恋を研究していたら、研究対象と恋をした

 文化祭まで、あと十八日。

 放課後の部室は、いつも以上に騒がしかった。

「ベストカップルコンテスト?」

 蓮が企画書を読みながら眉をひそめる。

「本当に出るの?」

「出ます」

 浩人は答えた。

「水瀬、即答だったな」

「……」

 自分でも少し驚いていた。

 昨日までは。

 こんな企画に参加するなんて考えたこともなかった。

 それなのに。

 律と一緒なら。

 やってみたいと思った。

「神崎は?」

「僕も出る」

 律が答える。

「じゃあ決まりだな」

 蓮が企画書を机に置く。

「ただ、何をするんだ?」

「審査員の前で、二人の相性を見せるらしいよ」

 杏が説明する。

「質問に答えたり、共同作業したり、最後にフリータイム」

「フリータイム?」

 浩人が聞き返す。

「二人で自由に話して、どれだけ仲がいいか見せるんだって」

「……」

 浩人は律を見る。

 律も浩人を見ている。

「大丈夫かな」

 浩人が呟く。

「大丈夫」

 律は微笑んだ。

「僕たちは、もう十分仲がいいから」

「……」

 そう言われると。

 嬉しい。

 でも。

 なぜか少しだけ恥ずかしい。

     ◇

 コンテストの練習が始まった。

「第一問!」

 杏が司会役になる。

「相手の好きな食べ物は?」

「焼き芋」

 律が即答した。

「正解!」

 浩人が驚く。

「覚えてたんですか?」

「覚えてるよ」

「……」

 次の質問。

「相手が苦手なものは?」

「苦いもの」

「正解!」

 さらに。

「相手が好きな季節は?」

「秋」

「正解!」

 浩人は思わず笑った。

「すごいですね」

「研究してたから」

「……」

 その言葉に。

 少しだけ複雑な気持ちになる。

 律も気づいたのか。

「……ごめん」

「何がですか?」

「今の言い方」

「別に」

「でも」

 律は言った。

「今は研究しなくても覚えてる」

「……」

 浩人は少し笑った。

「じゃあ、僕も答えます」

「うん」

「先輩の好きなものは?」

「甘いもの」

「正解」

「嫌いなもの」

「人混み」

「正解」

「休日は?」

「寝る」

「正解」

 杏が感心する。

「すごい。二人とも相手のこと、よく分かってるね」

「……」

 浩人は律を見る。

 確かに。

 いつの間にか。

 お互いのことを知るようになっていた。

 最初は。

 研究対象だった。

 でも。

 今は違う。

 相手の好きなものを知ると嬉しい。

 相手が喜ぶことをしてあげたいと思う。

 それは。

 研究とは違う気がした。

     ◇

 練習が終わったあと。

 浩人と律は二人で帰った。

「先輩」

「うん?」

「今日の練習」

「楽しかったね」

「はい」

 少し歩いて。

 浩人は尋ねた。

「先輩は、コンテストで優勝したいですか?」

「うん」

「意外」

「どうして?」

「先輩、そういうの興味なさそうだから」

「賞には興味ない」

「じゃあ、どうして?」

 律は少しだけ考える。

「君と一緒に出るから」

「……」

「君となら、優勝したい」

 浩人は俯いた。

「……僕も」

「本当?」

「はい」

「じゃあ、頑張ろう」

「はい」

 そのとき。

 前から誰かが走ってきた。

「あ、水瀬さん!」

 見ると。

 以前、浩人に研究対象になってほしいと言った一年生だった。

「どうしたの?」

「ちょっと報告があって」

「報告?」

「文化祭のコンテストにでるんですよね」

「……さすが耳が早いね」

 男子生徒は二人を見る。

「実は、優勝候補がもう一組いるんです」

「もう一組?」

「二年生の先輩たちです」

「……」

「その二人、去年も出て優勝してるんですよ」

 律が尋ねる。

「強いの?」

「めちゃくちゃ」

 男子生徒は頷く。

「二人とも演劇部で、普段から息ぴったりです」

「なるほど」

「だから」

 男子生徒は浩人を見る。

「水瀬先輩たちが優勝するには、何か特別なことをしたほうがいいと思います」

「特別なこと?」

「はい。ファンクラブ一同、応援していますから」

 そう言って。

 一年生は去っていった。

     ◇

「特別なこと、か……」

 浩人は歩きながら考える。

「先輩は何か思いつきます?」

「ない」

「即答ですね」

「僕は普通でいいと思う」

「でも、優勝するなら」

「浩人」

「はい?」

「僕は、優勝することより」

 律は浩人を見る。

「君と出ることのほうが大事」

「……」

 胸が温かくなる。

「でも」

 浩人は笑った。

「出るなら勝ちたいです」

「分かった」

「本気で?」

「本気で」

 二人は顔を見合わせる。

 そして笑った。

     ◇

 文化祭実行委員から、新しい課題が届いた。

『二人の関係を象徴するパフォーマンスを考えてください』

「……象徴?」

 浩人は紙を見る。

「難しいですね」

「うん」

「何かあります?」

 律は考え込む。

 しばらくして。

「一つだけ」

「何ですか?」

「僕たちが出会ったときのこと」

「……」

 浩人は思い出した。

 恋愛現象研究部。

 そこで初めて会った。

 律は冷静で。

 浩人は戸惑って。

 最初は。

 ただの研究対象だった。

「でも」

 浩人は言う。

「それだと、研究部の紹介みたいになりません?」

「そうだね」

「それなら……」

 浩人は考えた。

「最初と今を比べるのは?」

「最初と今?」

「はい」

 浩人は笑う。

「最初は、先輩が僕を研究してました」

「うん」

「でも今は」

 少しだけ照れながら。

「僕も先輩のことを知りたいと思ってます」

 律は黙った。

「……それ、いいね」

「本当ですか?」

「うん」

 律は微笑む。

「僕たちらしい」

     ◇

 一緒の帰り道。

 夕日が二人の影を長く伸ばしている。

「先輩」

「うん?」

「文化祭の日」

「うん」

「もし優勝したら」

「したら?」

「何か一つ、お願いしてもいいですか?」

 律が驚く。

「もちろん」

「まだ、何をお願いするか決めてませんけど」

「じゃあ、楽しみにしてる」

「はい」

 浩人は笑った。

 

 その夜、律は研究ノートを開いた。

 けれど。

 いつものように記録を書くことはできなかった。

 ペンを置く。

 そして、新しいページに一言だけ書いた。

『文化祭で、浩人と優勝したい』

 その下に。

『そして、できれば』

 少し迷って。

『恋人になりたい』

 と書いた。

 律はその文字を見つめる。

 今までなら。

 こんな気持ちは研究対象として分析していた。

 けれど。

 もう。

 分析する気にはなれなかった。

 ただ。

 そうなりたい。

 そう願っている。

 それだけで十分だった。

 一方、浩人も自分の部屋で同じことを考えていた。

 もし優勝したら。

 何をお願いしよう。

「……先輩と」

 浩人は小さく呟く。

「もう一度、手をつなぎたい」

 それが。

 今の浩人にとって。

 一番欲しいものだった。