17歳のスノードーム


「証明してよ」

 彼女──久世(くぜ)ツムギ──から渡された“それ”は、手のひらにちょこんと佇んで僕を見上げていた。
 4センチ四方のパッケージに包まれていて。羽のように軽いはずだろうに、僕の手は……いや、僕の心はずっしりとその重さを感じていた。

「タツキくんは……ゲイじゃないんでしょ?」

 0.1ミリの厚さしか無いらしい。
 よくもまあ、ここまで薄く引き伸ばしたものだ。本来の目的である避妊なり防疫なりの観点に立つならば、厚ければ厚いほどいいだろうに。

「久世さん……こういうの持ってたんだね。コンドーム……だよね、これ」
「軽蔑してるの?」
「いや、その……はじめてみたから」
「……はじめて。か」

 ふっ、と彼女は微笑みを浮かべた。怒りやら呆れやら、イラついた感情のひとつくらい覗かせてもいいだろうに。久世さんは普段通りの清潔さを纏ったままで僕を見つめていた。
 ショートに整えられた柔らかな黒髪。僕からのメッセージを見て急いで来たのだと言っていた彼女は、高校で着用しているジャンパースカートの制服姿のままだ。

 この時の、ほんの数十分前のことだ。彼女が訪れたのは。
 
 走ってきたと言っていた。最寄りの駅から、この宿舎────スノードーム残留者のための一時待機所のホテルまでは距離があるから。
 2月のはじめ、長野県の冬だ。それはそれは寒いことこの上ない。しかも日の落ちた午後6時ともなれば、きっと彼女は棘のように冷たい外気に刺されながら僕に会いに来たということになる。
 こんなにも素敵な女の子が、僕なんかのために駆けつけてくれた。そう思えば、いじらしさは覚える。僕はちゃんと、彼女のことが好きなのだと────思う。
 少なくとも、この時はそう思った。

「ねぇ、タツキくん。今からでも取り消してくれない?」

 部屋に入るなり、久世さんは俯いて言った。

「取り消すって、スノードームの中に残ること?」
「うん」
「それは無理だよ」
「どうしても? どうしてもダメなの?」
「……無理だ」
「一ヶ月だよ。一ヶ月も会えないんだよ? 来年は受験もあるしさ、この春休みしか思い切り遊べないのに。私、タツキくんともっと────」
「ごめん」

 言葉を遮られた久世さんはさっと僕に背を向けた。そしてゆっくりとドアに向かって歩き出す。
 スノードーム残留者に供されたホテルは、およそホテルと呼ぶにはお粗末なつくりで。古びたベッドにカビ臭い壁、くたびれたカーテン。そんなことだからシャワールームなんてものもない。
 だから────この時は正直ほっとした。
 怒らせたかもしれないけれど。彼女が背を向けてくれて。これで帰ってくれるものと思ったからだ。
 こんな薄汚れた床(とこ)で、あまつさえ久世さんを抱くなんて。そんな残酷なこと、できるわけないのに……したくなかったのに。

「……あの子のため?」
「えっ?」
「アイトくん」
「あ……」

 ────アイト。
 世界の片隅で見つけた宝石を、そっと隠していた秘密を、あたかも強欲な商人に見つかってしまったようで。僕はひどく狼狽した。

「やっぱり。あの子のためなんだ?」
「そ、それは……仕事のため……だよ。アイトの家業を手伝わないと。あいつには僕が必要なんだ」
「そう……でもさ。あの子……刺青入ってるよね? 背中に大きな……そういう子と、そんなに親密にするのは……」
「事情があるんだよ、あいつの刺青には。だから……そんな風に言わないでほしい」
「事情って、どんな?」
「それは……言えないよ」
 
 風が、窓を打ちつけている。カタカタと軋んでいるのは、僕の心だろうか。

「こんなこと言いたくけど。アイトくんて、同性愛者でしょ」
「あ……」
「だから心配なの。タツキくんは……アイトくんのこと……」
「違う! 違う……僕は……僕はアイトのこと……そんな……インクリボンだって、僕は普通だって……」

 母さんが言っていた。父さんも。ただ、僕自身はインクリボンの原本は見ていない。
 でも、僕がアイトに劣情を抱くなんて。そんなこと……ない。
 
「……ねぇ、タツキくん」

 ガチャリ。と冷たい金属音が響いた。彼女がドアを施錠したのだ。
 僕の喉が返事をするかのようにごくりと鳴った。
 気づけば、もう久世さんは僕の目と鼻の先に立っていて。ぞっとするほど落ち着き払った瞳のまま、彼女は僕の手のひらに“それ”を乗せて言ったのだ。

「証明してよ」