初恋ラプソディ【番外編】父親同盟、結成。そして、暗雲。

「パパー」

 場違いなほど明るい声。
 ブロンドの髪。
 柔らかな顔立ち。
 大きな瞳。

 神城玲(かみしろれい)、十一歳。
 姉の瑠花とはまた違う。

 見る者すべての警戒心を一瞬で溶かしそうな、天使そのものの笑顔。

「玲?」

 エディが目を丸くする。

「あれ? まだ終わってなかった?」

「ああ、うん。もう終わるよ」

「よかった」

 にこっ。

 玲が笑う。

 そして。

 ふと、少年を見る。

「あ」

 瑠花が嫌そうな顔をする。

「玲、いいから」

「この人?」

「……そう」

「お姉ちゃんを泣かせた人」

 部屋が再び静まった。


 少年が居心地悪そうに視線を逸らす。


 玲は。

 とびきり可愛らしい笑顔のまま言った。

「そっかぁ」

 そして。



「お姉ちゃん、別れて正解だね」
 


 ズドン。

 誰にも聞こえないはずの効果音が。

 その場にいた全員には、確かに聞こえた。


「玲っ……」

 若葉が慌てる。

 だが。

 天使は止まらない。


「だって」

 きょとん。

「好きな人を泣かせる人って、彼氏にする意味あるの?」

「…………」


 エディが俯いた。

 肩が震えている。

 笑ってはいけない。

 ここで笑ったら駄目だ。



 亞紗斗は無言。

 だが、ほんの僅かに口元が動いた。


 律まで目を逸らす。


「玲……」

 瑠花が弟を見る。


「なに?」

「……あんた、たまに怖い」

「え?」

 玲は本気で分かっていない。

「ボク、変なこと言った?」

「言ってない」

 律が即答した。

「全部合ってる」

「だよね?」

 にこっ。

 天使の笑顔。

 その無垢さが。

 今までで一番。

 容赦なかった。


 エディはとうとう耐えきれず、口元を手で覆う。



「……ごめんなさい」

 少年の母親が消え入りそうな声で言った。

「本当に……申し訳ありませんでした」

 父親も深く頭を下げた。

 少年も。

 瑠花と律へ向き直る。

「……本当に、ごめん」

 瑠花は数秒見つめ。

「うん」

 それだけ答えた。

「でも、もう近づかないで」

「……分かった」

 律も言う。

「もう、誰も殴らないでね」

「うん……」

「ボクじゃなくても」

 律の瞳が少しだけ鋭くなる。

「誰かが止めたら、止まって」

「……うん」


 最後に亞紗斗が口を開いた。

「以上だ」


 たった三文字。

 だが。

 これ以上の言葉は必要なかった。




 ***

 少年と両親が帰った後。


「いやぁ……」

 エディが大きく息を吐く。

「疲れた」

「お前は喋りすぎだ」

「アサくんが喋らなすぎなの」

「十分だっただろう」

「まあね」



 瑠花、律、玲の三人がリビングでトランプをして遊んでいる。

 玲が無邪気に何かを話し。

 瑠花が笑い。

 律がその隣で微笑む。

 その光景を見ながら。



 エディが小さく言った。

「……守れたかな」

 亞紗斗が隣を見る。

「何がだ」

「この子たち」

 亞紗斗は子どもたちの方を見る。

「完全には無理だ」

「……だよね」

「これからも傷つく」

「うん」

「俺たちが全部防ぐこともできない」


 亞紗斗は続けた。


「だが」

「ん?」

「傷つけられたときに、一人にはしない」

 エディが目を細める。

「……うん」

「それで十分だ」

「そうだね」

 エディが笑った。

「アサくん」

「何だ」

「今日は珍しく意見合ったね」

「そうか?」

「うん」

「当然だろう」

 亞紗斗が、ジョーカーを引き当てて顔をしかめる律を見る。

「俺の息子を傷つけた」

 エディも瑠花を見る。

「僕の娘もね」

 二人は一瞬だけ顔を見合わせた。

 そして。

「許すわけないよね」

「ああ」

 父親二人の答えは。

 最後まで。

 完全に一致していた。

 *

 その頃。
 少し離れたところでは――

「ねえ律」

「何?」

「さっきさ」

 瑠花がニヤニヤする。

「“好きな子が嫌がってたら”って誰のこと?」

「…………」

 律が硬直する。

「え?」

「好きな子って誰?」

「ち、違っ……!」

「瑠花お姉ちゃんじゃないの?」

 玲。

 天使の笑顔で。

 本日二度目のとどめ。

「玲!!」

「え? 違うの?」

「ち、違……っ、ボクは……!」

 耳まで真っ赤になった律。


 瑠花は数秒ぽかんとして。

 やがて。

「あははははっ!」

 楽しそうに笑った。

 その笑顔を見て。

 律は何も言えなくなる。

 そして後ろでは。


「……アサくん」

「ああ」

「今の聞いた?」

「聞いた」

「律ってもしかして――」

「エディ」

「ん?」

「今は黙れ」

「なんで?」

「俺が整理している」

「何を?」

「色々だ」

 先ほどまで完璧なタッグを組んでいた父親二人。

 その同盟は。

 どうやら。

 瑠花と律の初恋が絡んだ瞬間から、少しだけ雲行きが怪しくなり始めていた。