七秒の外側

第20話 分かっている順番

 萌菜美は、事故の日の時系列を最初から作り直した。

 新聞部室の机いっぱいに、付箋を並べる。

 黄色は確定事実。

 青は証言や見解。

 赤は未確認。

「色、増えたね」

 真紗子が言った。

「前は人物ごとに分けてたので」

「今日は?」

「時間順」

 萌菜美は一枚目の黄色い付箋を置いた。

 《授業前。貴嗣と知正が、使用しない支柱を運搬台車へ戻す。》

 次。

 《担当教員は、固定後に二人で指差し確認をするよう指示。》

 その下へ、二枚。

 《貴嗣:知正が最終確認すると思った。》
 《知正:貴嗣が最終確認したと思った。》

 そして黄色。

 《二人で行うべき共同の指差し確認は実施されなかった。》

「ここまでは確定」

「うん」

 萌菜美はその横に赤い付箋を置いた。

 《この時点で固定ベルトがどの状態だったかは記録なし。》

 次。

 《授業開始。将輝が学校のタブレットを固定台へ設置し、サーブフォームを撮影。》

 《元映像は十九秒。》

 映像開始。

 《千馬がサーブを終える。》

 《支柱が動き始める。》

 《千馬が将輝の方向を見る。》

 《千馬が「将輝」と呼ぶ。》

 《映像上、千馬が到達するまで将輝の足の移動は確認できない。》

 《千馬が将輝を危険な位置から押し出す。》

 ここまでが、公開された十二秒にはない。

 七秒。

 萌菜美は黄色い付箋を七枚のまとまりにした。

 その次。

 《貴嗣が走る。》

 《千馬と貴嗣が目を合わせる。》

 《貴嗣が千馬を引く。》

 《直後、支柱が倒れる。》

 《けが人なし。》

「映像部分は強いね」

 真紗子が言った。

「見えるから」

「全部?」

 萌菜美は首を振った。

「映ってるところだけ」

 赤い付箋を追加する。

 《支柱の固定部分の細部は映像では確認できない。》

 次。

 事故後。

 《固定ベルトは、正常な固定状態ではなかった。》

 黄色。

 その横へ赤。

 《固定不十分が、いつ生じたかは不明。》

 もう一枚。

 《締結不足、ロック部の噛み込み不良、移動時の緩み等の可能性はあるが、直接原因は特定できない。》

 さらに。

 《共同確認を実施していれば、不完全固定に気づけた可能性はある。》

 これには少し迷って、黄色ではなく青にした。

「先生の見解?」

「はい。事実というより、可能性についての説明」

「なら青でいい」

 萌菜美は最後に、事故後の動画について置いた。

 《将輝が十九秒の元映像から冒頭七秒を除き、十二秒の送信用コピーを作る。》

 黄色。

 《将輝は、自分が危険に気づけず動けなかった場面を見られたくなかったと説明。》

 青。

 《確認できている編集は、元映像の冒頭七秒を除いたこと。映像内容を新たに追加・合成した事実は確認されていない。》

「こっち」

「うん」

 付箋を全部並べ終える。

 事故前。

 事故中。

 事故後。

 動画共有。

 一枚の机の上に、全部がつながった。

 萌菜美は少し離れて見る。

「これなら、原因分かりそうに見える」

「見える?」

「二人が確認しなかった。そのあと固定不十分だった。支柱が倒れた」

「じゃあ原因は二人?」

「……断定できない」

「どうして」

「間が空いてるから」

 萌菜美は二つの黄色い付箋を指した。

 《共同確認を実施しなかった。》

 《事故後、固定ベルトは正常固定状態ではなかった。》

 その間。

 何が起きたか。

 記録がない。

 同じ線の上にあるからといって、隣り合う二つを因果で結んでいいわけではない。

「時系列にすると、逆に分かります」

「何が?」

「空白」

 萌菜美は赤い付箋だけを拾った。

 《片づけ直後の固定状態。》
 《固定不十分が生じた時点。》
 《不完全固定の直接原因。》

 三枚。

「これが残る」

「うん」

「どれだけ調べても?」

「今ある記録ではね」

 萌菜美は三枚を机の中央へ戻した。

 以前なら、赤い付箋が残っているのが嫌だった。

 全部黄色にしたかった。

 分からないところを、誰かの証言や自分の推測で埋めたかった。

 でも今は、赤いまま残す意味が分かる。

「記事に、このまま書こうと思います」

「付箋を?」

「違います」

「知ってる」

 萌菜美はパソコンを開いた。

 新しい下書き。

 以前の仮稿は残す。

 直して上書きしない。

 十四年前の訂正欄と同じように、間違えた過程も記録として残す。

 新しいファイル名。

 《事故記事_再構成稿01》

 最初に見出しを書く。

 《確認できたこと》

 その下へ、時系列を簡潔に並べる。

 事故前、貴嗣と知正は支柱を台車へ戻した。

 二人で行うべき指差し確認は行われなかった。

 授業中、支柱が動き始めた。

 千馬が将輝を危険な位置から押し出した。

 その直後、貴嗣が千馬を引いた。

 支柱が倒れた。

 事故後、固定ベルトは正常固定状態ではなかった。

 将輝は十九秒の元映像から冒頭七秒を除き、十二秒のコピーを作った。

 全部書く。

 次の見出し。

 《確認できていないこと》

 固定不十分になった直接原因。

 いつ不完全な状態になったか。

 誰か一人の操作が、支柱転倒へ直接つながったか。

 そこは書かないのではなく、

 分からないと書く。

「前より、地味」

 萌菜美が言った。

「また言ってる」

「だって、事件の真相みたいなのない」

「事故だからね」

「誰が悪かったのか、もない」

「行動ごとの問題はある」

「はい」

 萌菜美はその下へ別の欄を作る。

 《責任を分ける》

 《貴嗣と知正が共同確認を省いたことには、それ自体の責任がある。》

 《将輝が七秒を除いたことで、十二秒だけを見た人には、その前の行動が伝わらなかった。》

 《新聞部の仮稿を管理した萌菜美は、共有範囲の確認不足により、確認途中の文章へ第三者が到達できる状態を残した。》

 ここまで書いて、止まる。

「私も入れる」

「うん」

「事故の記事なのに」

「今は流出も同じ記事の一部になったんでしょ」

「そうですね」

 十二秒の動画だけを批評するつもりだった。

 でも、下書きの流出も同じ構造を持ってしまった。

 一部だけが出る。

 そこから人が決まる。

 そして、その一部を外へ出す条件を作った人には責任がある。

「責任って」

 萌菜美が言った。

「一個じゃないんですね」

「どういう意味?」

「貴嗣と知正には確認を省いた責任がある。でも、だから直接原因を作ったとまでは言えない」

「うん」

「将輝には七秒を切った責任がある。でも、それだけで全部を捏造した人にはならない」

「うん」

「私には共有範囲を確認しなかった責任がある。でも、その後の全部の言葉を書いたわけじゃない」

「うん」

「分けると、誰も無罪にも有罪にもならない」

 真紗子が少し笑った。

「裁判じゃないから」

「分かってます」

 萌菜美も少し笑った。

 それから、画面の最後に一文だけ書いた。

 《分からないことを残すのは、責任を消すことではない。分かっている責任だけを、別の責任へ広げないためである。》

「それは事実?」

 真紗子が聞く。

「批評」

「分類できてる」

「はい」

 萌菜美はその一文へコメントをつけた。

 《記事を書く側の判断》

 保存。

 共有設定。

 自分。
 真紗子。

 一般アクセス、制限付き。

 親フォルダも制限付き。

「確認」

「うん」

 机の上には、三枚の赤い付箋が残っている。

 直接原因。

 発生時点。

 誰の操作だったか。

 どれも空白のまま。

 萌菜美はそれを捨てなかった。

 黄色へ塗り替えもしなかった。

 分からないことまで含めて、事故の時系列だった。
【終】