初恋ラプソディ

 ☆  

 ようやく鼻血が止まって少し落ち着いたころ。

「律、本当に大丈夫?」

「大丈夫」

「でも、ほっぺ赤いよ」

「殴られたから」

「……ごめん」

「瑠花が謝ることじゃない」

 さっきまであんなに怒っていた瑠花が、急にしょんぼりする。

 泣いたせいで、目元もまだ赤い。

「でも、律が来てくれなかったら……」

「もういいって」

「よくないよ」

 瑠花がボクの前に立つ。

「怖かったもん」

「……」

「嫌だって言ってるのに、全然やめてくれなくて」

 また泣きそうな顔になる。

 見ていられなくて。

「瑠花」

「ん?」

「もう泣かなくていいよ」

「……うん」

「ボクがいるから」

 そう言ってから、なんか変なことを言った気がした。

「……今のなし」
 言ってから、急に恥ずかしくなった。

「なんで?」

「なんでも」

「律ってさ」

 瑠花が少し笑った。

「ほんと優しいよね」

「普通だし」

「普通じゃないよ」

「普通だって」

 瑠花がじっとボクを見る。

「……何」

「んーん」

 そして。

 一歩、近づいた。

「律」

「何」


 瑠花が少しかがんで、ボクと目線を合わせる。

「ありがと」

 

「…………」

 頬に。

 柔らかいものが触れた。

 本日、二度目だ。

「…………」


 時間が止まった。



 たぶん、本当に止まった。


 瑠花が離れる。

「えへへ。お礼」

 お礼。

 そう。

 ただのお礼。

 わかってる。

 わかってるけど。


「……律?」

「…………」


「どうしたの?」

「別に」

「顔赤くない?」

「殴られたから」

「そっちじゃなくて」

「殴られたから」

「でも耳まで赤いよ?」

「暑い」

「今日寒いけど」

「……うるさい」

 心臓が。

 うるさい。

 さっき殴られたときより。

 全然うるさい。

「律?」

「近い」

「え?」

「瑠花、近い」

「そう?」

 また顔を覗き込んでくる。

「だから近いって」

「顔見せてよ。ほんとに大丈夫?」

「大丈夫だから」

 近い。

 近すぎる。

 さっき頬に触れた唇が。

 目の前にある。



「……律?」

 鼻の奥が熱い。

 やばい。


「ティッシュ」

「え?」

「ティッシュ」

「……えっ」

 瑠花の目が丸くなる。


「律、鼻血!!」

「……」


「え!? なんで!? 殴られたせい!?」

「知らない」

「大丈夫!? 上向く!?」

「上向かない」

「じゃあどうするの!?」

「瑠花」

「何!?」

「とりあえず離れて」

「なんで!?」

「いいから!」

 瑠花が一歩下がる。


 それだけで少し呼吸が楽になった。

「……ほんとに大丈夫?」

「ああ」

「病院行く?」

「行かない」

「でも鼻血――」

「瑠花」

「ん?」

「もう一回キスするのは禁止」

「え?」


 しまった。

「……今の、なし」

 また余計なことを言った。


「え、なんで?」

「忘れて」

「もしかして」

 瑠花がにやっとする。

「キスされて恥ずかしかった?」

「違う」

「照れた?」

「違う」

「律、かわいー」

「うるさい」

「顔真っ赤」

「うるさい!」

「ふふっ」

 笑ってる。

 さっきまで泣いてたくせに。

 でも。

 その顔を見たら。

 まあ、いいかと思った。

 瑠花が泣いてるより、笑ってるほうがいい。


「律」

「何」

「ほんとにありがとう」

「……うん」

 瑠花は笑う。

 ボクは鼻を押さえる。

 そして。

 たぶん、この日から。

 瑠花を見たとき。

 今までと同じ顔ではいられなくなった。

 ☆