不器用な俺は、君がいないと駄目らしい

 文化祭まで、あと三日。

 教室は、いつも以上に騒がしかった。

 机を移動させる音。

 段ボールを運ぶ音。

 誰かの笑い声。

 その中で、俺は壁に貼る装飾を確認していた。

「三崎、これどこに置く?」

「……そこの机」

「了解」

「三崎、テープある?」

「……ここ」

「サンキュー」

 最近、少しだけクラスの人と話すようになった。

 以前なら、質問されても必要最低限の返事しかできなかった。

 でも、相澤が一緒にいるようになってから、少しずつ会話が増えた。

 それでも。

 俺が一番話しやすいのは、やっぱり相澤だった。

「三崎」

「……相澤」

 振り返る。

 相澤が段ボールを抱えて立っている。

「これ、倉庫から持ってきた」

「ありがとう」

「他に必要なものある?」

「……今はない」

「そっか」

 が笑う。

 その笑顔を見るだけで、なぜか安心する。

 最近、俺はそれが少し怖かった。

 相澤がいると嬉しい。

 相澤からメッセージが来ると嬉しい。

 昼休みに隣に座ってくれると嬉しい。

 帰り道、一緒に歩けると嬉しい。

 そして。

 が他の誰かと楽しそうに話していると、少しだけ嫌な気持ちになる。

 どうしてなのか。

 俺にはまだ分からなかった。

「相澤!」

 女子のクラスメイトが声をかける。

「ちょっとこれ見てくれない?」

「おう、いいよ」

 二人で装飾について話し始める。

 俺はその場を離れた。

 別に気にすることじゃない。

 相澤は誰とでも話せる。

 それは最初から知っている。

 なのに。

「……」

 胸の奥が、少しだけざわついた。

「三崎?」

「……何?」

 気づけば、クラスメイトが目の前にいた。

「さっきから同じところ見てるけど、大丈夫?」

「……大丈夫」

「またそれ?」

「……」

 俺は慌てて視線を逸らした。

 放課後。

 準備が終わる頃には、外はもう暗くなっていた。

「じゃあ、俺ら帰るわ」

「お疲れー」

 クラスメイトたちが次々と帰っていく。

 俺も鞄を持つ。

「三崎」

 相澤が声をかけてくる。

「一緒に帰ろうぜ」

「……うん」

 二人で教室を出る。

 校門を出てしばらく歩く。

 いつもなら、相澤がいろいろ話してくれる。

 今日もそうだった。

「文化祭終わったらさ、みんなで打ち上げするらしいぞ」

「……そうなんだ」

「三崎も来る?」

「……」

 俺は少し迷った。

 人が多いところは苦手だ。

 でも。

「……相澤が行くなら」

 言ってしまった。

 がこちらを見る。

「俺が行くなら?」

「……うん」

「じゃあ、行こうぜ」

「……分かった」

 少しだけ安心した。

 駅に着く。

 ここで別れる。

「じゃあ、また明日」

「……うん」

 が歩き出す。

 俺も反対方向へ歩こうとした。

 そのとき。

「……」

 足が止まった。

 もう少し一緒にいたい。

 そう思った。

 でも、呼び止められない。

 だから、そのまま帰った。



 翌日の昼休み。

 何事もなかったかのように、いつものように相澤が隣に座る。

「三崎、弁当何?」

「……今日は唐揚げ」

「マジ? 一個くれ」

「……いいよ」

「やった」

 相澤が嬉しそうに笑う。

 俺も少し嬉しくなる。

 けれど。

「相澤」

「ん?」

「昨日……」

 昨日のことを聞こうとした。

 でも、そのとき。

「相澤、ちょっといい?」

 別の男子が声をかけてきた。

「おう」

 が席を立つ。

「ちょっと行ってくる」

「……うん」

 一人になる。

 箸を動かす。

 でも、食事の味がよく分からない。

 数分後。

「悪い、待たせた」

 相澤が戻ってくる。

「……別に」

「何かあった?」

「ない」

「三崎?」

「……なんでもない」

「……」

 相澤がじっと俺を見る。

 俺は視線を合わせられない。

「もしかして、怒ってる?」

「怒ってない」

「じゃあ、寂しかった?」

「……違う」

 即答した。

 でも。

 相澤は笑わなかった。

「そっか」

 それだけ言って、弁当を食べ始める。

 なぜか、胸が苦しくなった。

 違う。

 本当は。

 寂しかった。

 もっと一緒にいたかった。

 自分でも分かっていた。

 でも、言えなかった。



 

 ついに文化祭前日。

 教室には、俺と相澤の二人しか残っていなかった。

「三崎」

「……何?」

「今日、ちょっと変じゃない?」

「……そう?」

「うん」

 が近づいてくる。

「俺、何かした?」

「……してない」

「じゃあ、どうして?」

「……」

 答えられない。

「三崎」

「……相澤」

「ん?」

「……相澤は」

「うん」

「……俺以外の人と話すの、楽しい?」

 言ってしまった。

 相澤が目を丸くする。

「え?」

「……なんでもない」

 逃げようとする。

 けれど。

「待って」

 に呼び止められた。

「それ、どういう意味?」

「……」

「三崎」

 俺は俯いた。

 言えない。

 こんなことを言ったら、変だと思われる。

 重いと思われる。

 面倒だと思われる。

 だから。

「……忘れて」

「無理」

「……どうして」

「気になるから」

 相澤の声が、少しだけ優しい。

「三崎がそんな顔する理由、知りたい」

 俺は唇を噛んだ。

 そして。

「……相澤が」

「うん」

「……他の人と楽しそうにしてると」

「……」

「……嫌」

 言った瞬間、顔が熱くなった。

「ごめん」

「なんで謝るんだよ」

「……分からない」

「三崎」

 相澤が笑った。

「それって、もしかして嫉妬?」

「……」

 その言葉に、心臓が大きく跳ねた。

「……分からない」

「そっか」

 相澤は少し考えてから言った。

「じゃあ、俺から一個聞いていい?」

「……何?」

「俺と一緒にいるとき、どう?」

「……嬉しい」

「俺から連絡来たら?」

「……嬉しい」

「一緒に帰るのは?」

「……嬉しい」

「俺が他の人と仲良くしてたら?」

「……嫌」

 相澤が、ふっと笑う。

「それ、十分じゃない?」

「……何が?」

「好きってこと」

「……」

 頭が真っ白になった。

 好き。

 その言葉を考える。

 俺が相澤に感じていたもの。

 嬉しい。

 安心する。

 もっと一緒にいたい。

 他の人には取られたくない。

 ――それは。

「……好き」

 自分の口から、自然に言葉がこぼれた。

「……俺、相澤のこと」

 顔が熱い。

「……好き、なのかもしれない」

 相澤は何も言わなかった。

 その沈黙が怖くなって、俺は俯く。

「……ごめん」

「だから、なんで謝るんだよ」

 相澤が笑う。

「俺も同じだから」

「……え?」

「俺も三崎が好き」

 顔を上げる。

 相澤は、少し照れたように笑っていた。

「だから、そんなに不安そうな顔すんな」

「……」

「明日、文化祭終わったらさ」

「うん」

「ちゃんと話そう」

「……分かった」

 相澤が俺の頭を軽く撫でる。

「今日はもう帰ろう」

「……うん」

 教室を出る。

 隣を歩く相澤との距離が、昨日までとは少し違って感じた。

 校門を出たところで。

「三崎」

「……何?」

「明日から、もっと頼っていいからな」

「……うん」

「遠慮しなくていい」

「……うん」

「『大丈夫』も禁止」

「……それは難しい」

「じゃあ練習」

「……何を?」

「俺に『助けて』って言う練習」

「……」

 恥ずかしい。

 でも。

「……相澤」

「ん?」

「……明日も、一緒に帰りたい」

 が笑う。

「もちろん」

 その返事を聞いて。

 俺も、少しだけ笑った。