誰の特別にもなれなかった俺と、愛が重すぎる一軍王子

願えば願うほど、指の隙間から零れていくものを、どうやったら手に入れられるんだろう。
――なんて、ガラにもないことを一瞬だけ考えて、俺はすぐにそれを頭の中から追い出した。

二年に上がってしばらく。クラスの空気なんてものは、とっくに固まっている。

鳴海晴(なるみはる)。それが俺の名前だ。
『晴』だなんて、快晴だの春の陽だまりだの、いかにも眩しくて明るい奴に似合う名前だけど、別にそんな大層なもんじゃない。
俺自身は、どっちかっていうと今にも雨が降り出しそうな曇り空だ。しかも、降るなら降るでハッキリしてくれればいいのに、いつまでもダラダラとぐずついてるような、なんとも中途半端なやつ。
要するに、見事なまでの名前負けってやつだ。

「――でさ、また別れたん?」

昼休みの喧騒の中、目の前で購買の焼きそばパンを頬張りながら、竹中(たけなか)――通称たけぴーが呆れた顔で言った。一年から同じクラスで、仲はいい。でも、親友ってほどじゃない。なんとなく近くにいて、なんとなく話す。そのくらいの距離が、俺にはちょうどよかった。

周りのクラスメイトたちが「はやッ! 何人目だよ」と茶々を入れてくる。

「数えてない」

俺が肩をすくめて短く返すと、ドッと周囲から笑いが起きた。

「今回どれくらい? 十日持った?」
「んー……一週間くらいじゃね」
「逆に才能だろそれ! どうやってそんな爆速で別れられるんだよ」
「向いてないんじゃない、恋愛」

自虐っぽく笑ってみせると、たけぴーは大袈裟にため息をつく。

「顔だけは無駄にいいのになあ。そのビジュなら顔だけで生きていけるわ」
「やだよ、中身空っぽみたいじゃん」
「いや、実際モテるし! 羨ましいわマジで」
周りのノリに合わせて、ヘラヘラと笑っておく。
嫌なわけじゃない。こうやって適当に会話を合わせて、適当に笑っておくのが一番楽だ。波風を立てず、期待もされず、誰の深部にも踏み込まない。

だって――続くと思ったことなんて、一度もないから。
友人関係も、恋愛も、明日という日々への期待さえも。誰かの『一番』や『特別』になったことなんて、人生で一度もないんだから。

「あ、そうだ鳴海。あっちの『王子様』もお前くらいモテるけど、タイプ全然違うよな」

たけぴーが視線で示した先。

教室の入り口付近で、いつもの一軍グループに囲まれている男――榊壱星(さかきいっせい)だ。

一年の時から知っている。というより、この学校で榊のことを知らないやつの方が珍しいだろう。
学年トップの成績、抜群の運動神経、モデル顔負けの容姿。住む世界が違う、スクールカーストの最頂点。あいつに限っては名前負けなんて言葉とは無縁だった。
一年の時はクラスが違ったが、意識しなくても勝手に視界に入ってくるような存在で。俺なんかとは住む世界が違う奴。

「比べるなよ。あいつは次元が違うだろ」
「いやいや、ビジュだけならお前と同レベルだろ。榊はなんつーか、近寄りがたいオーラ満載だけど、お前は親しみやすいイケメンって感じじゃん? つかさ、なんで鳴海みたいなやつが、俺らみたいな地味なのといるんだ?」

たけぴーが茶化すように言った言葉に、その場にいたクラスメイト達が頷く。

「たけぴーたちのこと普通に好きだし。それに地味なんて思ったことないよ」
「言うことまでイケメンかよ。その顔面で言われたら、男の俺でも一瞬ときめいちゃうだろ」
「はいはい。ありがと」

褒められても、全部が表面を撫でて滑っていく。お世辞か、あるいは俺とは別の「鳴海」という記号に向けられたもののように思えて、自分の中には一滴も溜まらない。

「でも毎回、告られたらちゃんと付き合うのおもしろいよな」
「告られたら、断る理由なくね?」
「で、付き合って一週間で『なんか違った』って振られるか、音信不通で自然消滅だろ? マジ草」
「みんな飽きるのが早いんだって」

おどけて肩をすくめてみせる。
どうせ、みんなすぐに俺じゃない誰かを見つける。飽きられるのは慣れている。期待しなければ、なくなっても別に痛くない。
……まあ、胸の奥がほんの少しだけチクッとする時もあるけれど、そんなものを顔に出したって何の意味もないのだから。

榊のいる場所はいつも騒がしい。
でも、榊は自分から騒ぎ立てるような真似はしない。けれど、相手の言葉に短く相槌を打ち、控えめに肩を揺らして微笑む。ただそれだけで、周囲の空気が華やいで人が集まる。壱星という名前通り、一番星みたいなやつだ。
しかし、遠目によく見ると、男子の雑なスキンシップをサラリとかわし、女子の接近にも流れるような所作で一歩身を引いていた。
誰にも嫌な思いをさせず、けれど絶対に誰も踏み込ませない、冷徹なまでに完成された、完璧な王子様。

――その榊が、不意にこっちを見た。

……え?

気のせいかと思った。けれど、バッチリと目が合ってしまった。
普通、こういう時は一秒も経たずに視線を逸らすものだ。「あ、目が合っちゃった」と心の中で言い訳をして、互いに元の生活に戻っていく。
なのに、榊の視線は俺の顔に固定されたまま動かない。
それどころか――す、と足を前に出し、人混みを割ってこちらへ歩いてきた。

ざわ……と周囲の空気が揺れる。

え、なに? なんでこっち来るの??

思考がフリーズする間もなく、榊は俺の机の真ん前でぴたりと足を止めた。

「……ちょっと、いい?」