俺には、友達がいない。
正確に言えば、友達を作れない。
「三崎、おはよう」
「……おはよう」
朝の教室。
クラスメイトから挨拶をされれば、返すことはできる。
でも、そこから先が続かない。
何を話せばいいのか分からない。
相手が楽しそうに話していても、どんな相槌を打てばいいのか分からない。
だから、俺はいつも一人だった。
「三崎って、一人が好きなんだよな」
以前、誰かにそう言われた。
否定できなかった。
正しくは違う。
一人が好きなのではなく、一人でいるほうが楽なのだ。
そんな俺の名前は、三崎直。
高校二年生。
そして今日も、誰とも話さないまま午前中の授業を終えた。
昼休み。
弁当を食べ終えた俺は、窓際の席で午後の授業の教科書を確認していた。
教室の中央では、何人かの男子が楽しそうに話している。
その輪の中心にいるのが、相澤克也だった。
「それマジで?」
「マジマジ」
「いや、それ絶対嘘だろ」
明るい声。
誰とでも話せる。
先生とも気軽に会話する。
クラスのほとんどの人間と友達。
俺とは正反対の人間だ。
だから、俺には関係ない。
そう思っていた。
「じゃあ、文化祭の実行委員決めるぞー」
五時間目のホームルーム。
担任が黒板に役割を書いていく。
「実行委員、二人。誰かやりたい奴いるか?」
教室が静かになる。
誰も手を挙げない。
「いないのか?」
担任が困ったように教室を見回す。
俺は視線を下げた。
やりたくない。
人前に出るのは苦手だ。
みんなと相談するのも苦手だ。
できるなら絶対にやりたくない。
なのに。
「……三崎」
先生と目が合った。
「お前、去年もこういう仕事を黙々とやってくれただろ。今年も頼めないか?」
「……」
断ればいい。
嫌です、と言えばいい。
簡単なことだ。
なのに口から出てきたのは、
「……大丈夫です」
だった。
「お、助かる!」
担任が笑う。
教室からも、
「三崎ならちゃんとやりそう」
「真面目だしな」
そんな声が聞こえる。
もう一人の実行委員には、あまりやる気のなさそうな奴が選ばれた。
こうして俺は、文化祭実行委員になった。
放課後、実行委員の仕事を終え教室に戻る。
机の上には、大量の資料。
文化祭で使う備品の一覧。
クラスごとの提出書類。
去年の資料。
確認しなければならないことは多い。
「……これ、今日中に整理したほうがいいな」
誰に言うでもなく呟く。
もう一人の実行委員は、部活があるから先に帰った。
俺も帰ればいい。
でも。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせるように呟いた。
一時間後。
「……重い」
両手いっぱいに資料の入った段ボールを抱えて、廊下を歩く。
職員室まで持っていかなければならない。
前が見えない。
それでも、ゆっくり歩けば大丈夫。
階段に差しかかったところで――。
「三崎?」
後ろから声がした。
びくっと肩が跳ねる。
振り返る。
「……相澤」
「何してんの?」
「資料を運んでる」
「見れば分かる」
相澤は苦笑した。
「それ、一人でやる量じゃなくない?」
「……平気」
「平気?」
「うん」
「いや、全然平気そうに見えないけど」
「……大丈夫だから」
そう言うと、相澤はしばらく俺の顔を見た。
そして。
「貸して」
「え?」
俺が抱えていた段ボールを、ひょいと持ち上げた。
「相澤?」
「俺が持つ」
「でも……」
「部活?」
「今日はない」
「じゃあ問題ないだろ」
「……でも」
「でも?」
「……悪い」
相澤が目を丸くする。
そして、少し笑った。
「三崎ってさ」
「……何」
「めちゃくちゃ遠慮するよな」
「……そう?」
「そう」
俺にはよく分からない。
「別に普通だと思う」
「普通じゃないって」
相澤は段ボールを抱え直した。
「じゃ、行こうぜ」
「……うん」
隣を歩く。
普段なら一人で歩く廊下なのに、今日は相澤がいる。
何を話せばいいのか分からない。
沈黙が怖い。
でも、相澤は気にしていないらしい。
「文化祭、何やるんだっけ?」
「……クラス展示」
「そっか。三崎、実行委員だもんな」
「……うん」
「大変そう」
「……大丈夫」
「またそれ言った」
「え?」
「今日、何回目?」
「……分からない」
「数えてみる?」
「……いい」
相澤が笑う。
何がそんなに面白いのか分からない。
でも。
嫌な感じはしなかった。
職員室に資料を届ける。
その帰り道。
「なあ、三崎」
「何?」
「これからも一人で全部やるつもり?」
「……?」
「文化祭の仕事」
「ああ」
「無理なときは誰かに頼れよ」
「……でも」
「また『大丈夫』?」
「……」
言葉に詰まる。
相澤は困ったように笑った。
「俺でよければ手伝うから」
「……相澤が?」
「うん」
「……忙しくないの?」
「今日は暇」
「……そう」
「だから、困ったら言って」
俺は少し考えた。
誰かに頼るのは苦手だ。
迷惑をかけるのも嫌だ。
でも。
「……じゃあ」
「ん?」
「……少しだけ、お願いしてもいい?」
言った瞬間。
相澤が目を見開いた。
「……おう」
なぜか、嬉しそうだった。
教室に戻る。
二人で資料を整理する。
俺が書類を分けて、相澤がそれをファイルに入れていく。
たったそれだけの作業。
なのに、いつもよりずっと早く終わった。
「終わった!」
相澤が大きく伸びをする。
「三崎、すごいな。仕事早い」
「……相澤が手伝ってくれたから」
「じゃあ、また手伝うわ」
「……いいの?」
「もちろん」
相澤は笑った。
俺は少しだけ視線を逸らす。
「……相澤は親切だな」
「え?」
「……なんでもない」
鞄を持つ。
「帰る?」
「うん」
教室を出る。
並んで歩く。
それだけなのに、いつもより帰り道が短く感じた。
正確に言えば、友達を作れない。
「三崎、おはよう」
「……おはよう」
朝の教室。
クラスメイトから挨拶をされれば、返すことはできる。
でも、そこから先が続かない。
何を話せばいいのか分からない。
相手が楽しそうに話していても、どんな相槌を打てばいいのか分からない。
だから、俺はいつも一人だった。
「三崎って、一人が好きなんだよな」
以前、誰かにそう言われた。
否定できなかった。
正しくは違う。
一人が好きなのではなく、一人でいるほうが楽なのだ。
そんな俺の名前は、三崎直。
高校二年生。
そして今日も、誰とも話さないまま午前中の授業を終えた。
昼休み。
弁当を食べ終えた俺は、窓際の席で午後の授業の教科書を確認していた。
教室の中央では、何人かの男子が楽しそうに話している。
その輪の中心にいるのが、相澤克也だった。
「それマジで?」
「マジマジ」
「いや、それ絶対嘘だろ」
明るい声。
誰とでも話せる。
先生とも気軽に会話する。
クラスのほとんどの人間と友達。
俺とは正反対の人間だ。
だから、俺には関係ない。
そう思っていた。
「じゃあ、文化祭の実行委員決めるぞー」
五時間目のホームルーム。
担任が黒板に役割を書いていく。
「実行委員、二人。誰かやりたい奴いるか?」
教室が静かになる。
誰も手を挙げない。
「いないのか?」
担任が困ったように教室を見回す。
俺は視線を下げた。
やりたくない。
人前に出るのは苦手だ。
みんなと相談するのも苦手だ。
できるなら絶対にやりたくない。
なのに。
「……三崎」
先生と目が合った。
「お前、去年もこういう仕事を黙々とやってくれただろ。今年も頼めないか?」
「……」
断ればいい。
嫌です、と言えばいい。
簡単なことだ。
なのに口から出てきたのは、
「……大丈夫です」
だった。
「お、助かる!」
担任が笑う。
教室からも、
「三崎ならちゃんとやりそう」
「真面目だしな」
そんな声が聞こえる。
もう一人の実行委員には、あまりやる気のなさそうな奴が選ばれた。
こうして俺は、文化祭実行委員になった。
放課後、実行委員の仕事を終え教室に戻る。
机の上には、大量の資料。
文化祭で使う備品の一覧。
クラスごとの提出書類。
去年の資料。
確認しなければならないことは多い。
「……これ、今日中に整理したほうがいいな」
誰に言うでもなく呟く。
もう一人の実行委員は、部活があるから先に帰った。
俺も帰ればいい。
でも。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせるように呟いた。
一時間後。
「……重い」
両手いっぱいに資料の入った段ボールを抱えて、廊下を歩く。
職員室まで持っていかなければならない。
前が見えない。
それでも、ゆっくり歩けば大丈夫。
階段に差しかかったところで――。
「三崎?」
後ろから声がした。
びくっと肩が跳ねる。
振り返る。
「……相澤」
「何してんの?」
「資料を運んでる」
「見れば分かる」
相澤は苦笑した。
「それ、一人でやる量じゃなくない?」
「……平気」
「平気?」
「うん」
「いや、全然平気そうに見えないけど」
「……大丈夫だから」
そう言うと、相澤はしばらく俺の顔を見た。
そして。
「貸して」
「え?」
俺が抱えていた段ボールを、ひょいと持ち上げた。
「相澤?」
「俺が持つ」
「でも……」
「部活?」
「今日はない」
「じゃあ問題ないだろ」
「……でも」
「でも?」
「……悪い」
相澤が目を丸くする。
そして、少し笑った。
「三崎ってさ」
「……何」
「めちゃくちゃ遠慮するよな」
「……そう?」
「そう」
俺にはよく分からない。
「別に普通だと思う」
「普通じゃないって」
相澤は段ボールを抱え直した。
「じゃ、行こうぜ」
「……うん」
隣を歩く。
普段なら一人で歩く廊下なのに、今日は相澤がいる。
何を話せばいいのか分からない。
沈黙が怖い。
でも、相澤は気にしていないらしい。
「文化祭、何やるんだっけ?」
「……クラス展示」
「そっか。三崎、実行委員だもんな」
「……うん」
「大変そう」
「……大丈夫」
「またそれ言った」
「え?」
「今日、何回目?」
「……分からない」
「数えてみる?」
「……いい」
相澤が笑う。
何がそんなに面白いのか分からない。
でも。
嫌な感じはしなかった。
職員室に資料を届ける。
その帰り道。
「なあ、三崎」
「何?」
「これからも一人で全部やるつもり?」
「……?」
「文化祭の仕事」
「ああ」
「無理なときは誰かに頼れよ」
「……でも」
「また『大丈夫』?」
「……」
言葉に詰まる。
相澤は困ったように笑った。
「俺でよければ手伝うから」
「……相澤が?」
「うん」
「……忙しくないの?」
「今日は暇」
「……そう」
「だから、困ったら言って」
俺は少し考えた。
誰かに頼るのは苦手だ。
迷惑をかけるのも嫌だ。
でも。
「……じゃあ」
「ん?」
「……少しだけ、お願いしてもいい?」
言った瞬間。
相澤が目を見開いた。
「……おう」
なぜか、嬉しそうだった。
教室に戻る。
二人で資料を整理する。
俺が書類を分けて、相澤がそれをファイルに入れていく。
たったそれだけの作業。
なのに、いつもよりずっと早く終わった。
「終わった!」
相澤が大きく伸びをする。
「三崎、すごいな。仕事早い」
「……相澤が手伝ってくれたから」
「じゃあ、また手伝うわ」
「……いいの?」
「もちろん」
相澤は笑った。
俺は少しだけ視線を逸らす。
「……相澤は親切だな」
「え?」
「……なんでもない」
鞄を持つ。
「帰る?」
「うん」
教室を出る。
並んで歩く。
それだけなのに、いつもより帰り道が短く感じた。



