探偵研究部。――カケラノセカイーー ③サマーゲームパーティー番外編 小笠原が見た風景

これは、サマーゲームパーティーが始まる、十日ほど前のことだった。

一.生徒会シンポジウム

 夏休みの始まり。
 市内の大きなホールに、各学校の生徒会執行部たちが集まった。

 市立第一中学校・生徒会長の富谷(とみや)マタロウの隣には、副会長の成瀬今日子(なるせ きょうこ)がいつもどおり全くの無表情で座っている。

「僕は去年も来たけど、君は初めてだったな。来年のこともある。しっかり学びたまえよ」

 磨き上げた眼鏡をクイと上げながらマタロウが言うと、成瀬は顔色を変えずに抑揚ない声で「はい」とだけ応じた。

 ――しかし、マタロウは知っている。
 彼女の分厚い書類にサンドイッチにされた下敷きには、憎き幼馴染、小川歩の写真が入っていることを。
(一体どこで入手したのかまでは問いたださないことにしよう)
 彼女は、ちーらちら、ちーらちらと、書類を改めるふりをして、それを無表情で眺めているのだ。

(あんな脳筋馬鹿のどこにそんな眺める価値がある?)
「成瀬君、仕事して」
 痺れを切らして、マタロウは言った。

 シンポジウムでは、各学校の上半期の特色ある活動が取り上げられる。
 正直、今回の自校の「特色ある発表」の題材そのものは、大変不本意なものだ。だが、こちらの手にかかれば、それを盤石の発表に仕立て上げるのはわけもないことだった。

 やがて、自校の発表の直前。ひときわ目を惹く生徒が登壇した。

「それでは、次は市立第二中学校。――生徒会長、小笠原 章(おがさわら あきら)くん」

 その名前がアナウンスされると、周りがざわめいた。
 市内の模擬試験のトップランカー。そう噂されている名前だった。

(くそう、僕だって一番になった時くらいあるのに……! なんであいつばかり!)

 マタロウが苦々しく奥歯を噛みしめていると、件の小笠原君が舞台袖から顔を出した。
よれよれのカッターシャツに、ゆるく締めたネクタイ。ネクタイピンはすでにない。痩せた体に不必要なほどぎゅっと締められたベルト、背が伸びたことを考慮されてないズボンのすそ。汚れて灰色になってしまった、かつて白かったであろうスニーカー。

――うちの生徒会なら、風紀の面ですでにアウトだ!
 そんな彼が、猫背で、くせ毛が寝ぐせのまま、舞台の中央の演台の前に立ち、話し始めた。
 ぼそぼそとしゃべる彼に、音響が目いっぱいマイクのボリュームを上げたのか、一瞬、『キン……』とハウリングしてから、その声が聞こえてきた。

 題材は「効率的な生徒会の運営について」。
彼の学校の執行部が代わりにパソコンを動かし、スクリーンの画面が変わる。

 かっちりとしたゴシック体で映し出されたのは、今までの生徒会で見落とされていた非効率的な活動を徹底的に洗い出し、改善するための具体的な施策だった。

 ・数値化による無駄の可視化
 ・えこひいきなどによる感情の排除
 ・論理的な最適解を求める姿勢
 ・徹底的な分業と、統括のメソッド

――まるで、ビジネスプランのような提案だった。
 周囲の生徒会がその異様さにざわめく中、マタロウだけは背中にひやりと恐ろしさを感じていた。

(あいつは、執務室から出てこなくても、すべてを完璧に支配できる……そう言っているのか?)

「まあ、何を言ってるのかわからないと思うので、みんなにも分かりやすいよう具体例を上げよう」

 スクリーンの画面が切り替わり、『ある日のスマイル活動・校庭の草取り』の写真が写る。

『数値化による無駄の可視化』
「まず、ちんたら校庭にあつまるのをやめた。あのだらけたロングホームルームの空気感。あれこそが無駄だ。移動はクラスごとで分単位の時間を決めて、さらにこの場所というエリア指定をした。そのことで、非効率的な動きを抑制し、皆を協力的な生徒として活用できる」

『えこひいきなどによる感情の排除』
「生徒会の立場はあくまで学校では中立だ。一部の強い生徒や部活動だけに肩入れするのは言語道断だ。そのために、みなが嫌がる『野外トイレまわりの草取り』は異論は認めなかった」

『論理的な最適解を求める姿勢』
「ここまでやっていてもいざこざは起こるもんだ。やれごみ捨てはどちらがするなど、不平不満が起こる。こんな時こそ『論理的最適解』だ。合理的なほうを選ぶ。ただそれだけだ。この場合、人員の多かった部所が受け持った」

『徹底的な分業と、統括のメソッド』
「我々が目指してるのは、組織のよどみない運用だ。なるべく摩擦やノイズが少ないように、局所局所手を入れる。過度に締め付けず、あとは、生徒個々人にゆだねられる――。まあ、そのことから、特に苦情はでていない。以上だ。何か質問は?」

 草ボーボーだった『BEFORE』から、まるで芝刈り機を使ったかのような『AFTER』の校庭の写真が写る。
すると、一人の女生徒から手が上がった。

「あの……その時、あなたはどこに?」

 小笠原は表情を変えず答えた。

「執務室だ。あとは執行部が指示に従い、動く。それだけだ。では、以上発表終わり」

 皆は、拍手することすら忘れて、降壇する小笠原を見ていた。

 あまりの異次元の提案と、底冷えする会場の空気。それを背負って、次に登壇するのは自分だった。
――自分が提案するのは、拡声器を持って陣頭指揮をとる、徹底的な現場主義だったからだ。



2.場違いなメッセージ

 その時、ズボンのポケットに突っ込んでいたスマホが震えた。
画面には、柴犬のアイコン――小川歩からの通知だ。

『フォルダー整理してたら、こんな写真出てきたぞ』

 LINEに添付されていたのは、マタロウを中心にした、小川、高杉のスリーショットだ。あの「部室争奪戦」で、ビリになったと言うのに馬鹿みたいに笑い合っている。

 なぜか、カチコチに固まっていた頬が、ふっとゆるんだ。

(馬鹿な奴らだな。――でも、楽しかったな。そうだよ。何と思われたって、今発表できるのは、『自分がやったこと』だけなんだよな)

 そう思えば、腹もくくれた。
「――だから、お前が嫌いなんだよ」
 マタロウは、憎き幼馴染に救われたことに心の中で毒づき、立ち上がった。
「さあ、発表だ」

 自分らしく、あの「部室争奪戦」での執行部の活動を話そうと決めた。みんなで泥だらけになって走った、あの日のことだから。

「えーー。僕たちの学校では、運動会の午後の部で、執行部主体の部活対抗競技をしました。
なぜなら、部室のない同好会が『本校でも一番弱小の部活の部室をよこせ』と要求したからです。
 規則に照らせば、正式な部ではないこともあり公式な部室は設けません。けれど、じゃあその声を無視していいのか……。
――いえ、違います。
 かといって、実績のないところがのうのうと要求だけを通すこともおかしな話です。だから正々堂々、この対抗競技で勝ち残った部に部室を与えると公言しました。

 正直、賭けでした。

 公平な競技になるよう執行部で取り仕切り、大変盛り上がりました。結果としては、その同好会と弱小部が同率最下位になり、仲良く養生テープで部室を半分にわけて、いがみ合いながらも一緒に活動しています。
それにもまして、学校そのものの活気が、以前よりあふれているのですーー」

 発表の合間、成瀬がアシストでスクリーンに写真を表示する。
――小川が映っている写真だけ、長めに表示していたことは、まあ不問にする。

「これからも、生徒の自主自立の背中を押す生徒会を目指します」

 自校の発表が終わり、休憩に入ったマタロウに、小笠原が静かに近づいてきた。
 なんとも言いづらそうに、あちこちキョロキョロしてから、小笠原はボソボソと話し出す。

「君の学校の『部活対抗戦』の発表、興味深かった。非常に非効率だが、現場の士気は極めて高かった。いや、違うな? 熱量とでもいうか……」

 マタロウは、思わず吹き出した。
確かに、『熱量』だけは最高だったな、と思い出したのだ。マタロウは手を差し出した。

「そちらの学校の発表は淀みなかったな。さすが、小笠原 章君」
「富谷、マタロウ君、だったな。よろしく」

 二人は握手を交わした。
 まさにその時、運営の教師が二人を呼び止めた。

「そこの二人、ちょうど良かった! お昼のお弁当くばり、手伝ってくれないか」

 嫌とも言えず、二人が配膳場所に行くと、そこは列も動線も滅茶苦茶で、たくさんの生徒たちでごった返していた。

「ちょっと待て。なんだこの無秩序は!」
 小笠原が叫ぶ。
 彼の論理は、常に周到な準備の上に盤石に敷かれるものだ。だから、予想外の無計画において、秩序の修整は執行部の実力頼みなのだ。

 彼が自校の執行部役員を呼ぼうとした、その瞬間だった。
 マタロウは手元のパンフレットを丸めてメガホンにした。

「お前たち! なんだその体たらくは! 仮にも生徒会執行部の面々だろ! 学校コード順に並び直せ! 学校毎に並んで、代表者が取りにこい!」

 その一喝に、お遊び気分だった生徒たちの目に闘志が宿る。

「何だと!」
 と反発するものを見つけては、マタロウは、
「お前!名前は?」と聞き、
「東向中学の山田……」と答える相手に、びしりと指を指す。
「そう! 山田! 君はここに立って誘導に当たってくれ。成瀬くん!君は最後尾を頼む」

 成瀬は無表情にうなずいた。
 そうなると小笠原にも火がつく。

「おい!第二中の執行部!弁当の配布とゴミ袋の準備だ!遅れをとるなよ!」

 そうして、あっという間にお弁当配りは完了した。

 ロビーのソファで、小笠原とマタロウは並んで弁当を食べ始めた。

「現場指揮。さすがだったな。自校だけでなく、他校の生徒も即座に使う。人心掌握……。誰でもできることじゃない」
ポツリと小笠原は言った。

「ああ……。僕の学校に、コミュ強お化けがいるんだ。そいつらの影響だろうな」
と、マタロウは笑う。

 その後、二人は一緒にいろんな話をした。
なんか面白い話はないかな、と思い、この間小川に「今話題になってるんだけど……」と振られた話を話題に出してみることにした。

「……ところでさ、最近話題になってる『ゲームの達人』って知ってるか? 今度サマーゲームパーティーってあるだろ?あれ、招待状のIDがないと行けないんだろ?どうやったらいけるんだろう?」

 小笠原は、ピクリと弁当を食べる手を止めて、言った。

「……これ、俺のところに、送られてきた」

 そう言って、スマホの画面を表示した。マタロウは画面を見て驚いた。

「ええ! マジか!! 本当にもらってるやつ初めて見た!!」

 小笠原は、ふふん、とどや顔をして笑う。
――この後、その身に何が起こるかも知らずに。


本編に続く……