」
「うん」
「僕も、先輩のことをもっと知りたいです」
「……」
「昔のことも」
「うん」
「好きなものも」
「うん」
「苦手なものも」
「うん」
「全部」
律は笑った。
「欲張りだね」
「そうかもしれません」
◇
帰ろうとしたとき。
浩人が立ち上がる。
「先輩」
「うん?」
「手」
律が目を見開く。
「……いいの?」
「はい」
浩人が右手を差し出す。
律はその手を取った。
「今日は、僕からです」
「……嬉しい」
「先輩」
「うん?」
「文化祭」
「うん」
「僕、優勝したいです」
「どうして?」
浩人は少し考えて。
「優勝したら」
「うん」
「先輩にお願いしたいことがあるから」
「何?」
「まだ秘密です」
律が笑う。
「分かった」
「でも」
浩人はつないだ手を見る。
「たぶん、先輩なら嫌じゃないと思います」
「じゃあ、楽しみにしてる」
二人は歩き出した。
その手は。
どちらからともなく。
最後まで離れなかった。
◇
その夜。
浩人は机に向かっていた。
文化祭で律にお願いすること。
もう決めている。
でも。
それを言葉にすると。
やっぱり恥ずかしい。
「……」
浩人はノートに一行だけ書いた。
『優勝したら、律先輩に本当の恋人になってほしい』
書いた瞬間。
顔が熱くなる。
「……無理」
ノートを閉じる。
けれど。
すぐにまた開いた。
その一文を見つめる。
怖い。
でも。
言ってみたい。
そして。
その頃。
律もまた、自分の部屋で文化祭の企画書を見ていた。
その隅には。
自分だけが知っている願いが書かれている。
『文化祭が終わったら、浩人に伝える』
その内容は。
浩人と同じだった。
――恋人になってほしい。
二人はまだ。
お互いの願いを知らない。
文化祭まで。
あと十五日。
そして。
二人の関係が決定的に変わる日も。
少しずつ近づいていた。
### 第21話 君のためにしたいこと
文化祭まで、あと十五日。
放課後の体育館。
恋愛現象研究部の二人は、文化祭のステージ発表に向けて練習をしていた。
「次は共同作業です」
文化祭実行委員の生徒が説明する。
「二人で一つの箱を組み立ててください。ただし、片方は目隠しをします」
「……目隠し?」
浩人が聞き返す。
「はい。言葉だけで相手を誘導して完成させてもらいます」
「なるほど」
律が頷いた。
「誰が目隠しする?」
浩人は律を見る。
「先輩がやってください」
「僕?」
「はい」
「分かった」
律が目隠しをする。
「じゃあ、始めます」
「先輩、まず右手を少し前に」
「こう?」
「もう少し右」
「ここ?」
「はい。そのまま」
浩人の声を頼りに。
律が部品を探す。
「次、四角い板です」
「これ?」
「違います」
「じゃあ、こっち?」
「それです」
「右?」
「左です」
「左……」
「先輩、逆です」
「ごめん」
周囲から笑い声が聞こえる。
「神崎先輩、意外と不器用ですね」
「水瀬の説明が難しい」
「僕のせいですか?」
「半分くらい」
「ひどい」
二人で笑う。
そして。
最後の部品をはめ込む。
「完成!」
目隠しを外した律が箱を見る。
「できた」
「よかった」
浩人も笑う。
けれど。
その直後。
律が少しだけ顔を曇らせた。
「……」
「先輩?」
「いや」
「何かありました?」
「僕、君のことを信じてたんだなと思って」
「え?」
「目隠ししてても、君の声なら大丈夫だと思ってた」
浩人は言葉を失った。
「……」
「変かな?」
「いえ」
浩人は小さく笑う。
「嬉しいです」
「そっか」
◇
休憩時間。
二人は体育館の隅に座っていた。
「さっきの企画」
浩人が言う。
「何?」
「ちょっと面白かったですね」
「うん」
「先輩、僕の指示をちゃんと聞いてくれました」
「信じてたから」
「……」
また。
その言葉が胸に残る。
「僕も」
「うん?」
「先輩なら、僕の言ったことを信じてくれるって思ってました」
「……それって」
「はい?」
「結構、特別なことじゃない?」
「そうなんですか?」
「うん」
律は笑った。
「僕は誰にでも、こんなふうに思えるわけじゃないから」
浩人は少しだけ俯いた。
「先輩」
「うん?」
「僕も」
胸の奥から言葉を探す。
「先輩のためなら、何かしてあげたいと思います」
律の表情が止まった。
「……何か?」
「はい」
「たとえば?」
「……分かりません」
浩人は苦笑する。
「でも、先輩が困ってたら助けたいし」
「うん」
「嬉しいことがあったら、一緒に喜びたい」
「うん」
「寂しそうだったら、そばにいたい」
律は何も言わない。
「だから」
浩人は笑った。
「たぶん、僕も先輩のことを大事にしたいんだと思います」
「……」
律はしばらく黙っていた。
やがて。
「ありがとう」
それだけを言った。
でも。
その声は少し震えていた。
◇
その日の帰り。
駅へ向かう途中。
律が突然立ち止まった。
「浩人」
「はい?」
「少し寄り道しない?」
「どこへ?」
「見せたいものがある」
「分かりました」
二人が向かったのは。
駅の近くにある小さな公園だった。
夕方になると、人が少なくなる場所。
「ここですか?」
「うん」
律はベンチに座る。
「昔、よくここに来てた」
「昔?」
「中学の頃」
浩人は隣に座る。
「ここで本を読んでた」
「一人で?」
「うん」
「どうして?」
「人が苦手だったから」
浩人は少し驚いた。
今の律からは想像できない。
「先輩でも?」
「僕でも」
律が笑う。
「人の気持ちが分からなかった」
「……」
「だから、誰かと話すより本を読むほうが楽だった」
浩人は黙って聞いていた。
「でも」
律は空を見上げる。
「ある日、ここで誰かに話しかけられた」
「誰ですか?」
「同じ学校の人」
「その人が?」
「うん」
「何て?」
「『一人でいると寂しくない?』って」
律は少し笑った。
「僕は『別に』って答えた」
「……先輩らしい」
「でも、その人は毎日ここに来るようになった」
「へえ」
「何も話さない日もあった」
「それでも?」
「うん」
律はベンチの端を見る。
「ただ一緒にいるだけだった」
「……」
「それが、少し嬉しかった」
浩人は律を見る。
「その人は?」
「今は別の学校」
「そうなんですね」
「うん」
律は静かに笑った。
「だから、ここは僕にとって特別な場所」
「……」
「誰かと一緒にいることが、悪くないって初めて思った場所だから」
浩人の胸が温かくなる。
「それで」
律が浩人を見る。
「君をここに連れてきた」
「僕を?」
「うん」
「どうして?」
律は少し迷った。
「……君にも知ってほしかったから」
「何を?」
「僕のこと」
その言葉に。
浩人は嬉しくなった。
「ありがとうございます」
「うん」
「僕も、先輩のことをもっと知りたいです」
「……」
「昔のことも」
「うん」
「好きなものも」
「うん」
「苦手なものも」
「うん」
「全部」
律は笑った。
「欲張りだね」
「そうかもしれません」
◇
帰ろうとしたとき。
浩人が立ち上がる。
「先輩」
「うん?」
「手」
律が目を見開く。
「……いいの?」
「はい」
浩人が右手を差し出す。
律はその手を取った。
「今日は、僕からです」
「……嬉しい」
「先輩」
「うん?」
「文化祭」
「うん」
「僕、優勝したいです」
「どうして?」
浩人は少し考えて。
「優勝したら」
「うん」
「先輩にお願いしたいことがあるから」
「何?」
「まだ秘密です」
律が笑う。
「分かった」
「でも」
浩人はつないだ手を見る。
「たぶん、先輩なら嫌じゃないと思います」
「じゃあ、楽しみにしてる」
二人は歩き出した。
その手は。
どちらからともなく。
最後まで離れなかった。
◇
その夜。
浩人は机に向かっていた。
文化祭で律にお願いすること。
もう決めている。
でも。
それを言葉にすると。
やっぱり恥ずかしい。
「……」
浩人はノートに一行だけ書いた。
『優勝したら、律先輩に本当の恋人になってほしい』
書いた瞬間。
顔が熱くなる。
「……無理」
ノートを閉じる。
けれど。
すぐにまた開いた。
その一文を見つめる。
怖い。
でも。
言ってみたい。
そして。
その頃。
律もまた、自分の部屋で文化祭の企画書を見ていた。
その隅には。
自分だけが知っている願いが書かれている。
『文化祭が終わったら、浩人に伝える』
その内容は。
浩人と同じだった。
――恋人になってほしい。
二人はまだ。
お互いの願いを知らない。
文化祭まで。
あと十五日。
そして。
二人の関係が決定的に変わる日も。
少しずつ近づいていた。



