不器用な俺は、君がいないと駄目らしい

 文化祭当日。

 朝から校内は、いつもとは別の場所みたいに騒がしかった。

 廊下を走る人。

 呼び込みをする人。

 教室から聞こえてくる笑い声。

 俺はその中を歩きながら、自分のクラスへ向かっていた。

「三崎!」

 教室の前から声がする。

 だった。

「おはよう」

「……おはよう」

「今日、忙しくなるぞ」

「……うん」

「ちゃんと休憩しろよ」

「大丈夫」

「はい、禁止」

「……」

 相澤が笑う。

「今日何回言うか、数えとくから」

「……やめて」

「じゃあ、言わないように」

「努力する」

「それも怪しいな」

 そう言いながら、相澤が俺の持っていた荷物を取った。

「これ、俺が持つ」

「……いいよ。自分で持てる」

「知ってる」

「じゃあ……」

「持てるかどうかじゃなくて、俺が持ちたいの」

「……」

 何も言えなくなる。

「ほら、行こう」

「……うん」

 俺はの隣を歩いた。

 午前中は忙しかった。

 来場者の案内。

 展示の説明。

 備品の補充。

 何度も呼ばれて、そのたびに走り回った。

 気づけば昼を過ぎている。

「三崎」

「……何?」

「休憩」

「まだ仕事が……」

「俺がやる」

「でも」

「三崎」

「……」

「昨日の約束」

 俺は思い出した。

 困ったら頼る。

 無理をしない。

 そして――。

 相澤に「助けて」と言う練習。

「……じゃあ」

「うん」

「……お願い」

 が嬉しそうに笑った。

「任せろ」

 俺はその場を離れて、教室の隅の椅子に座った。

「はい」

 少しして、が飲み物を持ってきた。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 隣に座る。

「疲れた?」

「……少し」

「ちゃんと言えたじゃん」

「何が?」

「『疲れた』って」

「……」

 そう言われると恥ずかしい。

「別に、それくらい……」

「それくらいが大事なんだよ」

 相澤は笑った。

 文化祭は、あっという間に終わった。

 片付けが終わる頃には、外は夕暮れになっていた。

「お疲れー!」

「また明日な!」

 クラスメイトたちが帰っていく。

 教室には、俺とだけが残った。

「終わったな」

「……うん」

「三崎もお疲れ」

「相澤も」

 静かな教室。

 窓の外は、オレンジ色に染まっている。

「昨日の話」

 が言った。

「……うん」

「覚えてる?」

「……覚えてる」

「俺、ちゃんと聞きたい」

「……何を?」

「三崎の気持ち」

 胸が苦しくなる。

 昨日は、勢いで「好き」と言った。

 でも。

 改めて言うとなると、怖い。

「……」

「無理なら、急がなくていい」

 がそう言ってくれた。

 でも。

 俺は首を横に振った。

「……言いたい」

「うん」

「ちゃんと……言いたい」

 俺は深呼吸した。

「俺は」

 声が震える。

「相澤といると、楽しい」

「うん」

「一緒に帰るのも好き」

「うん」

「昼休みに隣にいてくれるのも……嬉しい」

「うん」

「他の人と話してると……嫌になる」

 そこまで言って、顔が熱くなる。

「……だから」

 俺は相澤を見る。

「たぶんじゃなくて」

 ちゃんと伝える。

「俺は、相澤が好き」

 静かな教室に、俺の声だけが響いた。

 はしばらく黙っていた。

 そして。

「……俺も」

 笑った。

「三崎が好き」

 その言葉を聞いた瞬間。

 胸の奥にあった何かが、すっとほどけた。

「これからさ」

 相澤が言う。

「もっと俺に頼ってよ」

「……努力する」

「またそれか」

「……だって」

「うん」

「どう頼ればいいのか……まだ分からない」

 相澤は少し考えて。

「じゃあ、一個ずつ覚えていこう」

「……一個ずつ?」

「そう」

「例えば?」

「疲れたら『疲れた』って言う」

「……うん」

「寂しかったら『寂しい』って言う」

「……」

「会いたかったら『会いたかった』って言う」

 俺は俯く。

「……難しい」

「じゃあ、今日は簡単なのから」

「何?」

「俺と一緒に帰りたい?」

「……うん」

「じゃあ言ってみて」

 俺はを見る。

「……相澤」

「ん?」

「……一緒に帰りたい」

「うん」

 が笑った。

「俺も」

 学校を出る。

 夕暮れの道を二人で歩く。

 昨日までと同じ道。

 なのに、何もかも違って見える。

「なあ、三崎」

「何?」

「今日から俺たち、付き合ってるってことでいい?」

「……うん」

「よし」

 相澤が嬉しそうに笑う。

 俺も少し笑う。

 しばらく歩いてから。

「……相澤」

「ん?」

「……ありがとう」

「何が?」

「俺に話しかけてくれて」

 が少し驚いた顔をする。

「……どういたしまして」

「それと」

「うん?」

「……これからも」

 言葉を探す。

「……俺のそばにいてほしい」

 は笑った。

「もちろん」

 その返事を聞いて、俺も笑った。

 俺はたぶん、これからも不器用だ。

 人見知りも、すぐには直らない。

 困ったら「大丈夫」と言ってしまうことも、きっとある。

 でも。

 もう、一人で全部抱え込まなくてもいい。

 頼ってもいい人がいる。

 弱音を吐いてもいい人がいる。

 そして――。

 俺を見つけてくれた人がいる。

「三崎」

「……何?」

「また『大丈夫』って言ったら、俺が止めるからな」

「……分かった」

「約束な」

「……うん」

 少しだけ考えて。

 俺は相澤の隣で、小さく笑った。

「……これからも、よろしく」

「ああ」

 夕暮れの道を、二人で歩いていく。

 今度はもう。

 一人じゃない。