不器用な俺は、君がいないと駄目らしい

 翌日の昼休み。

 俺はいつものように、自分の席で弁当を広げていた。

 窓から入ってくる風が、カーテンを揺らしている。

 教室の中央では、今日も何人かが集まって話していた。

「昨日さ、マジで焦ったわ」

「それはお前が悪いだろ」

「いやいや、聞いてくれって」

 笑い声。

 楽しそうだと思う。

 でも、俺には関係ない。

 そう思いながら、卵焼きを口に入れた。

「三崎」

「……ん?」

 声に振り返る。

 そこに相澤克也が立っていた。

「ここ、いい?」

「……?」

 俺の隣の席を指差している。

「なんで?」

「なんでって……昼飯」

 相澤は自分の弁当を持っていた。

「一緒に食おうかなって」

「……俺と?」

「うん」

 俺はしばらく黙った。

 断る理由はない。

 でも、どう返事をすればいいのか分からない。

「……いいよ」

「よし」

 相澤が嬉しそうに隣の席に座った。

「いただきます」

「……いただきます」

 しばらく沈黙。

 俺は弁当を食べる。

 相澤も食べる。

 会話はない。

 ……気まずい。

 でも、相澤は気にしていないようだった。

「三崎の弁当って、毎日自分で作ってる?」

「うん」

「すげえ」

「別に」

「卵焼きうまそう」

「……食べる?」

 言ってから、しまったと思った。

 俺の弁当のおかずを差し出すなんて。

 変じゃないか。

 そう思ったのに。

「いいの?」

「……うん」

 相澤が箸を伸ばす。

「うまっ」

「……そう」

「これ、自分で作ったの?」

「うん」

「料理できるんだな」

「……簡単なものだけ」

「俺、料理できないから羨ましいわ」

「……じゃあ、練習すれば」

「三崎が教えてくれる?」

「……俺でよければ」

 まただ。

 俺は「いいよ」と言えばいいだけなのに。

 いつも「俺でよければ」と言ってしまう。

 相澤は少し笑った。

「三崎ってさ」

「何?」

「本当に人見知りだよな」

「……え?」

 心臓が跳ねた。

「いや、昨日から思ってた」

「……俺、人見知り?」

「違う?」

「……分からない」

「じゃあ聞くけどさ」

 相澤が少し身を乗り出す。

「友達と遊びに行ったりする?」

「……あまり」

「休日は?」

「家にいる」

「誰かと連絡取ったりは?」

「……ほとんどしない」

「学校で誰かに話しかけようと思ったことは?」

「……ある」

「でも話しかけない?」

「……うん」

「なんで?」

 俺は答えに詰まった。

 そんなことを考えたこともなかった。

 話したいと思う。

 誰かと一緒に帰れたらいいと思う。

 休み時間にくだらない話をして笑えたらいいと思う。

 でも。

「……何を話せばいいか、分からない」

 小さく呟く。

「だから、話しかけられない」

 相澤は何も言わなかった。

 笑われると思った。

 変な奴だと思われるかもしれない。

 けれど。

「そっか」

 返ってきたのは、それだけだった。

「じゃあ、俺が話しかけるわ」

「……え?」

「三崎が何話せばいいか分かんないなら、俺が適当に話す」

「……いいの?」

「いいよ」

 あまりにも簡単に言う。

「俺、話すの好きだし」

「……でも、俺と話しても面白くないと思う」

「そんなことないって」

「……本当に?」

「本当」

 相澤が笑う。

「三崎と話すの、結構面白いよ」

「……どこが?」

「そこ」

「……?」

「そういうところ」

 意味が分からない。

 俺が首を傾げると、相澤はさらに笑った。

 昼休みが終わる。

「じゃあ、またな」

「……うん」

 相澤は自分の席へ戻っていく。

 俺も教科書を取り出す。

 でも。

 なぜか胸の奥が少しだけ軽かった。

 放課後。

 教室で文化祭の資料を整理していると、後ろから声がした。

「三崎」

「……相澤」

「今日もやってんの?」

「うん」

「手伝う」

「……いいの?」

「昨日言っただろ。困ったら手伝うって」

「……ありがとう」

 相澤が俺の机の向かいに座る。

「なあ」

「何?」

「三崎って、俺が話しかけるの嫌じゃない?」

「……?」

「ほら。昨日も今日も、急に隣に行ったりしたし」

「……嫌じゃない」

「ほんと?」

「うん」

 俺は少し考えてから続けた。

「……むしろ」

「むしろ?」

「……嬉しい」

 言った途端、相澤が固まった。

「……相澤?」

「いや」

 相澤が顔を背ける。

「なんでもない」

「……?」

 よく分からない。

 その日の帰り。

 校門を出たところで、相澤が言った。

「三崎」

「ん?」

「明日も昼、一緒に食べていい?」

「……うん」

「よし」

 相澤が笑う。

 俺も小さく笑った。

 家に帰ってから。

 いつもならすぐに制服を着替える。

 でも今日は、鞄を置いたところで立ち止まった。

「……明日」

 明日も昼休みに、が来る。

 それが楽しみだと思った。

 そして気づいた。

 俺は一人でいるのが好きだったわけじゃない。

 ただ――。

 誰かと一緒にいる方法を、知らなかっただけなのかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺は少しだけ笑った。