アイトが入院した。
あれから一週間、無理が祟ったのだ。
「正解は俺のカラダが知ってる。なんせ刺青で一体化してるからな」
意気揚々と彼はそう言ったのだが。
色盲であるアイトが出来上がった顔料を確かめるために、いつも行っている“カラダで知る”方法。
手首に顔料を塗り、唇で触れる────それが良くなかった。
繰り返し繰り返し、幾重にも幾重にも。朝から晩まで長時間顔料を皮膚に触れさせた結果、アイトは中毒症状を起こしてしまったのだ。
顔料の主原料は鉱物だ。鉱物には微量ながら有害な金属も含まれる。それが経皮毒となってアイトのカラダを蝕んだのである。
「すみません、お見舞いに来ました。片倉アイトくんの……はい。お願いします」
病院の受付で残留者カードを提示する。
木造建築の古い建物だ。待合室にはだれもいない。
毎日来るなんて、優しいのね。と言う看護師さんのおべっかを笑顔で返し、僕はアイトの待つ病室へ向かう。
大正時代のサナトリウムをそのまま利用しているという病院だ。
その雰囲気は、まるで年季の入った小学校の校舎のよう。
キシキシと歩くたびに鳴る廊下。そうだ、こんな感じだった。僕がこの街に越してきて、はじめて歩いた小学校の廊下も。
アイトに出会ったのも────
*
田舎の学校というのは、なんというか。絵本の挿絵みたいな建物で。
“こんな格好”をしていなければ、きっと心も躍っただろうに。
茹だるような暑さの中、僕はキシキシと鳴る長い廊下を先生の後をついて歩きながら、そう思っていた。
「有賀タツキです……よ、よろしく……おねがします」
ざわ。と教室内の子どもたちが顔を見せ合った。僕の姿が“異様”だったからだ。
「男だよな?」
「あの、なっがい髪で男はないだろ。つーか女子のジャージじゃん」
「ランドセルもピンクだぜ」
聖徳太子でもなかろうに。僕の耳には全ての会話が飛び込んでくる。
「タツキくん。みんなの前で言っていいのよ。事情はお母さんに聞いてるから。自分のことは女の子だと思ってくださいって。そう言えば、みんなもきっとわかってくれるから」
担任の女性教師がいらぬアドバイスを耳打ちした。
母さんはそんなことを教員たちに告げたのか。あの人は本当に────
僕が黙っていると、教室内は次第に蝉の鳴き声に占拠されていく。
やがて教師は僕に聞こえる程度に舌打ちをし、席につくように促した。
顔を伏せたまま。着席する子どもたちの間を縫って進むたび、視線が絡みつく。指し示された席に着こうとすると、子どもが思い切り机を蹴った。
「きしょんだよ。おめーは向こうの席にいけ。同族同士で仲良くしとけよ」
向こうの席。
二つ並びの一つの机が空いていた。隣の少年は、小さな虫籠を机に乗せて窓の外を見ていた。
僕はそそくさとそばにいき、彼に許可を求める。
「ごめん。座っていいかな?」
すると、少年が僕の方を見た。
その刹那、世界が僕に嫉妬したような。そんな錯覚を覚えた。
まだ髪の短い彼が。10歳に満たないアイトが、そこにいた────



