文化祭まで、あと二週間。
教室は毎日、少しずつ慌ただしくなっていた。
「三崎、これどうする?」
「……こっちに貼ればいいと思う」
「了解!」
クラスメイトから頼まれた仕事に答えながら、俺は黙々と作業を続ける。
ポスターの確認。
必要な備品のチェック。
先生への提出書類。
やることは多い。
でも、別に問題はない。
俺がやれば済む。
「三崎」
「……何?」
放課後、相澤が俺の机の前に立った。
「今日も残る?」
「うん」
「じゃあ俺も残る」
「……部活は?」
「今日は休み」
「そう」
相澤は椅子を引いて、俺の向かいに座った。
「何すればいい?」
「……大丈夫」
「はい、今の禁止」
「……」
「昨日も言っただろ。困ったら頼ってって」
「困ってないから」
「じゃあ、何でこんなに資料が積んであるんだよ」
机の上には、まだ整理できていない書類が山になっている。
「……今日中にやれば大丈夫」
「三崎」
「……何?」
「それ、俺が手伝っちゃダメ?」
少しだけ困ったような顔。
俺は迷った。
そして。
「……じゃあ、これ」
一枚の書類を差し出した。
「チェックしてほしい」
「任せろ」
が笑った。
その顔を見ると、少し安心する。
それから二人で作業を始めた。
しばらくして。
「三崎、これ終わった」
「ありがとう」
「次は?」
「……これ」
「了解」
いつも一人でやっていた作業が、どんどん片付いていく。
不思議だった。
誰かと一緒にやると、こんなに楽になるのか。
「なあ」
が突然言った。
「ん?」
「三崎って、何でも一人でやろうとするよな」
「……そうかな」
「そうだよ」
俺は少し考えた。
「……一人でできるなら、そのほうがいいと思ってる」
「なんで?」
「……人に頼むと、迷惑だから」
口にしてから、しまったと思った。
けれど、相澤は笑わなかった。
「誰かに頼ることが?」
「うん」
「俺は迷惑だと思ってないけど」
「……でも」
「三崎」
相澤が真っ直ぐ俺を見る。
「俺に頼るのも嫌?」
「……」
答えられない。
嫌じゃない。
むしろ、頼れるなら頼りたい。
だけど。
「……迷惑をかけたくない」
ようやく、それだけ言った。
相澤はしばらく黙っていた。
やがて。
「……そっか」
静かな声で言った。
「三崎って、そういうこと考えてたんだな」
「……変?」
「変じゃない」
相澤は首を振った。
「ただ……」
「?」
「もっと俺を頼ってほしい」
「……どうして?」
相澤は少し考えるように視線を逸らした。
「……三崎が一人で無理してるのを見るの、嫌だから」
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
「……俺は平気」
「それ」
「え?」
「三崎の『平気』は信用しないことにした」
「……」
少しだけ頬が熱くなった。
「だからさ」
相澤が笑う。
「困ったら俺を呼んで」
「……相澤を?」
「そう」
「何でも?」
「何でも」
「……夜でも?」
「まあ、夜中は考えるけど」
「……ふふ」
思わず笑ってしまった。
相澤が目を丸くする。
「三崎、今笑った?」
「……笑ってない」
「いや、笑っただろ!」
「……知らない」
「絶対笑った!」
恥ずかしくなって顔を伏せる。
こんなふうに笑ったのは、久しぶりだった。
そのとき。
廊下から別のクラスメイトが顔を出した。
「三崎、まだ残ってたのか?」
「うん」
「悪いんだけど、この資料も先生に渡しといてくれない?」
「……分かった」
「助かる!」
クラスメイトが去っていく。
俺は資料を受け取った。
「……これもやらないと」
立ち上がろうとした、その瞬間。
相澤が俺の腕を掴んだ。
「待って」
「……?」
「それ、明日でいいだろ」
「でも……」
「もう十分やった」
「……まだ終わってない」
「だから明日でいい」
「でも」
俺が困っていると、相澤がため息をついた。
「三崎」
「……何?」
「俺がやる」
「え?」
「先生に渡してくる」
「でも……」
「三崎は帰れ」
「……」
「今日はもう終わり」
有無を言わせない口調だった。
けれど、怖くはない。
むしろ。
少しだけ嬉しい。
「……相澤」
「ん?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
が笑った。
学校を出る。
夕暮れの道を二人で歩く。
「なあ、三崎」
「何?」
「明日も一緒に帰ろうぜ」
「……うん」
「あと、昼も一緒な」
「……うん」
「あと、困ったらちゃんと俺を呼ぶ」
「……努力する」
「そこは『分かった』だろ」
「……分かった」
「よし」
相澤が満足そうに笑う。
俺はその横顔を見る。
どうしてだろう。
昨日よりも。
今日よりも。
もっと近くにいてほしいと思った。
その日の夜。
机の上に置いたスマートフォンを見る。
相澤とのメッセージ画面。
今日、文化祭のことで何度か連絡を取り合った。
最後のメッセージは、
『明日もよろしくな』
だった。
俺はしばらく画面を眺める。
そして、指を動かした。
『こちらこそ』
送信。
少し考えて。
もう一行追加する。
『……明日、楽しみ』
送信してから、慌ててスマートフォンを伏せた。
「……何やってるんだ、俺」
顔が熱い。
でも。
少しだけ嬉しかった。
翌朝に教室に入ると、相澤がすぐに気づいた。
「おはよう、三崎」
「……おはよう」
「昨日の夜、メッセージくれたじゃん」
「……うん」
「『明日、楽しみ』って」
「……」
忘れてほしい。
今すぐ。
全部。
「三崎」
「……何」
「俺も楽しみだった」
「……」
心臓が、妙にうるさくなった。
教室は毎日、少しずつ慌ただしくなっていた。
「三崎、これどうする?」
「……こっちに貼ればいいと思う」
「了解!」
クラスメイトから頼まれた仕事に答えながら、俺は黙々と作業を続ける。
ポスターの確認。
必要な備品のチェック。
先生への提出書類。
やることは多い。
でも、別に問題はない。
俺がやれば済む。
「三崎」
「……何?」
放課後、相澤が俺の机の前に立った。
「今日も残る?」
「うん」
「じゃあ俺も残る」
「……部活は?」
「今日は休み」
「そう」
相澤は椅子を引いて、俺の向かいに座った。
「何すればいい?」
「……大丈夫」
「はい、今の禁止」
「……」
「昨日も言っただろ。困ったら頼ってって」
「困ってないから」
「じゃあ、何でこんなに資料が積んであるんだよ」
机の上には、まだ整理できていない書類が山になっている。
「……今日中にやれば大丈夫」
「三崎」
「……何?」
「それ、俺が手伝っちゃダメ?」
少しだけ困ったような顔。
俺は迷った。
そして。
「……じゃあ、これ」
一枚の書類を差し出した。
「チェックしてほしい」
「任せろ」
が笑った。
その顔を見ると、少し安心する。
それから二人で作業を始めた。
しばらくして。
「三崎、これ終わった」
「ありがとう」
「次は?」
「……これ」
「了解」
いつも一人でやっていた作業が、どんどん片付いていく。
不思議だった。
誰かと一緒にやると、こんなに楽になるのか。
「なあ」
が突然言った。
「ん?」
「三崎って、何でも一人でやろうとするよな」
「……そうかな」
「そうだよ」
俺は少し考えた。
「……一人でできるなら、そのほうがいいと思ってる」
「なんで?」
「……人に頼むと、迷惑だから」
口にしてから、しまったと思った。
けれど、相澤は笑わなかった。
「誰かに頼ることが?」
「うん」
「俺は迷惑だと思ってないけど」
「……でも」
「三崎」
相澤が真っ直ぐ俺を見る。
「俺に頼るのも嫌?」
「……」
答えられない。
嫌じゃない。
むしろ、頼れるなら頼りたい。
だけど。
「……迷惑をかけたくない」
ようやく、それだけ言った。
相澤はしばらく黙っていた。
やがて。
「……そっか」
静かな声で言った。
「三崎って、そういうこと考えてたんだな」
「……変?」
「変じゃない」
相澤は首を振った。
「ただ……」
「?」
「もっと俺を頼ってほしい」
「……どうして?」
相澤は少し考えるように視線を逸らした。
「……三崎が一人で無理してるのを見るの、嫌だから」
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
「……俺は平気」
「それ」
「え?」
「三崎の『平気』は信用しないことにした」
「……」
少しだけ頬が熱くなった。
「だからさ」
相澤が笑う。
「困ったら俺を呼んで」
「……相澤を?」
「そう」
「何でも?」
「何でも」
「……夜でも?」
「まあ、夜中は考えるけど」
「……ふふ」
思わず笑ってしまった。
相澤が目を丸くする。
「三崎、今笑った?」
「……笑ってない」
「いや、笑っただろ!」
「……知らない」
「絶対笑った!」
恥ずかしくなって顔を伏せる。
こんなふうに笑ったのは、久しぶりだった。
そのとき。
廊下から別のクラスメイトが顔を出した。
「三崎、まだ残ってたのか?」
「うん」
「悪いんだけど、この資料も先生に渡しといてくれない?」
「……分かった」
「助かる!」
クラスメイトが去っていく。
俺は資料を受け取った。
「……これもやらないと」
立ち上がろうとした、その瞬間。
相澤が俺の腕を掴んだ。
「待って」
「……?」
「それ、明日でいいだろ」
「でも……」
「もう十分やった」
「……まだ終わってない」
「だから明日でいい」
「でも」
俺が困っていると、相澤がため息をついた。
「三崎」
「……何?」
「俺がやる」
「え?」
「先生に渡してくる」
「でも……」
「三崎は帰れ」
「……」
「今日はもう終わり」
有無を言わせない口調だった。
けれど、怖くはない。
むしろ。
少しだけ嬉しい。
「……相澤」
「ん?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
が笑った。
学校を出る。
夕暮れの道を二人で歩く。
「なあ、三崎」
「何?」
「明日も一緒に帰ろうぜ」
「……うん」
「あと、昼も一緒な」
「……うん」
「あと、困ったらちゃんと俺を呼ぶ」
「……努力する」
「そこは『分かった』だろ」
「……分かった」
「よし」
相澤が満足そうに笑う。
俺はその横顔を見る。
どうしてだろう。
昨日よりも。
今日よりも。
もっと近くにいてほしいと思った。
その日の夜。
机の上に置いたスマートフォンを見る。
相澤とのメッセージ画面。
今日、文化祭のことで何度か連絡を取り合った。
最後のメッセージは、
『明日もよろしくな』
だった。
俺はしばらく画面を眺める。
そして、指を動かした。
『こちらこそ』
送信。
少し考えて。
もう一行追加する。
『……明日、楽しみ』
送信してから、慌ててスマートフォンを伏せた。
「……何やってるんだ、俺」
顔が熱い。
でも。
少しだけ嬉しかった。
翌朝に教室に入ると、相澤がすぐに気づいた。
「おはよう、三崎」
「……おはよう」
「昨日の夜、メッセージくれたじゃん」
「……うん」
「『明日、楽しみ』って」
「……」
忘れてほしい。
今すぐ。
全部。
「三崎」
「……何」
「俺も楽しみだった」
「……」
心臓が、妙にうるさくなった。



