一が女として生まれたことは、香坂家にとって歓迎すべき出来事ではなかったらしい。
それを知ったのは、物心がついてから随分経った頃だった。
香坂家は代々武官を輩出してきた家であり、父もまた嫡男が家を継ぐものと疑っていなかった。しかし最初の妻との間に生まれた子は女児一人で、その後、母は次の子を産むことなく亡くなっている。
嫡男がいなければ養子を迎えるという方法もあったはずだが、父はそれを選ばなかった。
一人娘を男子として育てることを決めたのである。
物心がついた頃には髪を短くされ、少年用の衣服を与えられていたため、一自身も長い間、それを不自然だとは思わなかった。
周囲からは伊吹と呼ばれた。剣術の師をつけられ、馬術と軍学を学び、同年代の少年たちと同じ教育を受けた。父から求められる成績を残せば褒められることはなくとも次の課題が与えられ、出来なければ出来るまで繰り返させられた。
女だから、と言われたことはほとんどない。
それは平等だったのではなく、女であるという前提そのものが、香坂家では存在しないことにされていたからだと後になって理解した。
身体が成長し始めると、隠さなければならないことが増えた。
胸には布を巻き、共同浴場は使わず、軍学校でも着替えの時間をずらした。父が手を回したことで身体検査も必要最低限で済み、周囲には「香坂家の嫡男は病的なほど潔癖だ」と思われていたらしい。
不自由ではあったが、それでも一は、伊吹として生きることを不幸だと思ったことはなかった。
少なくとも軍に入ってからは、自分に与えられた生き方を嫌ってはいなかった。
剣を取れば、男も女も関係なく勝敗が決まる。軍議では、正しい意見であれば採用される。家の中では父の期待に応えることだけが価値の基準だったが、軍府に出れば、自分が積み上げたものによって居場所を得ることができた。
その中で朝霧景の副官となった。
初日に渡された大量の資料を夜通し読み、翌朝には要点をまとめて机に置いた時、景は礼を言わなかった。
『誰がこれを作れと言った』
開口一番そう言われたため、一も、
『不要でしたでしょうか』
と返した。
少し考えたあと、景は好きにしろと言った。
その言葉が、一には思いのほか嬉しかった。
香坂家では、父が命じていないことをする余地などほとんどなかったからである。
景は無愛想で、部下に甘い言葉を掛けることも少なく、戦場へ出れば自分の命まで駒の一つのように扱うところがあった。副官として仕える身には頭の痛い上官だったが、家柄を理由に一を重用したことも、逆に遠ざけたこともない。
仕事ができれば使う。間違えば叱る。進言が正しければ、年下の副官の言葉でも受け入れる。
それだけだった。
だから十年も続いたのだろう。
最初の頃は、景の考えを読むために必死だった。
数年もすると、視線が向いた先だけで必要な資料が分かるようになり、軍議から戻った足音を聞けば機嫌の程度まで察せられた。景も説明を省くようになり、終いには名前を呼ばれるだけで何を求められているか分かることさえあった。
上官と副官としては、これ以上ないほど仕事がしやすかった。
だからこそ、一にとっては苦しかった。
景の隣にいられる限り、自分は伊吹でなければならなかったからである。
景に抱いた感情を、いつから恋と呼ぶようになったのかは分からない。
若い頃に突然始まったわけでも、何か劇的な出来事があったわけでもなかった。日々の軍務を重ね、同じ机で地図を広げ、戦場で背を預け合い、負傷すれば互いに叱り、気づいた時には、景が無事に一日を終えることを自分のことより先に考えるようになっていた。
それでも、伝えようと思ったことは一度もない。
香坂伊吹は男であり、朝霧景の副官だった。
それで十分だった。
景が自分を最も信頼する副官として傍に置いてくれるなら、それ以上を欲しがることは、自分に許されていないと思っていた。
それを知ったのは、物心がついてから随分経った頃だった。
香坂家は代々武官を輩出してきた家であり、父もまた嫡男が家を継ぐものと疑っていなかった。しかし最初の妻との間に生まれた子は女児一人で、その後、母は次の子を産むことなく亡くなっている。
嫡男がいなければ養子を迎えるという方法もあったはずだが、父はそれを選ばなかった。
一人娘を男子として育てることを決めたのである。
物心がついた頃には髪を短くされ、少年用の衣服を与えられていたため、一自身も長い間、それを不自然だとは思わなかった。
周囲からは伊吹と呼ばれた。剣術の師をつけられ、馬術と軍学を学び、同年代の少年たちと同じ教育を受けた。父から求められる成績を残せば褒められることはなくとも次の課題が与えられ、出来なければ出来るまで繰り返させられた。
女だから、と言われたことはほとんどない。
それは平等だったのではなく、女であるという前提そのものが、香坂家では存在しないことにされていたからだと後になって理解した。
身体が成長し始めると、隠さなければならないことが増えた。
胸には布を巻き、共同浴場は使わず、軍学校でも着替えの時間をずらした。父が手を回したことで身体検査も必要最低限で済み、周囲には「香坂家の嫡男は病的なほど潔癖だ」と思われていたらしい。
不自由ではあったが、それでも一は、伊吹として生きることを不幸だと思ったことはなかった。
少なくとも軍に入ってからは、自分に与えられた生き方を嫌ってはいなかった。
剣を取れば、男も女も関係なく勝敗が決まる。軍議では、正しい意見であれば採用される。家の中では父の期待に応えることだけが価値の基準だったが、軍府に出れば、自分が積み上げたものによって居場所を得ることができた。
その中で朝霧景の副官となった。
初日に渡された大量の資料を夜通し読み、翌朝には要点をまとめて机に置いた時、景は礼を言わなかった。
『誰がこれを作れと言った』
開口一番そう言われたため、一も、
『不要でしたでしょうか』
と返した。
少し考えたあと、景は好きにしろと言った。
その言葉が、一には思いのほか嬉しかった。
香坂家では、父が命じていないことをする余地などほとんどなかったからである。
景は無愛想で、部下に甘い言葉を掛けることも少なく、戦場へ出れば自分の命まで駒の一つのように扱うところがあった。副官として仕える身には頭の痛い上官だったが、家柄を理由に一を重用したことも、逆に遠ざけたこともない。
仕事ができれば使う。間違えば叱る。進言が正しければ、年下の副官の言葉でも受け入れる。
それだけだった。
だから十年も続いたのだろう。
最初の頃は、景の考えを読むために必死だった。
数年もすると、視線が向いた先だけで必要な資料が分かるようになり、軍議から戻った足音を聞けば機嫌の程度まで察せられた。景も説明を省くようになり、終いには名前を呼ばれるだけで何を求められているか分かることさえあった。
上官と副官としては、これ以上ないほど仕事がしやすかった。
だからこそ、一にとっては苦しかった。
景の隣にいられる限り、自分は伊吹でなければならなかったからである。
景に抱いた感情を、いつから恋と呼ぶようになったのかは分からない。
若い頃に突然始まったわけでも、何か劇的な出来事があったわけでもなかった。日々の軍務を重ね、同じ机で地図を広げ、戦場で背を預け合い、負傷すれば互いに叱り、気づいた時には、景が無事に一日を終えることを自分のことより先に考えるようになっていた。
それでも、伝えようと思ったことは一度もない。
香坂伊吹は男であり、朝霧景の副官だった。
それで十分だった。
景が自分を最も信頼する副官として傍に置いてくれるなら、それ以上を欲しがることは、自分に許されていないと思っていた。



