誰の特別にもなれなかった俺と、愛が重すぎる一軍王子

 願えば願うほど、指の隙間から零れていくものを、どうやったら手に入れられるんだろう。
 ――なんて、ガラにもないことを一瞬だけ考えて、俺はすぐにそれを頭の中から追い出した。

 二年に上がってしばらく。騒がしい教室の真ん中で、ぼんやりと窓の外に視線を向ける。

 『晴(はる)』なんて名前だけど、そんな大層なもんじゃない。快晴だの春の陽だまりだの、いかにも眩しくて明るい奴に似合う名前だと思う。
 俺自身は、どっちかっていうと今にも雨が降り出しそうな曇り空だ。しかも、降るなら降るでハッキリしてくれればいいのに、いつまでもダラダラとぐずついてるような、なんとも中途半端なやつ。
 まさに今日みたいな天気。要するに、見事なまでの名前負けってやつだ。

 「――でさ、鳴海(なるみ)ってば別れちゃったん?」

 昼休みの喧騒の中、目の前で購買の焼きそばパンを頬張りながら、竹中(たけなか)――通称たけぴーが呆れた顔で言った。一年から同じクラスで、仲はいい。でも、親友ってほどじゃない。なんとなく近くにいて、なんとなく話す。そのくらいの距離が、俺にはちょうどよかった。

 周りのクラスメイトたちが「はやッ! 何人目だよ」と茶々を入れてくる。

 「数えてない」

 肩をすくめて短く返すと、どっと周囲から笑いが起きた。

 「今回どれくらい? 十日持った?」
 「んー……一週間くらいじゃね」
 「逆に才能だろ! どうやったらそんな爆速で別れられるんだよ」
 「向いてないんじゃない、恋愛」

 自虐っぽく笑ってみせると、たけぴーは大袈裟にため息をつく。

 「顔だけは無駄にいいのになあ。そのビジュなら顔だけで生きていけるじゃん」
 「やだよ、中身空っぽみたいじゃん」
 「いや、実際モテるし! 羨ましいわマジで」

 周りのノリに合わせて、ヘラヘラと笑っておく。
 中身空っぽみたい、なんて自分で言ったけど、実際そうだし。
 それに、嫌なわけじゃない。こうやって適当に会話を合わせて、適当に笑っておくのが一番楽だ。
 波風を立てず、期待もされず、誰の深部にも踏み込まない。

 だって――続くと思ったことなんて、一度もないから。
 友人関係も、恋愛も、明日という日々さえも。『一番』や『特別』になったことなんて、人生で一度もない。

 「あ、そうだ鳴海。あっちの『王子様』もお前くらいモテるけど、タイプ全然違うよな」

 たけぴーが視線で示した先。
 教室の入り口付近には、いつもの一軍グループに囲まれている男――榊壱星(さかきいっせい)がいた。

 一年の時から知っている。というより、この学校で榊のことを知らないやつの方が珍しいだろう。
 学年トップの成績、抜群の運動神経、モデル顔負けの容姿。壱星という名前通り、一番星みたいなやつで、あいつに限っては名前負けなんて言葉とは無縁だ。
 一年の時はクラスが違ったが、意識しなくても勝手に視界に入ってくるような存在で。俺なんかとは住む世界が違う、スクールカーストの最頂点。

 「比べるなよ。あいつは次元が違うだろ」
 「いやいや、どう考えてもお前も同スペックだろ。榊はなんつーか、近寄りがたいオーラ満載ではあるけど、お前は親しみやすいイケメンじゃん? つかさ、鳴海みたいな本来一軍側の奴が、なんで俺らみたいな地味なのといるんだ?」

 たけぴーが茶化すように言った言葉に、その場にいたクラスメイト達が頷く。
 俺が一軍側? そんなわけないだろ。

 「たけぴーたちのこと普通に好きだし。それに地味なんて思ったことないよ」
 「言うことまでイケメンかよ! その顔面で言われたら、男の俺でも一瞬ときめいちゃうだろ」
 「はいはい。ありがと」

 褒められても、全部が表面を撫でて滑っていく。お世辞か、あるいは俺とは別の「鳴海」という記号に向けられたもののように思えて、自分の中には一滴も溜まらない。

 「でも毎回、告られたらちゃんと付き合うのおもしろいよな」
 「告られたら、断る理由なくね?」
 「で、付き合って一週間で『なんか違った』って振られるか、音信不通で自然消滅だろ? マジ草」
 「みんな恋多きお年ごろなんだよ」

 どうせ、みんなすぐに俺じゃない誰かを見つける。飽きられるのは慣れている。期待しなければ、なくなっても別に痛くない。
 ……まあ、胸の奥がほんの少しだけチクッとする時もあるけれど、そんなものを顔に出したって何の意味もない。

 教室の入り口付近から「ぎゃはははは!」と一軍グループの笑い声が響いた。
 榊のいる場所はいつも騒がしい。
 でも、榊は自分から騒ぎ立てるような真似はしない。けれど、相手の言葉に短く相槌を打ち、控えめに肩を揺らして微笑む。ただそれだけで、周囲の空気が華やいで人が集まる。

 しかし、遠目によく見ると、男子の雑なスキンシップをサラリとかわし、女子の接近にも流れるような所作で一歩身を引いていた。
 他人に触られるのが嫌なのか?
 誰にも嫌な思いをさせず、けれど絶対に誰も踏み込ませない。冷徹なまでに完成されているんだからすごい。さすが、完璧な王子様。

 ――その榊が、不意にこっちを見た。

 ……え?
 気のせいかと思った。けれど、バッチリと目が合ってしまった。
 普通、こういう時は一秒も経たずに視線を逸らすものだ。
 なのに、榊の視線は俺の顔に固定されたまま動かない。
 それどころか――人混みを割ってこちらへ歩いてきた。

 榊が動くだけで、教室中の視線が一身に集まる。やっぱり一番星みたいなやつは輝き方が違うな――なんて呑気に感心している場合じゃない。

 え、なに? なんで真っ直ぐこっち来るわけ!?
 困惑している間に、榊は俺の机の真ん前にたどり着いてしまっていて。ぴたりと足を止めた。

 「……ちょっと、いい?」