翌朝、晴はいつも通りだった。
「真帆、おはよう」
鞄を机へ置き、自分の席へ座る。少し伸びた短い髪。制服のシャツ。膝丈のスカート。見慣れた晴だった。昨日、白い王子服を着ていた人と同じ人だ。それなのに、昨日の晴と今朝の晴を頭の中で並べてしまう。
『男っぽい私の方が、好き?』
晴はもう、その話を蒸し返さなかった。
「真帆、顔怖い。ずっと眉間に力入ってる」
横から顔を覗き込まれ、反射的に額へ手を当てる。
「そんなに?」
「うん。朝から難しい問題でも解いてる?」
「……そんな感じ」
晴が心配そうに眉を寄せた。たぶん、晴は待っている。昨日私が、ちゃんと考えたいと言ったから。だから私も、急いで答えを作るのはやめた。
◇
昼休みに莉子が、文化祭当日のクラス紹介用の案を机へ置いた。
「じゃあ、宣伝これでいい?」
昨日まで「王子役」と書かれていたところには二重線が引かれ、代わりに『案内役 三好晴』と書かれていた。
「王子じゃなくなったんだ」
私が尋ねると、晴は弁当の卵焼きを食べながら答えた。
「うん。服は昨日言ったやつ持ってくる。これ」
晴がスマートフォンを差し出した。一緒に昼食を食べていた小林さんと植田さんも、並んで画面を覗き込む。黒に近い紺色のセットアップが映っていた。
「普通に格好いいじゃん。それでよくない?」
「むしろ展示に合いそう」
二人の反応は軽かった。昨日まで、白い王子服であれだけ盛り上がっていたのが嘘みたいだった。晴に視線を向けて、莉子が尋ねた。
「セリフはどうする? 『悩める十七歳よ』は?」
「絶対言わない。普通に企画説明でいいでしょ。『答えの出ない問い、集めました』とか?」
「そのあとどうする?」
「……『あなたなら、どう答えますか』みたいな?」
私が呟くと、晴がこちらへ目を向けた。
「それいい」
莉子が紙へ書き足す。
『答えの出ない問い、集めました。あなたなら、どう答えますか。二年二組で待ってます。』
その文字を見ながら、小林さんが吹き出した。
「めっちゃ普通になった」
「いいじゃん、分かりやすくて」
「晴、王子ポーズしないの? 一回くらいやってよ」
「しない。昨日やったから十分」
みんなが笑う。晴も口元を緩めた。誰も、せっかく盛り上がっていたのに、王子じゃなきゃ意味がない――とは言わなかった。
「なんだ。変えてもみんな普通じゃん」
晴が隣で呟く。その声は、どこかほっとしているように聞こえた。
◇
放課後は教室の後ろで、晴と二人で展示パネルを直していた。
「晴、そこ曲がってない? 『恋愛』の見出し」
「真帆、細かい」
「写真撮ると目立つから」
「なんか牧野みたいなこと言ってる」
「そこまでじゃない」
マスキングテープを剥がし、貼り直す。晴は隣で、質問カードの位置を整えていた。
『友達を好きになったら、もう友達ではいられませんか。』
私の紙。その下には、もう一枚。
『好きな人に好きと言わないことは、優しさですか。』
晴の手が、その紙の端を押さえた。
「これ、やっぱ気になる」
「どうして?」
「分かんない」
すぐに答えてから、晴はカードを見た。
「優しさって、自分で決めていいのかなって。相手のために黙ってるつもりでも、本当に相手がそれ望んでるかは、聞かないと分かんないじゃん」
「うん」
「でも聞いたら、もう黙ってられないし。だから分かんない」
「晴、また分かんないじゃん」
「真帆のが移った」
「私のせい?」
「たぶん」
晴は別のカードへ手を伸ばした。その問いを書いた人が誰なのかは、知らない。それでもなぜか、その紙を見ていた晴の横顔が残った。
「そういえば昨日の衣装さ、やめてよかった」
作業を続けながら、晴が言った。
「白いの?」
「うん。別に嫌いじゃなかったんだけどね。似合うって言われるのも嬉しかったし。でも、自分で決めたやつ着る方が気楽」
晴はテープを切りながら、なんてことないようにそう言った。
「晴って嫌なら嫌って、すぐ言える人だと思ってた」
「基本は言うよ」
「じゃあ昨日は?」
尋ねると、晴は目線を落とした。
「全部嫌じゃなかったからじゃない? 衣装着るのは面白かったし、みんなも楽しそうだったし。でも家帰ってからも引っかかってたから、やっぱ変えよって思った」
全部が嫌なら、もっと簡単なのかもしれない。嫌です、やりません――それで話を終えられる。でも、楽しいところもある。嬉しいところもある。その中に、自分でもすぐには名前をつけられない違和感が混ざる。
晴でも、それを見つけるのには時間がかかる。
「たぶん、自分で決めたかったんだと思う」
晴の説明はそこまでだった。分からないままでも、自分で選び直すことはできる。
「晴、格好いいね」
「何が?」
「自分で変えたところ」
そう口にしてしまうと、急に恥ずかしくなった。晴は数秒黙り、それからふっと息を吐いた。
「真帆さ。急にそういうこと言うの、ずるい。昨日あんなこと聞いたあとに」
「晴が聞いたんでしょ」
「そうだけど。もう忘れてよ」
晴は困ったように口元を緩めて、また作業に戻った。だからその話は、それ以上は続かなかった。
◇
週明けの放課後、文化祭宣伝用の写真を撮ることになった。撮影係は、なぜか私だった。
『牧野君に頼めばいいのに』
昼休みにそう言うと、晴は首を横に振った。
『嫌。牧野に頼むと本気の撮影になるから、真帆がやってよ』
その声に、少し離れたところにいた修也が顔を上げる。
『聞こえてるけど』
『だって絶対、牧野だと時間かかるじゃん』
『否定はしない』
修也が笑った。以前より、本当に少しずつ、普通の会話が戻ってきている。まだ二人きりで出かけようとは思わない。修也も誘わない。それでよかった。
椅子に座って着替えている晴を待っていると、教室の扉が開いた。
「お待たせ」
晴が入ってくる。濃紺のジャケット。白いシャツ。同じ色の細身のパンツ。黒いローファー。髪はいつものままで、装飾もない。王冠もない。王子だと説明するものは、どこにもなかった。
それでも一瞬、目が離せなかった。
「真帆、どう?」
晴が両腕を広げる。
「……似合ってる」
「それだけ?」
「格好いい」
晴の顔が嬉しそうに綻ぶ。王子服も格好よかった。今日も格好いい。でも今日の晴は、この間より楽そうだった。
「なんか……晴が選んだ感じする」
「何それ」
「分からないけど」
「また分からない」
「でも、そう見える」
言ってから、少し考える。晴は俯き、自分のジャケットへ目を落とした。
「真帆のそれ、私自身が流されずにちゃんと選んだからって意味なら、嬉しい」
「それ」
「じゃあ合ってる」
晴の表情が明るくなった。その姿に向かって、私はスマートフォンを構える。
「普通に立てばいい? ポーズは?」
「案内役だから、普通でいいよ」
「真帆、設定に厳しい」
「晴は王子じゃないんでしょ」
「そうだった」
晴が笑った。私はその瞬間に、咄嗟にシャッターを切った。
「あっ……今の、よかったかも」
「ほんと? 見せて」
そう言って、晴が近づいてくる。肩が触れそうな距離で画面を見ると、自然に笑っている晴が写っていた。カメラへ顔を作る直前の表情。以前、修也が言っていたことを思い出す。
――撮られていると気づいていないときの方が、その人っぽいことがある。
「これ好き。これにしよ」
晴が写真を指さした。
「まだ一枚目だけど。本当に?」
「うん。好き」
自分の写真を見て、晴はあっさりそう言った。白い王子服を着た晴も格好よかった。でも、自分で服を選び直して、自分で選んだ姿を見て、自分で「好き」と言う晴を見ていると――昨日まで考えていたことが、少しずつ形になっていく気がした。
帰り道、晴はセットアップから制服へ着替えていた。いつものスカート。いつものスニーカー。いつもの短い髪。そして、私の隣を歩いている。
「晴、この前の質問」
そう言うと、晴の歩調が緩んだ。自分から話しかけたのに、緊張していた。
「……一個なら、答えられる」
「一個?」
「男の子っぽい晴が、ほかの晴より好きってことじゃない。格好いい晴は好き」
胸が鳴った。でも、今度はそこで止めなかった。
「でも、体育館で泣いてた晴も、水族館の理由が涼しいからだった晴も。ピンクのリップ選んだときも」
晴が黙る。短い髪。バスケ。王子の服。そういうところに惹かれたのは、本当だと思う。でも、それだけではなかった。
「そういうの、全部」
そこまで言って、言葉が止まった。全部、何なのか。答えはもう、かなり近くにある気がした。それでも今日は、逃げたくなかった。
「……大事」
ようやく言った。好き、とはまだ言えない。でも、今の私に言えるところまでは言った。晴は何も言わなかった。
「それ……だいぶ嬉しい」
やっとそう言って笑った晴の横顔を見て、少しだけ息が楽になる。しばらく歩いてから、私は尋ねた。
「晴は、どうしてあんなこと聞いたの?」
晴は前を向いたまま答えた。
「真帆が、私のどこ見てるのかなって知りたかったから。男っぽい私の方が好きって言われたら、そういうところだけなのかなって思ったのかも。私も、ちゃんとは分かってなかったけど」
そこまで言って、晴は肩をすくめた。それで、ようやく少し分かった。晴が聞きたかったのは、どの服が似合うかではない。私が、晴の何を見ているのか。たぶん、それを知りたかったのだ。
私が、晴の何を見ているのか。短い髪だから。バスケをしているから。セットアップが似合うから。そういうところに惹かれたのは、本当なのかもしれない。でも、だからといって晴を、男の子の代わりとして見ているわけではなかった。
もし晴が男の子だったら。そんな仮定を置かなくても、今隣を歩いている晴を、大事だと思っている。晴は女の子だ。短い髪でも。セットアップが似合っても。バスケ部でも。格好よくても。それとは関係なく、今私が見ている人は、女の子の晴だった。
そして、その晴を、私は大事だと思っている。そこまでなら、もう「分からない」には戻せなかった。
「真帆、おはよう」
鞄を机へ置き、自分の席へ座る。少し伸びた短い髪。制服のシャツ。膝丈のスカート。見慣れた晴だった。昨日、白い王子服を着ていた人と同じ人だ。それなのに、昨日の晴と今朝の晴を頭の中で並べてしまう。
『男っぽい私の方が、好き?』
晴はもう、その話を蒸し返さなかった。
「真帆、顔怖い。ずっと眉間に力入ってる」
横から顔を覗き込まれ、反射的に額へ手を当てる。
「そんなに?」
「うん。朝から難しい問題でも解いてる?」
「……そんな感じ」
晴が心配そうに眉を寄せた。たぶん、晴は待っている。昨日私が、ちゃんと考えたいと言ったから。だから私も、急いで答えを作るのはやめた。
◇
昼休みに莉子が、文化祭当日のクラス紹介用の案を机へ置いた。
「じゃあ、宣伝これでいい?」
昨日まで「王子役」と書かれていたところには二重線が引かれ、代わりに『案内役 三好晴』と書かれていた。
「王子じゃなくなったんだ」
私が尋ねると、晴は弁当の卵焼きを食べながら答えた。
「うん。服は昨日言ったやつ持ってくる。これ」
晴がスマートフォンを差し出した。一緒に昼食を食べていた小林さんと植田さんも、並んで画面を覗き込む。黒に近い紺色のセットアップが映っていた。
「普通に格好いいじゃん。それでよくない?」
「むしろ展示に合いそう」
二人の反応は軽かった。昨日まで、白い王子服であれだけ盛り上がっていたのが嘘みたいだった。晴に視線を向けて、莉子が尋ねた。
「セリフはどうする? 『悩める十七歳よ』は?」
「絶対言わない。普通に企画説明でいいでしょ。『答えの出ない問い、集めました』とか?」
「そのあとどうする?」
「……『あなたなら、どう答えますか』みたいな?」
私が呟くと、晴がこちらへ目を向けた。
「それいい」
莉子が紙へ書き足す。
『答えの出ない問い、集めました。あなたなら、どう答えますか。二年二組で待ってます。』
その文字を見ながら、小林さんが吹き出した。
「めっちゃ普通になった」
「いいじゃん、分かりやすくて」
「晴、王子ポーズしないの? 一回くらいやってよ」
「しない。昨日やったから十分」
みんなが笑う。晴も口元を緩めた。誰も、せっかく盛り上がっていたのに、王子じゃなきゃ意味がない――とは言わなかった。
「なんだ。変えてもみんな普通じゃん」
晴が隣で呟く。その声は、どこかほっとしているように聞こえた。
◇
放課後は教室の後ろで、晴と二人で展示パネルを直していた。
「晴、そこ曲がってない? 『恋愛』の見出し」
「真帆、細かい」
「写真撮ると目立つから」
「なんか牧野みたいなこと言ってる」
「そこまでじゃない」
マスキングテープを剥がし、貼り直す。晴は隣で、質問カードの位置を整えていた。
『友達を好きになったら、もう友達ではいられませんか。』
私の紙。その下には、もう一枚。
『好きな人に好きと言わないことは、優しさですか。』
晴の手が、その紙の端を押さえた。
「これ、やっぱ気になる」
「どうして?」
「分かんない」
すぐに答えてから、晴はカードを見た。
「優しさって、自分で決めていいのかなって。相手のために黙ってるつもりでも、本当に相手がそれ望んでるかは、聞かないと分かんないじゃん」
「うん」
「でも聞いたら、もう黙ってられないし。だから分かんない」
「晴、また分かんないじゃん」
「真帆のが移った」
「私のせい?」
「たぶん」
晴は別のカードへ手を伸ばした。その問いを書いた人が誰なのかは、知らない。それでもなぜか、その紙を見ていた晴の横顔が残った。
「そういえば昨日の衣装さ、やめてよかった」
作業を続けながら、晴が言った。
「白いの?」
「うん。別に嫌いじゃなかったんだけどね。似合うって言われるのも嬉しかったし。でも、自分で決めたやつ着る方が気楽」
晴はテープを切りながら、なんてことないようにそう言った。
「晴って嫌なら嫌って、すぐ言える人だと思ってた」
「基本は言うよ」
「じゃあ昨日は?」
尋ねると、晴は目線を落とした。
「全部嫌じゃなかったからじゃない? 衣装着るのは面白かったし、みんなも楽しそうだったし。でも家帰ってからも引っかかってたから、やっぱ変えよって思った」
全部が嫌なら、もっと簡単なのかもしれない。嫌です、やりません――それで話を終えられる。でも、楽しいところもある。嬉しいところもある。その中に、自分でもすぐには名前をつけられない違和感が混ざる。
晴でも、それを見つけるのには時間がかかる。
「たぶん、自分で決めたかったんだと思う」
晴の説明はそこまでだった。分からないままでも、自分で選び直すことはできる。
「晴、格好いいね」
「何が?」
「自分で変えたところ」
そう口にしてしまうと、急に恥ずかしくなった。晴は数秒黙り、それからふっと息を吐いた。
「真帆さ。急にそういうこと言うの、ずるい。昨日あんなこと聞いたあとに」
「晴が聞いたんでしょ」
「そうだけど。もう忘れてよ」
晴は困ったように口元を緩めて、また作業に戻った。だからその話は、それ以上は続かなかった。
◇
週明けの放課後、文化祭宣伝用の写真を撮ることになった。撮影係は、なぜか私だった。
『牧野君に頼めばいいのに』
昼休みにそう言うと、晴は首を横に振った。
『嫌。牧野に頼むと本気の撮影になるから、真帆がやってよ』
その声に、少し離れたところにいた修也が顔を上げる。
『聞こえてるけど』
『だって絶対、牧野だと時間かかるじゃん』
『否定はしない』
修也が笑った。以前より、本当に少しずつ、普通の会話が戻ってきている。まだ二人きりで出かけようとは思わない。修也も誘わない。それでよかった。
椅子に座って着替えている晴を待っていると、教室の扉が開いた。
「お待たせ」
晴が入ってくる。濃紺のジャケット。白いシャツ。同じ色の細身のパンツ。黒いローファー。髪はいつものままで、装飾もない。王冠もない。王子だと説明するものは、どこにもなかった。
それでも一瞬、目が離せなかった。
「真帆、どう?」
晴が両腕を広げる。
「……似合ってる」
「それだけ?」
「格好いい」
晴の顔が嬉しそうに綻ぶ。王子服も格好よかった。今日も格好いい。でも今日の晴は、この間より楽そうだった。
「なんか……晴が選んだ感じする」
「何それ」
「分からないけど」
「また分からない」
「でも、そう見える」
言ってから、少し考える。晴は俯き、自分のジャケットへ目を落とした。
「真帆のそれ、私自身が流されずにちゃんと選んだからって意味なら、嬉しい」
「それ」
「じゃあ合ってる」
晴の表情が明るくなった。その姿に向かって、私はスマートフォンを構える。
「普通に立てばいい? ポーズは?」
「案内役だから、普通でいいよ」
「真帆、設定に厳しい」
「晴は王子じゃないんでしょ」
「そうだった」
晴が笑った。私はその瞬間に、咄嗟にシャッターを切った。
「あっ……今の、よかったかも」
「ほんと? 見せて」
そう言って、晴が近づいてくる。肩が触れそうな距離で画面を見ると、自然に笑っている晴が写っていた。カメラへ顔を作る直前の表情。以前、修也が言っていたことを思い出す。
――撮られていると気づいていないときの方が、その人っぽいことがある。
「これ好き。これにしよ」
晴が写真を指さした。
「まだ一枚目だけど。本当に?」
「うん。好き」
自分の写真を見て、晴はあっさりそう言った。白い王子服を着た晴も格好よかった。でも、自分で服を選び直して、自分で選んだ姿を見て、自分で「好き」と言う晴を見ていると――昨日まで考えていたことが、少しずつ形になっていく気がした。
帰り道、晴はセットアップから制服へ着替えていた。いつものスカート。いつものスニーカー。いつもの短い髪。そして、私の隣を歩いている。
「晴、この前の質問」
そう言うと、晴の歩調が緩んだ。自分から話しかけたのに、緊張していた。
「……一個なら、答えられる」
「一個?」
「男の子っぽい晴が、ほかの晴より好きってことじゃない。格好いい晴は好き」
胸が鳴った。でも、今度はそこで止めなかった。
「でも、体育館で泣いてた晴も、水族館の理由が涼しいからだった晴も。ピンクのリップ選んだときも」
晴が黙る。短い髪。バスケ。王子の服。そういうところに惹かれたのは、本当だと思う。でも、それだけではなかった。
「そういうの、全部」
そこまで言って、言葉が止まった。全部、何なのか。答えはもう、かなり近くにある気がした。それでも今日は、逃げたくなかった。
「……大事」
ようやく言った。好き、とはまだ言えない。でも、今の私に言えるところまでは言った。晴は何も言わなかった。
「それ……だいぶ嬉しい」
やっとそう言って笑った晴の横顔を見て、少しだけ息が楽になる。しばらく歩いてから、私は尋ねた。
「晴は、どうしてあんなこと聞いたの?」
晴は前を向いたまま答えた。
「真帆が、私のどこ見てるのかなって知りたかったから。男っぽい私の方が好きって言われたら、そういうところだけなのかなって思ったのかも。私も、ちゃんとは分かってなかったけど」
そこまで言って、晴は肩をすくめた。それで、ようやく少し分かった。晴が聞きたかったのは、どの服が似合うかではない。私が、晴の何を見ているのか。たぶん、それを知りたかったのだ。
私が、晴の何を見ているのか。短い髪だから。バスケをしているから。セットアップが似合うから。そういうところに惹かれたのは、本当なのかもしれない。でも、だからといって晴を、男の子の代わりとして見ているわけではなかった。
もし晴が男の子だったら。そんな仮定を置かなくても、今隣を歩いている晴を、大事だと思っている。晴は女の子だ。短い髪でも。セットアップが似合っても。バスケ部でも。格好よくても。それとは関係なく、今私が見ている人は、女の子の晴だった。
そして、その晴を、私は大事だと思っている。そこまでなら、もう「分からない」には戻せなかった。
