増子くんは恐そうだけど、本当は優しい

 ある日、昼休みが終わりに近づいて、そろそろ教室へ帰ろうかという時、僕は思い切って、増子くんを誘ってみた。

「一緒に授業受けない?」

 増子くんは僕をチラリと見て、フェンスに背中を預けた。

「言っただろ、必要ないんだって」
「うん……」

 昼休みを一緒に過ごすようになってすぐ、僕の質問に答える形で、増子くんは、自分が本当は高校へ来るつもりがなかったことと、だから授業を受ける意味がないことを教えてくれていた。
 彼にはやりたい仕事があって、それをアルバイトとしてもうやっているので、高校など行くつもりもなかったのに、ひとまずの学歴として卒業だけでもしておけと、そのアルバイト先の社長さんに説得されたのだそうだ。

『説得っつっても、力ずくだけどな』

 その説明を聞いて、僕は笑ったけれど、ずいぶん自分とは違うなと、少し焦りを感じもした。
 やりたい仕事とか、僕には将来への具体的なビジョンなどない。とりあえず高校へ行って、たぶん大学へ行く。
 それは同級生の多くがそうなのだろうけれど、もう将来を見据えて、真っ直ぐ違う道を歩いている増子くんが、眩しかったし、うらやましかった。

「でも、出席日数足りないと、卒業できないよ」

 試しに言ってみても、増子くんは動かない。

「それならそれでいい。とりあえず「高校行った」ことにはなるだろ」
「うん……」

 難しいなと思いながら、方向性を変えてみる。

「どうせ寝るんなら、ここで寝るのも教室で寝るのも一緒じゃない?」
「だったら、ここがいい。転がれるしな」

 ゴロンと本当に横になってしまったので、僕はため息を吐いた。

(ダメだ……)

 後はもう、一つしか手がない。それを使うと、たぶん増子くんは僕が望むように動いてくれるだろうとわかっているけれど、出来れば使いたくない。
 だって、とても恥ずかしいのだ。

(「隣にいてくれると……嬉しいな」)

 それは僕の本心だけれど、増子くんに伝えるのには、なんだか覚悟がいる。
 自分の思っていることや考えていることを、相手に伝えるのにあまり躊躇しない方だと自覚もあるのだけれど、増子くん相手には、どうにも緊張する。
 それでも——。

(仕方ないか……)

 一人で教室へ帰る寂しさと、教室でも増子くんが隣にいてくれるワクワク感を考えれば、多少の恥ずかしさと引き換えにしても、おそらくお釣りがくる。たぶん。

「隣にいてくれると……嬉しいな」
「…………」

 照れるのをめいいっぱい我慢して言ってみたのに、増子くんの反応はなかった。

(あ、れ……?)

 少し待ってみても、僕に背中を向けてごろんと転がった増子くんは、動かない。

(うわぁ……うわああ!)

 とてつもなく恥ずかしくなって、慌てて前言撤回しようとした。

「あっ! 今の……」

 するとその瞬間、増子くんが足を高く上げて、それを振り下ろす反動で、バッと起き上がった。

「ええっ!?」

 予備動作も何もない動きで、僕は驚いて大きな声を上げる。
 その僕の腕を掴んで、増子くんは屋上から出る扉へ向かって歩き出す。

「行くぞ」

 頭の回転が追いついていないが、ひとまず僕のお願いを聞いてくれるということなのだと気がついて、急いで問いかける。

「いいの?」

 増子くんはふり返らないまま言った。

「わがままな隣の席の奴にお願いされたからな」
「————!」

 やっぱり、僕が素直に願えば、増子くんはその願いを叶えてくれるんだと、想像どおりだったことが、飛び上がりそうに嬉しい。

「うん! うんっ!」

 僕は弾む足取りで、増子くんについて歩いた。

(やっぱり増子くんは、とっても優しい)

 ふわふわする頭で、そんなことを、ずっと考えていた。