七秒の外側

第21話 条件を一つずつ

 再構成稿を最初に見せたのは、千馬だった。

「また俺から?」

「七秒のところを一番先に確認したいから」

「前は使うなって言ったけど」

「だから、今度は文章を見てから決めてほしい」

 昼休みの空き教室。

 萌菜美は印刷した原稿を机へ置いた。

 十九秒の映像そのものは持ち出していない。

 記事案だけ。

 千馬は最初から読み始めた。

 途中で何度か眉が動く。

 でも、読み終わるまでは何も言わなかった。

「ここ」

 千馬が指した。

 《千馬が将輝を危険な位置から押し出した。その直後、貴嗣が千馬を引いた。》

「これ、出したい?」

「出したい。でも、千馬が嫌なら出さない」

「何のために?」

「十二秒だけでは分からなかった行動を、確認できた事実として書くため」

「俺を助けた側にするためじゃなくて?」

「しない」

「英雄って書かない?」

「書かない」

「勇気ある行動、とか」

「書かない」

「奇跡、とか」

「記事本文では使わない」

 千馬は紙をめくった。

「じゃあ、俺が将輝押したことは書いていい」

 萌菜美はすぐには書き留めなかった。

「条件、確認する」

「うん」

「行動の事実は記載していい。ただし、千馬を新しい英雄として評価しない」

「そう」

「貴嗣と比べて、どっちがより正しかったかも決めない」

「それも」

「元映像そのものの公開は?」

「嫌」

「分かった」

「動画出したら、またそこだけ回るから」

「うん」

 萌菜美はノートへ書いた。

 《千馬:行動の記載は可。英雄化・比較評価は不可。元映像公開は不同意。》

「これで合ってる?」

「合ってる」

 今度は、返事まで確認してから丸をつけた。

 次は将輝。

 放課後、進路指導室の前のベンチで原稿を渡した。

 将輝は、自分の名前がある部分から先に読んだ。

「理由、入れたんだ」

「確認したい」

 本文には、

 《将輝は、元映像の冒頭七秒を除いた理由について、自分が危険に気づけず動けなかった場面を見られたくなかったためだと説明している。》

 とある。

「この書き方でいい?」

「いい」

「もっとぼかす?」

「いらない」

「本当に?」

「俺が言ったことだから」

 萌菜美はうなずいた。

「元映像の公開は?」

「しないで」

「学校内限定でも?」

「しないで」

「分かった」

「記事に、千馬が俺を押したことは書く?」

「本人が、英雄扱いしない条件で同意した」

「ならいい」

 将輝は原稿を返した。

「七秒切った事実も消さないで」

「消さない」

「理由だけで正当化もしなくていい」

「正当化?」

「恥ずかしかったから仕方なかった、みたいに」

「書かない」

「俺が切ったせいで、千馬の行動が十二秒から消えた。それも事実でしょ」

「うん」

「そこまででいい」

 萌菜美はノートへ書く。

 《将輝:7秒削除の事実、削除理由の記載可。正当化は不要。元映像公開は不同意。》

「確認して」

 将輝が読んで、うなずいた。

「合ってる」

 三人目は貴嗣。

 貴嗣は文章を読んで、最初に笑った。

「俺、助けたことと確認しなかったこと、同じ段落にいる」

「分ける?」

「いや、それでいい」

「どうして」

「同じ俺だから」

 萌菜美は返事を待つ。

「ただ」

 貴嗣が、支柱の部分を指した。

 《貴嗣と知正は、本来二人で行うべき固定後の指差し確認を行わなかった。》

 その直後。

 《事故後、固定ベルトが正常な固定状態ではなかったことは確認されている。一方、固定不十分になった直接原因は特定されていない。》

「この二つ、離さないで」

「離さない」

「紙面の都合で別段落にするとかも」

「しない」

「見出しで『確認不足が事故を招く』みたいなのも」

「しない」

「なら載せていい」

「貴嗣がベルトを金具へ通したことまで書く?」

「必要?」

「直接原因が未特定なら、そこだけ細かくすると貴嗣の操作へ原因を寄せて見せるかもしれない」

「じゃあ、記事の中心にはいらない」

「私もそう思う」

「取材記録には残す?」

「残す」

「それで」

 萌菜美は条件を書く。

 《貴嗣:共同確認省略の記載可。直接原因未特定の説明を必ず近接して記載。個別操作を原因のように見せない。》

「合ってる?」

「合ってる」

 最後は知正だった。

 知正は部活前、体育館の入口で立ったまま原稿を読んだ。

「貴嗣、もう見た?」

「見た」

「何て?」

「本人の確認内容は、必要な範囲だけ言うね。確認省略を書くことには同意。ただし、直接原因未特定も近くに置く」

「俺も同じ」

「読んでから決めて」

「読んでる」

 知正は最後まで目を通した。

「うん。同じでいい」

「自分の言葉で確認したい」

「細かいなあ」

「今回それをやります」

 知正は紙を持ったまま、少し考えた。

「共同確認しなかったことは書いていい。俺も貴嗣も、相手がやったと思ってたことも」

「うん」

「でも、それで俺らが支柱を倒したって決まったわけじゃないことも、同じくらいはっきり書いて」

「書く」

「『原因は不明』を小さく逃がさないで」

「分かった」

「あと、俺らを被害者みたいにも書かないで」

 萌菜美は顔を上げた。

「どういうこと?」

「ネットで勝手に事故原因にされたのは嫌だった。でも、確認しなかった責任まで薄くしてほしいわけじゃない」

「うん」

「そこは、俺らがしたことだから」

 萌菜美はノートへ書く。

 《知正:共同確認省略と相互の思い込みを記載可。直接原因未特定を同等の強さで明記。ネット上の誤断定を理由に確認省略の責任を薄めない。》

「合ってる?」

「合ってる」

 四人分。

 萌菜美は放課後の新聞部室で、ノートを机に並べた。

 千馬。
 将輝。
 貴嗣。
 知正。

 全員が同じ条件ではない。

 千馬は、行動を書くことには同意したが、英雄化を拒んだ。

 将輝は、七秒を切った理由まで書いてよいと言ったが、元映像の公開は拒んだ。

 貴嗣と知正は、共同確認を省いた事実を隠さない代わりに、直接原因が分かっていないことを同じ強さで書くよう求めた。

「前なら」

 萌菜美が言った。

「何?」

 真紗子が聞く。

「全員に同じ質問して、同じ同意を取ればいいと思ってたかも」

「今は?」

「書かれる内容が違うから、確認する条件も違う」

「うん」

「同意って、丸を一個もらうことじゃないんですね」

「少なくとも記事ではね」

 萌菜美は再構成稿を開いた。

 四人の確認内容を反映する。

 千馬の行動には、英雄という評価語を足さない。

 将輝の理由には、免罪する言葉を足さない。

 貴嗣と知正の確認省略には、直接原因未特定を必ず続ける。

 元映像は公開しない。

 十九秒を見せなくても、確認できた事実は文章で説明できる。

「これで出せる?」

 萌菜美が聞く。

「まだ」

 真紗子は即答した。

「学校の安全確認結果」

「先生から途中経過は聞いてる」

「途中経過でしょ」

 萌菜美は口を閉じた。

 千馬の言葉が頭に戻る。

 ――事実なら途中でも流していいのか。

「待つ?」

 真紗子が聞いた。

「待ちます」

 今度は迷わなかった。

 記事が書けたことと、

 出してよい時点に来たことは、

 同じではない。

 萌菜美はファイル名を変えた。

 《事故記事_再構成稿02_確認待ち》

 保存。

 共有設定を最後まで確認する。

 そして、公開ボタンには触れなかった。
【終】